あらすじ
「こんな私でも参加させていただけるような読書会というものはないでしょうか」.きっかけは,翻訳家の元に届いた一通の手紙.便箋の片隅には,検閲済みであることを示す小さな桜の印.端正な文字でびっしりと綴られた深い悔恨の思いと切実な願いから始まった稀有な‘魂の交流’の記録.『読書会という幸福』の思いがけない後日譚.
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今年読んだ本の中で今のところベストな1冊だ。
向井さんの本を読んだ無期受刑者からの手紙がきっかけで手紙のやりとりを通じたふたりだけの読書会が始まる。この本はその往復書簡だ。
もっとはやくに本に出会っていれば人を殺さずにすんだのか?そんな衝撃的なやりとりがある。確かに2人とも家族環境が似ていて幼いころから本に逃げ道を作っていた向井さんとそうでない大矢さんを対比すればその問いの答えは是だろう。ただその時のタイミングや心持ちで必ずしも本の大切さに気づけるとは限らない。本に救われるかどうかは運に近いかもしれない。
一方で本は自分を省みるきっかけとなり内面的な成長を促すことは間違いない。それは大矢さんの手紙や感想文から明らかだ。大矢さんはとんでもなく文章がうまい。人に読ませる文を書く。文面から伝わってくる彼の人柄は罪を犯すとは到底思えないほど謙虚で穏やかだ。きっと罪と向き合いながら本を読んできた結果なのだろう。
最近、家庭や会社に加えて第3の場としての共同体の必要さをひしひしと感じる。もちろん家族や同僚も大切な仲間なのだけど、そこに持ち込めない些細な悩みや葛藤、怒りを吐き出せる場が必要だと思うし、いつでも助け合える緩やかな紐帯が生活を豊かにすると思う。そのひとつは間違いなく読書会だろう。価値観を共有できて対話ができる機会や場の素晴らしさを本書を読んで実感した。
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読めて良かった本。
『プリズン・ブック・クラブ』というカナダの刑務所で行われる読書会の本を読んだ、大矢さんという受刑者が、訳者である向井さんに手紙を送るところから、このやり取りは始まる。
大矢さんのいる刑務所で読書会を開くことは(その時は)前例がなく、向井さんは、自身が主催している読書会の課題本や、自身が選んだ本を、大矢さんに送るようになる。
そうして、大矢さんからは感想を書いたノートや、自身と向き合う内容が書かれた手紙が送られ、二人の交流が深まっていく様子が描かれている。
私にとっても、二人が会話している本の幾つもが、既読したもので嬉しかった。
そうした本のチョイスに、読書そのものを愛する気持ちや、ストーリーからエンターテイメント的な楽しさよりも、何か哲学的な悦びを感じる二人なんだなぁということが、ひしひし伝わってくる。
大矢さんの初めての手紙は、それが、デジタル化されたものにも関わらず、どこか急いているように読めた。
なんとなく文と文の間に空白がなく、そうして硬い。
自分の気持ちを伝えることに必死というような。
多弁の裏に朴訥さが感じられるものだった。
本の終わり、アルジャーノンを読み終えた三月のページを開いたとき。
冬を越えたからなのか、大矢さんの文章が柔らかくなったように感じた。
きっと、それまでにも変化があったのだろうが、私が気付いたのが、三月の章だった。
私にも、一年ほどノートの交換を続けている人がいる。
その人の最初の語りは、余白がなく、筆圧も強く、揺るぎなさと切迫感が感じられるものだった。
一年後、久々にそのノートが私に回ってきたとき、字が伸び伸びとし、余白が生まれていることに、感動を覚えたのだった。
だから、本を選ぶ側の向井さんにも、きっと変化があったことだろうと思う。
それは、受刑者への関心や眼差しだけではないはずだと思う。
一人の人と関わることは、とても大変なことだけど、何かがもたらされるかもしれないという、見えない希望を二人は持っている。
そのことを中立する本という存在(もしくは、本を書いた人でもあるし、本そのものの世界とも言える)を何と例えたら良いだろう。
きっと、この本は誰かの、何かの、キッカケになり得るものだと思う。
Posted by ブクログ
ある日、翻訳家の元に届いた手紙には桜の印が捺されていた。
生まれついての悪人はいない。人が罪を犯すのは、そうならざるを得ない環境下にいたからに過ぎないのだということ言葉を思い起こした。
刑務所内で読んだ「読書会という幸福」に感銘を受けた受刑者、大矢さんの手紙を著書である翻訳家が受け取ったことから物語は始まる。
刑務所の塀の中で20年の月日を過ごすうちに読書の喜びに出会い、自身の犯した取り返しのつかない過ちに深く向き合うようになったのだという大矢さんの文章にとにかく心を奪われる。
どうしてこんなにも思慮深く聡明な人が人を殺めてしまったのだろう? この人はこれまでにどんな人生を歩んできたのだろう?
真摯な言葉に胸を打たれた筆者は大矢さんに「読んで欲しい本」を送り、大矢さんはノートや手紙に読書を通して感じた思いを綴る。
塀の中と外、隔たれた世界でそれぞれに「本」を魂の拠り所に生きてたふたりは文学の世界を通し、魂の震えるような対話を重ねていく。
人が罪を犯すとは、人を裁くとは、罪に向き合うとは、そして何より、「言葉」の世界を知ることがどれだけ心を豊かにするのかということに驚かされる。
次第に明かされていく情報の中、大矢さんは苛烈な家庭環境の中で親からの愛情を受けられなかったのだということが明かされていく。
「守ってくれる相手/安全な場所」がなかった。自身の罪を償うためにと塀の中で暮らすようになってからも、自身に向き合うための「対話」の機会を得られなかったのだということ。そんな中でも「師」となり、導いてくれる相手に出会えたのだということ。
20年の時間を生きた「いま」の大矢さんだからこそこれだけの豊かな言葉を持っていて、それがここまで向井さんの心を動かしたのだろうということは読み進めるほどにひしひしと伝わる。
「罪を犯した人」もまた我らと同じ人間であり、自身に向き合い続けることで変わることはできるのだ。
それでも、彼が行ったことは決して許されることではない。
人を「罰する」とは一体どうすることが正しいのか、人間らしい生活とはなんなのだろうか。規則だらけで心身に傷を負わせる環境に閉じ込めておくことは罪を償わせるためには「仕方ない」ことなのだろうか?
様々な思いが、読んでいる間にもぐるぐると胸の中を渦巻く。
言葉を重ねるほどにお互いに深い絆が生まれ、書くこと/伝えることが救いになっていく様、それでも、犯した罪の重さがふたりの対面の機会を簡単には実現させてくれないことなどに胸が苦しくなる。
書面で読書会に参加し、のちに報告を聞くという間接的な手段でありながらも、本を通して「外」と繋がりを持たせてくれた向井さんの思いやりが温かい。
紹介される本の多岐にわたるラインナップや、囚人たちの更生プログラムとして「読書会」が実際に行われていることなど、興味深い話題も非常に多かった。紹介されている本も読んでみたいものばかりで、我らにとってのこの本との出会いは、塀の中にいる大矢さんと同じく「自分を導いてくれる広い世界」への招待に思えた。
Posted by ブクログ
受刑者との文通を通した読書会。
本を送って感想を書き合ったりして、筆者との交流が続いていく。
本書の中で言及される本の多くが既読だった。『アウシュヴィッツの歯科医』の翻訳を筆者は担当してたんだなあ。
私のライフワークとまではいかないが、司法と犯罪、宗教や償い、人の育ちや在り方について、それらの関係性をたぶん一般的な人よりはかなり興味を深く持っている私にとって、殊更に意義深い読書だった気がする。
その人の生育歴が人格形成に及ぼす影響、それによって変わりうる人生、人とのつながり、得られる経験や知識の違いなど、様々な要素が本書の中に取り込まれていた。たぶん私が今、就いている仕事もそうだし、そもそもこういう資格を取りたいと思ったこともそうだし、10代の頃からどうしてか自分の中にあった「その人の責に問えないことが、ひとりその人に背負わされて苦しんでいることの理不尽に納得がいがず、彼らをそこから解き放つために何かしたい」という思いを、やっぱり自分はそこに行き着くんだなと、本書を読んで再確認した。
本を読むことは、自分じゃない他者の視点を獲得すること。だからこそ、本を読むことで自分自身を俯瞰し、他者の思いを知り、世界を客観的に見つめることができ、それを言葉にする力を得られる。
実はそういそういう一連の思考が、人の心が癒される治療的な体験になる。
最近は、これまでの懲役刑や禁固刑を、拘禁刑と名前を変え、罰を与えることではなく更生のための服役という考え方で、受刑者を処遇していこうという流れがある。本書の中で、刑務所での更生に読書会が良いのではと言っている箇所があるが、本当にそうかもしれない。プログラム云々を作り運営するのはなかなか準備が大変だが、読書会ならもっと簡単に始められそうだ。
こういう本を読むにつけ、司法的な場面で、当事者たちに関わりたい思いが私にはやっぱりあるんだなあといつも気付かされる。
まあ、だからこそこういう本を手にしてしまうのだろうけれど。
受刑者と筆者の読書会は現在も進行中というのがとても良い。
巻末の、筆者が受刑者に送った本のリストが私と趣味が合いすぎて笑える。未読の本もたくさんあるので、少しずつ読んでいけたらいいな。
Posted by ブクログ
2人の表現力、言語化力に飲まれてしまう。そして読書会がしたくなる。そんな本だった。
今もふたりの読書会は続いているとのことで、それはなんだかうれしい。
面会できなかったというのは残念だったが、今後刑務所での読書会がもっと広がり、そこで会えればいいな、と少し希望を抱いている。
前作、『読書会という幸福』は読んだことがなく、後からこの本がその本の後日譚ということを知った。
なんとなく気になって読んでいたのだが、
『・・・・・・「わたしがこれまで人を殺さずにいられたのは、本があったから、そして読書会があったからだと言ってもよいかもしれない」という言葉に私は、その場にたたずみ声が出ませんでした。』
という一文で一気に引き込まれた。
また、私も向井さんと同様に、刑務所についてほとんど無知であった。
・暖房がなく冬は霜焼けができるほど寒い
・「懲罰房」でただひたすら座らせる罰がある
・選挙権がない
などなど。
スケジュールも細かく決められているが、時計も持てない。
なんだか人権ってなんだっけ、と考えさせられることだった。
この本の中で、京アニの放火犯が助けられたことに言及する場面がある。
大矢さんの手紙では、
『・・・・・・その揮発性をどこまで理解していたのだろうか。ガソリン=燃えるではなく、その揮発性を。・・・・・・まさかあんなに大きな火災になるとは思っていなかったのではないだろうか。』
とあり、その視点は全くなかった自分を恥じた。
また向井さんの手紙では、
『・・・・・・そして重傷を負った容疑者が、医師や看護師に対して、こんなにも手厚く治療してもらったこと、リハビリや食事も提供してもらっていることに感謝の気持ちを示した、というのです。・・・・・・彼は助けられて良かったのだ、とこのとき強く思いました。』
とあり、なんだか複雑な気持ちになってしまった。
自分も助かってよかったとは思う。なぜなら助からなかったら動機もわからなかったからだ。
でも、被害者や遺族の気持ちを思うと本当にやりきれないのだ。
たびたび大矢さんや向井さんの家庭環境の悪さが書かれることがある。
特に大矢さんの家庭環境は想像を絶するほどだ。
お父さんが猟銃を向けてきたり、包丁で切りつけてきたり・・・・・・。
そんな家族でも愛情を諦めきれていない面がたまに見え、悲しいし辛くなる。
京アニの犯人も家庭環境が悪いことがほのめかされていた。
一般論になってしまうが、やっぱり家庭環境は今後の予後に大きく影響するのだろう。
MIU404の第2話に、会社の専務を殺害し逃亡を図る犯人の話がある。
そこでも犯人の家庭環境の悪さ、会社でのパワハラなどの背景を知って犯人に同情的になった自分がいた。
MIU404の書かれ方にもあるが、なんなら被害者のほうが悪い印象さえあった。
その印象は少し危険だと感じる。
被害者が悪いような切り取られ方をすることは現実でもある。性加害はとくにそうだ。
被害者加害者両方の背景を知ったうえで、それとは切り離して裁く必要があるのだろう。
一方で、大矢さんは取り調べでそういった背景はほとんど聞かれなかったと書いていた。
ただ、加害者にいくら同情的になったところで犯罪は犯罪だ、と考える自分もいる。
正直、私はまだ被害者よりではある。
ただ、加害者の背景も知らないままより、知ったほうがちゃんと相手も人間なのだ、ということが分かる気がする。
大矢さんからの手紙ではなんども「ここで更生をすることの難しさ」が書かれているが、更生ができずに出所してほしくないし、だからこそ更生に力を入れて欲しいと思った。
ただ、そこに税金を使うことへの難しさや反発も感じてしまう。
話は変わるが、この本でうれしいのはたくさんの本が紹介されていることである。
最後のページに紹介した本や向井さんから大矢さんに送った本のブックリストがあり、読者も一部の本はふたりの読書会に参加できるようになっているのだ。
私もふたりの感想を読んで気になった本がいくつかあり、少しずつ読んでみようと思った。
約3年間手紙のやり取りをしているとのことだが、この本ではその一部の1年分の手紙のやり取りがまとめられている。
続きもぜひ刊行していただき、ふたりの読書会に参加させていただきたいと思った。
Posted by ブクログ
良書。
向井さんと大矢さんの繋がりを見守りたい。
大矢さんの書く文がすごく良くて,,,
間接的な読書会が開かれていて、そこで大矢さんの感想を読み上げるO氏や、その回に参加されてい方の懐の大きさに読書は心を豊かにする事を感じずにはいられない。
私が職場に本を忘れてしまい、急遽本屋さんへ行って見つけた本。
買って良かった。読んでよかった。
Posted by ブクログ
この本を探して、本屋に行ったわけでもなく
ふらっと立ち寄った地元の個人書店で気になって購入。
興味深い内容で面白かった!!
向井さんの他の著書も読みたい。
Posted by ブクログ
友人にきっと気にいると思うと勧められて手に取った1冊。普段なら可愛らしい雰囲気の装丁の本は捻くれ者の私には合わないかもと気遅れして手が伸びないので、勧めてもらって良かった。殺人を犯し終身刑の受刑者である大矢章市さんと翻訳家の著者との間の読書と本をめぐる往復書簡だった。
読んでいて、数年前のある出来事を思い出した。
暮れも押し迫った12月のある日、駅で数人の友人と待ち合わせをしていた時のこと。指名手配犯の顔写真が何枚も載ったポスターが貼ってあり、そのうちの1人がある有名歌手に似ていると少し笑いながら見ていた。軽口が終わって、一瞬の間があき、全員がそのポスターを見ていると、友人の1人が「行こ!感染るわ。」と言ったのだった。
それを聞いた私は憤りと驚きを感じた。もちろん被害者の立場にたてば、そして犯罪者の話の場合、大抵私たちは被害者目線で話すことが多いのだけど、犯罪者を憎む気持ちはある。自分が被害者なら多分許すこともできず、憎しみや怒りに狂うだろう。ただ、私は犯罪に走る人たちと私の違いは運だけなのではないかとも感じてしまう。それなりの経済的余裕があり、問題があったとしても常識的な子育てをしてもらい、教育をうけ、時に良い教師や友人との出会いに恵まれた自分が、もし、劣悪な環境で育っていたら私も犯罪に走ってしまったのではないか、そんなふうに自分に対する信用が低い。
この本を読んで、やはり犯罪者の中には本当に境遇に恵まれない人もいるのだなと改めて思った。大矢さんの少年時代の凄惨さは気の毒というような言葉では表せない酷いもので、犯罪被害者を減らすためにも、親に対する教育や児童福祉、虐待への介入の充実が必要だと思った。
今回刑務所の中の様子も初めて見聞きする内容が多く、日本の刑務所と海外の刑務所の在り方の違いもわかりとても勉強になった。
受刑者や被害者を何か特別な存在として隔離して考えないようにするのではなく、犯罪も被害者の痛みも、犯罪を犯す環境も全て私たちが暮らす社会の一部だと認識して良くしていく必要があるなと思う。
Posted by ブクログ
お二人の手紙を読んでいるだけで優しい気持ちになれた。
本について話す二人は無期受刑者と翻訳家という属性など無いかのような文面でありながら、その属性があるからこそお互いを敬慕しているとも感じられた。稀有な関係性と思いきや、その仲立ちをしているのは誰もが手に取れる「本」という点が、読書好きの心に刺さるのではないか。
Posted by ブクログ
作家の向井和美さんと、懲役中の50代男性の大矢章一さん(仮名)の手紙のやりとり。
設定が目新しく面白そうだなと思い読みました。
率直に思ったことは三つあります。
刑務所での生活がどのような感じなのかがわかって勉強になったということ。
無期懲役の大矢さんの文章が、非常に巧みで感心したこと。
たくさんの本のことが引用されており、読みたい作品が新たにみつかって嬉しかったこと。
大矢さんご自身、本を読んでいるおかげで、償いについて考え、自分を省みる機会を存分に得ている。
「もっと本を読んでおけば、殺人なんてしなかったのかも」と述懐しているほど。
読書が持つ素晴らしさ、偉大さを感じさせる作品でした!
Posted by ブクログ
本を読むことで、これまで自分が意識していなかったことや、当たり前だと思っていたことが違うかもと気付かされる。
他者の気持ちを考えることができ、自分を客観視できる。
そんな本の良いところを改めて感じた。
私も読書会に参加してみたいけど、それほど感想を言えないし熱をもって語れないから、やっぱりそういう場には行けなさそうだなぁと。
もっと一つ一つの事柄を深く理解して言語化する力が必要だと思った。
今はこういうところで思ったこと書くだけでも良いのかもしれない。
Posted by ブクログ
本書は副題にもあるように無期受刑者である50代前半の男性 大矢さん(仮名)と翻訳家の向井和美さんとの本をめぐる往復書簡である。
大矢さんは27歳の時 罪を犯し20年以上服役している。
はじまりは編集者経由で向井さんの元に届いた刑務所からの手紙だった─。
私は“読書会”というものに参加したことがないのでよくわからないけれど、本書を読んでいるとだんだん大矢さんと向井さんの濃密な会話を傍らで聞いているような感覚になっていった。
刑務所という様々な制約があるなかで 大矢さんは全身全霊で本を読み 感想を書いている。溢れ出る思いが止まらない。といった感じだった。
「本というものは善人にも極悪人にも、著者のそして編集者の方々のその本への想いや熱量はまったく同じ量で届きます。僕のところにも、この塀の外にいる方々にたいしてと、まったく同じ顔をして届いてくれます。そのことが僕はとても嬉しいのです。だからこそ、本を裏切ってはいけない、そんな気持ちになります。そしてその本を大切に読み、文章の中から何かを見出だそうとしています。」
大矢さんのこの文章はとても印象的だった。
本がもつ可能性は無限大だ。時には師となり、時には逃げ場になり、時には人と人とをつなぐ媒体になり、なにより一生の友になる。(ちょっと大袈裟か(^^;)
大矢さんや向井さんには遠く及ばなくともとりあえず 本を読むことに幸せを感じられる自分でよかったと思う。