あらすじ
「いちど観てみたいわ、春を。ここには夏しかないものね」 ぼくは柔らかい春の雨を想像した。美しく残酷な夏の終わりに―― 日本SF大賞受賞作家の初長篇、待望の電子書籍化。仮想リゾート〈数値海岸〉の一区画〈夏の区界〉。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしていた。だが、それは突如として終焉のときを迎える。謎の存在〈蜘蛛〉の大群が、街のすべてを無化しはじめたのだ。わずかに生き残ったAIたちの、絶望にみちた一夜の攻防戦が幕を開ける――仮想と現実の闘争を描く〈廃園の天使〉シリーズ第1作。
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Posted by ブクログ
読み終わりたくなかった…読み終わってしまった…。
「零號琴」が面白かったのでこちらも、と手を伸ばしたのだけれど凄まじかった。2章のアンヌの登場あたりから面白さがどんどん加速していく。徹底した、容赦のない残酷さ。無慈悲さ。全編とおして、それこそ「天使」みたいな無機質さと美しさを感じる文章。
美しい永遠の夏の区界。表向きのコンセプトは「古めかしく不便な街で過ごす夏のバカンス」だけど、それは「踏みにじられる為のイノセンス、無垢」という意味合いも内包していて、その成り立ちからしてもう、この区界そのものが残忍さと美しさの集積で出来ている。
「零號琴」のときもそうだったけど、本作も一見美しく豊かな世界観の裏には幾重もの秘密と時間のレイヤーが埋まっていて、読み進めることはそれらを暴く作業になる。つらいんだけど、物語が進むのが面白くてやめられない。個人的にアンヌが好きなのでアンヌのところが辛かったな。ジョゼも可哀想だった。貧しい農夫と刺繍妻の話は本当に怖かったし。
とにかく続きが楽しみ。
⚫︎あらすじ
仮想リゾート〈数値海岸〉の一区画〈夏の区界〉。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしていた。だが、それは突如として終焉のときを迎える。謎の存在〈蜘蛛〉の大群が、街のすべてを無化しはじめたのだ。わずかに生き残ったAIたちの、絶望にみちた一夜の攻防戦が幕を開ける――仮想と現実の闘争を描く〈廃園の天使〉シリーズ第1作。
(ハヤカワオンラインより引用)
Posted by ブクログ
全く前情報無しに読み始め、序章はちょっと変わった良くある能力バトルかと思いきや。
結構エグい描写が満載でゾクゾクしたが、悪趣味と思う人もいるかも。しかし話はなかなか凝っていてエヴァを想起させる様な描写もありかなり楽しめた。次回作も読んでみます。
Posted by ブクログ
なんて残酷な、なんて美しい。
絵葉書の中の風景のような《夏の区界》の美しさと、それが崩壊する恐ろしさと。
そして崩壊しながら段々と見えてくる《夏の区界》の正体。
目をそむけたくなるくらいグロテスクなのに、凝視したくなるほど美しい。
挿絵もないし映像化もされていないのに、何故だか映像が想起される小説でした。
Posted by ブクログ
AIたちが終わりなき夏を過ごす仮想空間「数値海岸<コスタ・デル・ヌメロ>」。ゲストとして訪れる人間をもてなすために構築されたこの世界には、もう1000年もゲストが訪れたことはなく、AIたちがルーチンのように夏の日々を過ごしている。
そんな平穏にして停滞した世界に、ある日突然災厄が訪れる。世界を無効化するために現れた<蜘蛛>、それを操る謎の存在。AIではあるものの確個たる自我を持つ彼らは、自己の存在を死守するために蜘蛛との戦いに臨む。終わりなき夏のとある一日、絶望的な攻防戦が幕を開ける・・・
飛浩隆作品は、これまで短編をいくつか読んでいますが、鴨的には正直なところ「何が描かれているのか/何を伝えたいのかよく判らない」という印象で、ハードルが高いなと思っておりました。が、この作品は非常にストレートに世界観に入っていくことができ、世界観の解像度が半端なかったです。長編向きの作風なんですかね。
作品の冒頭では、AIたちが「暮らす」南仏の片田舎の港町風の素朴な生活が、淡々と描かれていきます。この過程において、AIが極めて人間的な「官能」の能力を持っていることに、鴨はまず違和感を覚えました(ここでいう「官能」は、いわゆる性的なそれだけではなく、五感を総合する広い概念を指します)。が、後半において、AIたちにそこまでの能力が付与されている理由が明らかにされます。
「数値海岸」は、単なる仮想リゾートではなく、性的嗜虐趣味を持ったゲストの快楽を満たすために、AIたちが従順に苦痛を受け入れることを目的として構築された世界である、という真相。反吐が出そうなほどおぞましい描写が、延々と続きます。でも、AIたちは「そのために作られている」存在であり、粛々と受け入れるしかありません。どこにも逃げ場のない、絶望的な修羅の世界。そんな残酷な世界でも、彼らはそれを守らずにはいられない。
語弊を恐れずに申し上げると、鴨は「村上春樹っぽいな」と思いました。
極めて凄惨で残酷なことが描かれているのに、極めて静謐で美しい筆致。ロジカルに突き詰めるなら、突っ込みどころは満載です。でも、そんな突っ込みどころを圧倒的な力でねじ伏せるだけの美学が、この作品には感じ取れます。そんなところが、ちょっと村上春樹っぽいな、と。
さっそくシリーズ2作目「ラギッド・ガール」を購入しました。この世界観がどのように展開するのか、楽しみにしています。
Posted by ブクログ
千年間の夏を繰り返し、ゲストをもてなす永遠の平穏を秘めているかのように見えたリゾート地。その突然の崩壊と悲劇の幕開け。露わにされていく、プログラムされたAIたちが秘めてきた叶わぬ想い。
冒頭ジュールとジュリーのボーイミーツガール的な物語を期待したところ、どんどん不穏な方向に運び始め…グロテスクでエロティックでありながらどこか艶かしく官能的。
何が起こっているのやら、と目を離せないまま覗き見るようにじっと読み進めてしまう。
Posted by ブクログ
穏やかで優しい海辺の田舎町の何気ない一日の風景、心安らぐ平凡な日常のシーンから物語が始まる。
ただ、最初からシミュレーション内の世界であり登場人物達がAIであることを隠そうとしないためであろうか、のどかだがどこか不思議な雰囲気の導入だとも感じた。
『1000年』という時間が比喩ではなく何度も文中に現れる。
このAIたちに対しては、世界や時間・過去に対する認識や内面が揺れ動く様で人間のようだと感じる一方で、1000年間を(正気のまま)少年であり続けられることやそれだけの長時間を共に過ごしたヒトを失った際の反応など、狂ってしまわない点に「やはり人間とは違うモノだ」と感じる、相反する感想が入れ子になっていた。人間としか思えないような優しく”人間味”のあるキャラクター達に感情移入や思い入れが生じるが、それが間違っていると心の隅で引っかかっているような妙な気分で読み進めていた。
序盤は「正統なSF作品だ」という感想だったが、中盤では巧みな恐怖演出とAI達の恐れが文章から良く感じられ「これはパニックホラーだ!」という印象を抱いた。終盤の世界観が完全に崩壊していく様や通常の動きを越えていくキャラクター達の様子はファンタジーのようでもある。
これは描写が克明で写実的であるためだろうか。
最終盤のジュールがジュリーに追いつくあたりのシーンが特に印象に残っているが、綺麗なシーンは音(無音・静寂)まで感じられそうだと思った。
逆に中盤からの残虐なシーンはAI達の最期があまりにグロい。緻密で鮮やかな描写も相まって著者の暗い性癖を反映しているのではないかと思えるほどだった。思い入れのあったAI達を次々に虐殺された怒り(?)から、「コレを人間で描写することに抵抗があったから作品の世界観を仮想空間とし、キャラクターをヒトのアバターではないAIにしたのではないか」と勘繰ってしまった。
最終章は、今までのエピソードが伏線のように別の側面を持っていたり、グラスアイやドリフトグラスの謎が明かされていく。
外の世界や大途絶の事、天使についてのようなAI達の世界の“外”のことはわからないが、それでも、それはそれとしてスッキリとした終わりかただと感じた。