【感想・ネタバレ】日本人が移民だったころのレビュー

あらすじ

音楽家であり文筆家の著者が、
植民地パラオに渡った移民たちの「戦後」をたどる、
聞き書きルポルタージュの決定版!

日本はかつて国策として移民を推奨する「移民送り出し国」だった。
そして戦後、日本に戻ってきた移民たちのなかには、故郷に居場所がなく、荒地の開拓を強いられたり、再び南米などに再移住を余儀なくされる者も多かった。
札幌、沖縄、パラグアイ。移民たちが戦後にたどり着いた場所を著者が自らの足で訪ね、それぞれの家族の激動の旅路を追う。

【本文より】
“現在ニュースで語られる「移民」は、一番にアジアやアフリカ、中東などから日本へやってくる人々がイメージされ、日本社会への移民受け入れの是非をめぐる意見や、いかに共生が可能か、といった議論が交わされている。時に無知や差別意識に満ちた意見もみられるが、こうした日本人の「移民」イメージをのぞいてみると、移民はどこまでも「他者」であり、まるで日本人は移民になることなどないような錯覚にとらわれる。しかし、明治から戦後のある時期まで、日本は確かに国策として移民を推奨する「移民送り出し国」であった。”

【目次】
まえがき
父のいない戦後 札幌・平尾富士子さん
台風と格闘した開拓 種子島・中川博司さん
遊水地に拓いた未来 我孫子・玉根康徳さん
PTSDを呼び起こされる戦後 那覇・上原和彦さん
死亡も補償も認められない 一六歳の兄の戦死 那覇・阿良光雄さん
靖国に祀られた母 札幌・野村武さん
パラグアイからアルゼンチンへ 埼玉・鈴木光さん
除草剤入らなかったらつぶれてた パラグアイ・フラム 溝際孝市さん
二つの大和村を生きた夫 パラグアイ・エンカルナシオン 中村博子さん
移民の子が大使になった パラグアイ・フラム イサオ・タオカさん
あとがき

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Posted by ブクログ

戦前のずっと前から、日本を後にし外国へ渡った人々がいた。今、この時と地続きの歴史が、人の心を通して迫って来る。それは特別なものではなく、自分と同じ人が、隣にいたかもしれない人が、感じた、経験したものであった。寺尾氏の柔らかな筆致と確かな考察が、いつまでも読んでいたい心地にさせる。

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2025年09月17日

Posted by ブクログ

【歴史は繰り返す
また日本から出る移民
日本に入る移民が増えるこの時代に
過去の移動した民である10家族の直の声
-人生のストーリー-を聞ける素晴らしい本】


読んで感じた印象は全体的に、

移動する民、移動する人々は
フットワークが軽い、移動し続ける、
動かない後悔より、動く後悔を選ぶ人たちだということ。

同じ苦労ならそちらを選ぶという二択で
移住しないも大変
移住するも大変な時代。
#戦争 #飢餓 #貧困 

今もね。

行動力、生命力、体力。
前進力、転換力、努力。



そもそも、戦前は植民地開拓で、
戦後も国内の人口が増えすぎた時、
国策としての外地への移民送り出しだから、
政策、誘導、補助金、(ちょっと嘘混ぜてる誘導)、
今に似てるよね。

日本に残る人は残るし
もう日本より海外が幸せだと思えば海外に出る。

#パラオ#原尾#パラグアイ#札幌#沖縄
#ブラジル#ハワイ#南米#満州#朝鮮#台湾#フィリピン#サイパン#植民地#引揚げ#外地#内地



で、スムーズに開拓して定住する人もいたんだろうけど、
騙されたような気持ちになり次の居場所を求める人もいた。

引揚者は、引き揚げた後の生活の場所もまた考えなければいけない。

元いた国内の地元の県に帰る人もいるけど、
国内でもより良いところを目指したいと新たな地を目指す人、
また外地に補助金や土地を保証されますよという政策にのる人、
ここがいいあそこがいいと情報交換して
一生懸命落ち着ける場所を求めて、
また移動してチャレンジする!
そうして落ち着けた土地があってこそ
この本に登場してるんだと思う。

流れて流れて流れて
死んでいった人もたくさんいるんだろうなって思う。
帰りたい人や絶対に帰りたくない人も
いたんだろうな。



国内では
南は暖かいけど台風被害が大きい。
炭鉱も栄枯盛衰。
北は寒冷で作物がなかなか育たなくて酪農にするか、
それとももう就職しようか。

海側か山側か。

インターネットのない時代で本当にすごいこと。



一世と二世三世では、すべての受け取り方が変わる。
親たちはより良い生活を子どもたちと過ごしたい一心で必死。


[生活とは、人付き合いだから
そこで築き上げるものが受け入れられるのかは
どんな運命のもとでも、人間性]

[どこにいても心次第

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2024年08月30日

Posted by ブクログ

著者の寺尾紗穂さんを
音楽家として知り
同時にルポルタージュ作家でもあると知り
以前から作品を読みたいと思っていました。

日本が貧しかった頃
多くの日本人がブラジルに移住したという話しは
子供のころ、テレビ等で見て知ってはいました。

その移住地がブラジルだけではなく、
パラオ、アルゼンチン、パラグアイ‥と
多岐に渡る事。

そして時期に関しては戦前から高度経済成長期と
言われている時代まで続いていたことを
本書で初めて知りました。

移住先での苦労もさる事ながら
終戦間近、直後の混乱の中
帰国を余儀なくされて
戻ってきた人達に
更なる過酷な暮らしが待っていた事。

途中、敵の攻撃を受けて
船が沈み
多くの方が命を落とした事。

これらは
戦争に関して学ぼうとしても
表層面の情報しか目にしていない
私に届く事なく
歴史の隙間に
埋もれていったかもしれない事実。

寺尾さんが
コツコツと話しを聞き
文章に起こして下さり、
届けて下さった事に感謝します。

また、今
日本が抱えている
移民受入れ問題に関して
私達が考えるべき事が
浮き彫りにされています。

あとがきにパラグアイ駐日大使になる為に
日本国籍を捨てた
田岡功氏の言葉を引用し
彼らから共生社会への道程を学ぶ時だと
記されています。

過去は今に続いていて
今は未来に続いている

私達の行動が
未来を良くする事も出来る
寺尾さんからのメッセージを
受け取りました。



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2024年08月17日

Posted by ブクログ

戦後の日本にも海外への移民がいた事は知っていたが、こんな話があった事は知らなかった。海外も大変だが、開拓先が遊水池とは酷過ぎでは。もっと多くの人に知られるべき歴史だと思う。「映像の世紀」で取り上げて欲しい。

0
2026年03月07日

Posted by ブクログ

衰退しつつあるこの国が、さらには戦争ができる国になりたいと言う。攻めるだけが戦争ではなく、狭い国土全部がミサイルの標的になることを思うと、海外に逃げる選択肢もあり得るな、と思いました。

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2026年03月06日

Posted by ブクログ

読んでいる途中で
上野英信さんの著書からの
お言葉がさりげなく引用される。
虐げられて、
排除されて、
辛酸を舐め尽くした
「移民」の方たち言葉が
ちゃんと聞き取られて
読んでいる者に
届けられる

寺尾紗穂さんの
紡ぎ出される音楽が
重低音のように
読んでいる間に
流れている

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2025年05月19日

Posted by ブクログ

「日本人が移民だったころ」というタイトルから素晴らしい。そして今はまた「日本人が移民になる」ということがまた出てくるのではないかと思われる時代だ。少子化は進むのに「日本で生活が苦しいから出て行く」というようなことにはならないでほしい(可能性を求め出て行く気持ちそのものは素晴らしいと思う)。
その逆のことが同時に進んでいる。今は日本に来る「移民反対」の意見が多いと思うが、誰も来てくれなかったら日本が立ち行かなくなるような時代が既に来ている。きちんとした「移民」として認めなくてはいけない時代ではないか。誰にも来てもらえない国に近づいているようでもあるのがとても心配だ。
難民認定に関しては日本という国は「ひどい国だ」とつくづく思っているのだが、クルド人に関しては少し疑問も持っていた。勉強不足なのだが。あとがきを読んで理解が進んだ。

全然本の感想になっていないが、「南洋と私」、「あのころのパラオを探して」ファンの私としては、取材を続けて、このような本にまとめてくださったことがありがたい。戦後も、高度経済成長時代にも、まだまだ苦労が続いていたことを知ることができた。南米への移民が思っていたより長く続いていたのが驚きだった。炭鉱で働く人たちが南米に行かれたということも知らず、これから知るように努めたいと思う。知らないことばかりだとつくづく思う。
戦前、戦中の時代を知る人を取材できる時間はどんどんなくなっていき、その中であちこちで取材を重ねる方々に感謝しないとなと思う。

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2024年06月30日

Posted by ブクログ

戦前、経済的に厳しい生活を脱するべくパラオに渡った人たち。終戦と共に帰国を余儀なくされた引揚者には宮城の北原尾、種子島の原尾といった開拓地に入った人たちがいた。さらにはパラグアイやアルゼンチンに移民として渡った人たちもいた。
著者が聴き取った個々の人生は戦前戦後を跨いだダイナミックな物語だ。もちろん苦労・苦難に溢れた悲惨な体験が語られるが、そればかりではなく、よりよい生活を求めて新天地に向かう夢・野心・バイタリティも感じられる。

歴史として残るのは国の物語だが、それに翻弄されもがいた個人の人生を知る機会、想像する機会はあまりない。
大きなうねりに右往左往するのは現代の自分たちも同じだと思う。視野を広くもたねばと感じた。

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2024年04月15日

Posted by ブクログ

食糧もろくに確保できないまま大量に人間を移動させ戦わせる。それが戦争のリアルであり、愚かしさなのだと未来の人々と省みられるように、過去の歴史は開かれていなければならない。

作者の↑の言葉に頷く。数字では測れない戦争の話。

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2023年10月16日

Posted by ブクログ

たくさんの資料を引用しながら、戦争や移住を経験したひとびとの声をまとめあげたルポタージュ。市井のひとびとがどんな思いで移住し、その地でどんな暮らしをしていたのか、寺尾さんの熱い思いをまじえながら静かに淡々と綴られていた。わたしはこれらのことを、それがたとえ事実の一端だとしても知れてよかったと思う。

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2023年09月02日

Posted by ブクログ

正直にいえば、前2作と比べて事実の列挙ばかりで読みにくく、あまり面白くないと感じた。本書を読まなければ知らないような他人の人生をここまで細かく読む必要があるのか、と。無名の人生こそ残さなければいけないという使命感があるのだと思う。

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2025年07月24日

Posted by ブクログ

かつての日本は「移民送り出し国」だった…。
というのが本書のテーマであるが、ここで証言してくださった方々の体験は自分の知っているそれとは幾分か様相が違っていた。

「私たちが歴史の横顔をなんとかつかもうとするとき、個人の人生から得られる情報は得難い価値を持つ。それらは一つ一つが違う様相をしているからだ」

戦前はまだしも戦後にも移住する人々がいたとは、初耳だった。(人口増加抑制のため、再び日本政府が移住を奨励していたらしい)
中には移住先から一度日本に引き揚げ、再び別の移住先へと渡った移民もいる。「引き揚げ」と聞くと満州を思い浮かべるが、ここではパラオ(「フィリピンとグァムとの間に位置し、成田からの直行便で4時間半で行ける国」by Google先生)からの引き揚げをピックアップしている。
前著『あのころのパラオをさがして』にて、サイパンやパラオに渡った移民に取材していたことが発端である。そこから引き揚げた「元移民」など、もっと多角的に調査したいと望まれたのが今回執筆に至った経緯のようだ。

そもそも「戦前」「戦後」は区分するものではなく、一貫している。移民たちの人生もまた、戦前から戦後へと一本道で繋がっている。そう著者は述べており、自分が「知っていたのと違う様相だ」と感じたのも合点がいく。

前半はパラオでの空襲や戦闘・それによる飢餓から逃れるために日本へと引き揚げた元移民を、後半はパラグアイ(ブラジルとアルゼンチンと国境を接する国 by 本文)に移住した移民の人々を取材している。パラグアイはマイナーな入植先だったものの、ブラジルに不満を持った日系移民が「ほそぼそと」国境を越えて移ってきていたらしい。

前半は一人ひとりの戦争体験がとにかく壮絶だった。
皆、より良い生活を夢見て現地でも上手く暮らせていた。それが戦争により一変し、苦難に満ちた帰路を強いられたのである。今も心にのしかかっているのは、阿良光雄さんが語るお兄さんの戦死についてだ。軍属の勝手な年齢引き下げによりお兄さんは16歳でパラオから戦地に送られ、そこで戦死された。しかしどれだけ申し出ても補償は受けられなかったという。
その一方で、徴兵のさなか栄養失調でお亡くなりになった平尾富士子さんのお父様は「戦死」とされ、戦後遺族年金が支給された…。

文体こそ冷静だったが、行間から著者の戸惑いや怒りが滲み出ていた。卑怯な誘い文句で移民を送り出し、彼らをぞんざいに扱う日本政府に自分も憤りを隠せない。
それでも戦後再び移住を決心し、その地で根を張ろうとする人々もいた。

「あなたの魂がそういう風にしたんだから、あなたがたの努力の賜物だよ」

これはパラオで生まれ日本に引き上げた後、パラグアイに移住した中村正弘さんの奥様博子さんが現地の教え子たちにかけた言葉である。
同時にその言葉が、これまでの元移民・移民の方々の歩んだ一本道を綺麗に映し出しているように思えた。

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2024年02月01日

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