あらすじ
「こんな状態なら死にたい」「迷惑をかける人は死んだほうがいい」――難病等を理由に自ら死を望むことと,障害者や高齢者に他者が死を迫ることがともに「安楽死」という言葉で語られる.その背景には,何があるのか.死を望む人の根底にあるものをたどり,どんな状況にあろうと,誰もが肯定されながら生きるための言葉を探す.
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Posted by ブクログ
「死んだほうがいい」そういう空気を感じることが世の中に増えてきた気がしていたところにこのタイトルだったので手に取り。
相模原障害者殺傷事件から10年ということで関連本を先日手に取ったのですが、はからずもその後手に取った本にもその事件のことが書かれていて、さらに知らずに手に取った本書にもその事件のことについて章立てされており、偶然と考えたらちょっと怖いので、多分ですが自分の関心事の周辺にはこの事件の根本に通じる問題があるのだなと気付かされたという風に考えました。
読み始めてまず気になったのは、尊厳死と安楽死を区分けせずに語られだしたこと。読んでいてところどころ引っかかりました。
最終章の注で尊厳死について触れ、終章の冒頭であえてそこを定義しないことを意識して書いてきたことがようやく明かされました。本書の中で語られてきた安楽死の分類をここでするにあたり尊厳死との違いに触れないわけにはいかなくなったのでしょうか。著者の考えであえてそうした構成にしたことはわかったのですが、自分はここはむしろ最初に持ってくるべきだったのではと感じました。
相模原障害者殺傷事件についてかなりの分量を割いて考察しています。
かなり詳しく被害に遭われた利用者の方々のことを書かれていて読み応えがあり、この部分だけで別冊にしたほうが良いのではないかと思いました。
犯人が本来の意味合いと違う、勝手に持ち出した安楽死という言葉からの繋がりと言葉が話せないと認識された障害者の方々が殺傷されたという事実からこの事件を安楽死と絡めて取り上げていますが、自分はこの取り上げ方に違和感が拭えませんでした。
殺傷された方々が安楽死を望んでいたわけではないからです。
その意味でもこの部分の考察は別の本にしたほうが良かったのでは、むしろ別の本で読みたかったと思いました。
他に心に留まった文を数カ所。
安楽死希求を考えるにあたっては、現在の障害や難病の症状に注目するだけではなく、当人の成育史も踏まえて、その思いがどのような背景から立ち現れてくるのかも考慮しなければいけない(p118)
私たちは、自殺や安楽死を自己決定や自己責任だけで済ませてはいけないのではないか(略) ルサンチマン(怨念 ・残した思い)にまで思いを致すことが、残された私たちの未来にとって大事なのではないか(p139)
「自ら死を選ぶ」ことが本人にとってなんらか自身の尊厳を保つための行為であるという側面があることは踏まえておくべきことだと思う(p263)
近年医療現場では、生死に関する患者の自己決定の尊重と医療者の中立的姿勢がよく語られる。しかしその語りは、しばしば「生を選ぶか死を選ぶか、患者さんと家族さんとでどちらかに決めてください(そうしたら 医療者は責任を問われずに治療を継続したり中止したりできます)というように聞こえる (p281)
どの文章にも深く考えさせられます。
終章の中で語られた著者の考えには自分は共感できないところもありました。本書は共感を求めるために書かれたものではなく、広く関心を持ってもらうことを目的として書かれたものでしょう。
これまでに世にあったような自殺に関する本とは違う視点から考察されている点は「死んだほうがいい」について読んだ人がそれぞれに考えを深める材料になるのではと感じました。
本書を評価する人としない人はくっきり分かれる、気がします。