あらすじ
ホームレスや失業したワーキング・クラスの人々の暮らしぶりや思いを如実に描くノンフィクション。レーガノミクスの1980年代から現代まで、人々の暮らしを支えてきた製造業を切り捨て、大部分の労働者の賃金を上げないまま、人口の上部1%の収入だけを引き上げたら社会はどうなるのか、その現実がまざまざと描かれる。
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Posted by ブクログ
始まりは1980年代だった。アメリカの産業界は徐々に陰りを見せて
いた。そこで最初に工場労働者が仕事を失った。
工場が閉鎖されれば労働者で賑わった町も衰退する。商店の売り上げ
は伸びず、そのうちシャッターが下ろされる。ゴーストタウンと化した町
から人々は姿を消した。
それでもまだ、違う町に行けば仕事が見つかるかもしれない。そんな希望
を抱いて、ある者は貨物列車に乗って、ある者はヒッチハイクで、ここでは
ないどこかへとあてどのない旅を始めた。
日本では未翻訳だが著者は困窮するアメリカ市民の姿を追った『あてどの
ない旅』でピュリツァー賞を受賞している。本書は『あてどのない旅』以降も
生活困窮者たちを追い続けた著者の旅の集大成だ。
彼ら。彼女らは贅沢を望んだ訳ではない。こじんまりとしてはいるが、手入れ
の行き届いた家を持ち、子供を育て、毎日仕事に通った。
それがある日を境に貧困の波に飲み込まれて行く。家を手放し、キャンプ
地でテント生活をする一家。経営していた店が潰れ、実家に戻ったものの、
仕事探しに行き詰って他の町へと放浪をする若者。
あるシングルマザーは政府の仕事に就いてはいるが、難病を持った娘の
医療費を賄う為に仕事の掛け持ちをする。それでも月々の支払いを済ます
と、食費はかつかつだ。
富裕層と貧困層。その経済格差が年々広がっていると言われるアメリカ。
だが、これはアメリカだけの問題ではない。ここに描かれているのは近い
将来の日本の姿なのではないだろうか。
「富める者が富めば、貧しい者にも富がしたたり落ちる」というトリクルダウン。
しかし、それは幻想だろう。アメリカを見よ。富裕層は自分たちの払った税金
が、貧困層の生活保護費に使われることに大いなる不満を示している。
日本ではどうだ。生活保護費の引き下げ、年金受給年齢の段階的引き上げ。
近い将来、アメリカのように中産階級が没落し、生活困窮者が続出する
自体が起きるのではないか。他人事としては読めなかった。
30年の取材の過程で、著者たちは取材者としてだけではなく「ひとりの人間」
として対象に向かい合っている。今、目の前で困窮している人に、自分たち
に出来ることはないのかと考え、実際に何度か手を差し伸べている。
著者たちの取材姿勢に好感が持てると同時に、日本はいつまでもアメリカの
真似ばかりをするのではなく、アメリカのようになる前に手を打たなくては
いけないのではないかと感じた。
絶望の連鎖の中で最終章、希望を灯す事柄も綴られている。そして、3つの
パートに分かれて収録されている写真も秀逸だ。
「ここをどこだと思ってるんだ?ここはもう、あのころのアメリカじゃないんだよ」
ホームレスを襲う警察の襲撃の際に、ひとりのホームレスが著者に言った。
アメリカの「ふつうの人」たちに再度、希望が灯りますように。そして、日本が
現在のアメリカのような貧困層を増産しませんように。