あらすじ
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小川哲、初エッセイ!世間から2cm浮いてる“SF作家”が贈る苦笑いと共感が止まらないひねくれ者の処世術
今最も注目の小説家 小川哲、初エッセイ! 世間から2cm浮いてる“SF作家”が贈る苦笑いと共感が止まらないひねくれ者の処世術。「今日暑いですね」という雑談は意味がなさすぎて恥ずかしく、「とりあえず生」は思考停止に思えて腹が立つ。暦という恣意的なシステムが更新されるだけの正月になんの価値があるのか……「そんなことを気にするのはお前だけだ」と言われるこの世の中は作家にとってどうも住みづらい。そんな日々のモヤつきのかわし方を「ひねくれ界のひねくれ者」の独特な視点で綴るショートエッセイ集。
著・文・その他:小川哲
1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテストの〈大賞〉を受賞しデビュー。2018年に『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞を、2022年に『地図と拳』で第13回山田風太郎賞を、2023年に同作で第168
回直木三十五賞を、『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞。2026年には同作が映画化。他の著作に『嘘と正典』『君が手にするはずだった黄金について』『スメラミシング』『火星の女王』『言語化するための小説思考』などがある。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
読みやすい。字が大きくて行間も広い。すぐ読める。すぐと言ってもすぐの感覚は人それぞれで、3時間の人もいれば3日の人もいるだろう。なんてカンジの偏屈が満載。
親から「お前は屁理屈こきだ」と言われて育った私の上を行く ひねくれがいっぱい。思わず声をあげて笑ったり確かにその通りと感心したり。
面白かったです。
Posted by ブクログ
■はじめに
著者・小川哲は、自らをひねくれ者と称する。
〈ひねくれ者の文学者〉――実に惹かれる形容ではないか。ならば、その“ひねくれ者ぶり”とやら、とくと拝見しようではないかと本を開く。
■内容
「上から目線」という表現はよく聞くが、「斜め45度」という言い方は、目にはしても使ったことがない。
そもそも、“何”に対して45度なのか。本書では“社会常識”を基準にして、そこからのズレ具合を角度で表している。
例えば「人間関係に思い悩むのは傲慢である」という稿。相手から自分がどう思われているのか…と悩む前に、まず自分がなるべく相手を嫌いにならずに済むよう、適切な距離感をつかむことが大切だと説く。
「いい人か悪い人かの価値基準」では、他人から聞かされる愚痴や悪口には、語られていない文脈や事実があると考える。第一印象だけでその人物を推し量らず、たとえ良い面を見たからといって、過度な期待や幻想を抱くべきではないと諭す。
そして「人間にできて、AIにできないこと」。隙のない能力を持つ生成AIの登場は、むしろ人間の弱さや愚かさの価値を上げてくれるかもしれない。手痛い失敗をした時には、「AIにはできない経験をした」と考えてみる。僕たちが間違えるのは、僕たちが人間だから。人間としての価値までAIが代替することはできない―とアンチテーゼを投げかける。
■感想
本書は〈斜め45度〉に至るまで、15度、30度と徐々に傾斜角度を上げていく。
では、角度が上がるにつれて著者の“変人ぶり”が際立ってくるのか…と言えば、いやいや、少なくとも僕には、まったくもって常識人に見える。
一般に、できれば避けて通りたいこと、関わりたくないこと、不得手なことを語ろうとすると、「なぜそう思うのか」を説明するために、どうしても話が長くなる。
挙げ句に、神経質、自意識過剰、偏屈―今風に言えば「面倒臭い人」と見なされかねない。
ところが著者の場合、実に平易な文章で、しかも冗長に走らない。だから、すんなり腑に落ちる。
気難しい人、ましてや“ひねくれ者”には到底思えない。むしろ読み手に差し出される物事の見方、捉え方が新鮮で、
「汝、思い悩むことなかれ」と諭されているような感覚すらある。
中でも、ふむふむと膝を打ったのが、「人を嫌いにならないために、自分が距離を取る」「他人はコントロールできない。だから自分の感情をコントロールする」という考え方。物事を冷静かつ俯瞰して捉え、いかにストレスを軽減するかに重きを置いている。
“自他”の距離感に少し神経を配る。それが人間関係の“ショックアブソーバー”となり、たいていのストレスは軽減できるんではないか…そんなことを思った。
■最後に
僕は自己啓発本をあまり読まない。小説で事足りると思っているから。
確かに自己啓発本は、人間関係や生き方の悩みに対して、速効性があるのかもしれない。
一方、小説はストーリーを追わなきゃならないし、一見すると悩みの解決には関係のない“ノイズ”もたくさんある。
でも、そこには様々な人間模様や、他人の人生航路が描かれている。その生き方に自分を重ねたり、比べたり、思い巡らせたりすることができる。
言うなれば、自己啓発本は鎮痛剤や止血剤。小説はビタミン剤だと、僕はそんなふうに思っている。
ただ、この本はちょっと違った。何かを教え込もうとするのではなく、世の中を真正面から見て、しんどくなった時に、ほんの少し見る角度を変えて見ることを教えてくれる。
なるほど、斜め45度とはそういうことか。
側に置いて、そして、「ああ、もうやってられんなぁ」となった時に、適当なページを開く。
真正面から受け止めず、少し斜めから眺めてみる。それくらいが、案外ちょうどいいのかもしれない。
Posted by ブクログ
「口臭から、ここまで話が広がるのか。」
自分の口が臭くても、周囲が気を遣えば本人だけは気づけない。
そこから、立場が上がるほど欠点や失敗を指摘してもらえなくなるという話につなげる発想に感動しました。
何気ない日常の出来事を、まったく別の問題を見る視点に変えてしまうところに、この本の「斜め45度」らしさが一番表れている気がします。
Posted by ブクログ
変わり者の日常譚
自分も変わり者と自負しているが、同系統の別人の変わり者が書いた本だと思った。
冒頭から全力の自己表現をしていて少し羨ましかった。この変わり者具合で人生を友達を持った状態で送れている著者に希望と絶望を感じだ。
著者と自分の間には、どのような違いがあるのかと考えた。1つ目はメタ認知の能力の差だ。自分の発言が相手に及ぼす影響というものをより深く思考することが大事だと考えた。
2つ目は余裕の量だ。余裕の量というと、定量的に聞こえるが、これは定性的な話である。嫌な事があったら逃げる、嫌な事には出会わないように努力する。どれもこれも世間一般で言われている、人生を楽しく生きるコツだが、それを実践できるかと言うと話は別物になる。言語化能力が高い著者は、うまく逃げ回るコツを掴めたのではないかと思った。
一番心に残ったフレーズは、メンタル神経である。これは運動神経を準えたものであり、どの程度自分の心や気持ちを自在に動かせるかという考え方だった。この考え方から、しなければならないなどの強制がいかに無力であるかに気づいた。
勉強をしなければならない時、勉強に興味がなかったり、嫌いな人は強制的にやろうとする。だがしかし、それでは多くの人が続かない。それは、メンタル神経が低いからである。多くの人はメンタル神経高くないのではないかと考えた。なぜなら、メンタル神経とは言語化能力と分析能力を自己の中に持っていなければならないからである。自分の心を分析し、その結果からどのように自分の心に言葉をかけたらいいか言語化する。これは、他者の介在することの出来ない事であり、両方の能力を必要とするメンタル神経は、高めていくのが難しいと感じた。
だが、1つ発見もあった。興味を維持する事よりも、興味を無くす方が実は人間にとって簡単な事なのではないかと考えた。自分は、ゲームや漫画などが、勉強や日々やるタスクの障壁となっているのだが、嫌いなものをやるために、興味を創出し、維持するよりは、ゲームや漫画を嫌いまではいかなくても、無関心の状態に持ち込むように、心を動かすことは出来そうだと感じた。
斜め45度の処世術とは、今後一般的な処世術になる可能性の秘めたタイトルだと感じた。
Posted by ブクログ
作者と同年代で、自分のことが書いてあるかと思うほど考え方が似ていて面白かった。これは世間では斜め45度扱いなのか?
たぶん、他人から自分の枠を勝手に決めつけられるのが嫌だったり、裏をかえそうとするタイプなんだろうと思う。(その点がひねくれてると思われるのか)
着眼点も面白かったし、小説家なので当たり前なのかも知れないが、自分の考えを言語化して短い文で説明するのが上手いなと思った。
また歳をとって自分の考えが変わるか再読したい。
Posted by ブクログ
小川哲さんの本は「スメラミシング」がハマらなかったので、しばらく読むのはやめようと思った。
そう決めたのに、この本は小川哲さんの初めてのエッセイ集だから手にしてみたのだ。
エッセイを読むと、その作家の人となりが分かるような気がする。
エッセイが面白いと、その作家さんに親近感が沸く。
このエッセイは面白かった。
誰もが考えたことがある些細な事をグダグダと考えていて、自分と同じような結論に達していることが多かった。
例えば、「失敗したら"なにくそ"と思い、見返してやれ」などと言う人がいるが、共感しているのは、それができる人。
多くの人は失敗したらあきらめて努力をやめてしまう。
「小説を読む人は、自分の知らないことや、想像もしなかった世界を見せてもらいたいと思って本を手にする」
と小川哲さんは言っていて、「そのとおり」だなと思った。
そこで、生成AIに「小説を読む人は、何を求めて本を手にするのか」と聞いてみたら、次のように答えが返ってきた。
「小説を読む人は、自分の人生だけでは足りない何かを補うために本を手にする。
その“足りない何か”は、刺激かもしれないし、癒し、理解、逃避、希望、あるいはただの美しさかもしれない。」
自分が思うに、
「自分では選ばなかった人生の疑似体験ができる」
「自分は何を大事にしているかの確認ができる」
が、小説を読みたくなる大きな要因のようだ。
また小川哲さんの小説を読んでみようかという気になった。
候補作はSF小説の「嘘と正典」
Posted by ブクログ
15°
30°
45°
と、読み進めるうち、すっと感覚がなじむのが心地よかった。
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漫画型、小説型
部屋を綺麗に保つ方法
現金を渡してはいけない理由
のような、作者が論理的に語る話が特に面白かった。
Posted by ブクログ
小川さんほど解像度が高くインプットアウトプットされる媒体を作れる人、いないと思う。
心の内側にあるモヤモヤを言語化する技術は凄まじい。まあ、普通とされている人は、そもそも疑問も持たないから、斜め45度の処世術なのかもねーと感じた。
Posted by ブクログ
小川哲作品は割と読んだけど、初エッセイとして書いたこの作品は、小川哲さんらしさが爆発している。エッセイの中でのひねくれエピソード、ある話を要素だけ抜き取って違う話に転用するうまさが秀逸。だからこそいろんな作品が書けるんだなと改めて感じた。
Posted by ブクログ
『人間にできて、AIにできないこと』
やっぱりその「人」のストーリーや経緯、経験は文字通り「人」にしかないもの。同じ情報や作品でも、「どんな人が作ったか」「どうやって作られたか」が評価されていくのか。
『「七転び八起き」は数が合わない』
簡単に言えば、当たり前なこと、そう言われてきたこと、常識なんかに「なんで?」と疑問を持つこと。子どもなんかは本当にしつこいくらい「なんで?なんで?」と聞いてくる。できるだけその疑問には付き合うようにしてあげたいし、一緒に調べてみると大人が勉強になることもある。
Posted by ブクログ
自称「ひねくれ者作家」である著者のエッセイ。
「無意味な雑談が嫌い」「誕生日や新年は別におめでたくない」などの意見はひねくれてるな〜と思いましたが(笑)、わりと共感できる部分が多かったです。失恋は早めにして抗体を作っておいたほうがいいと思うし、AIにはない人間の強みとかなるほどな〜と感心しました。
フェイクブロッコリーの話は分かる。だから私はセルフレジが好き。カゴの中身をあまり見られないでしょ?(笑)
Posted by ブクログ
タイトル通りで自分自身をも俯瞰して問う作者の姿勢に笑いながらも少しタメになる。話題泥棒の話、身近に口臭を指摘してくれる人がいることの大切さ、カレーを作るのにブロッコリーでカモフラージュしようとするエピソードも愉しく読んだ。
Posted by ブクログ
「自分にとっての当たり前が他人からはひねくれて見える」著者が、世の中の違和感を絶妙な角度から切り取った痛快な初エッセイ。
本作の魅力は、ひねくれ者代表のような著者の視点が珍獣博覧会的なウケ狙いに陥らず、クスクス笑いながらも深く頷かせてくれる点にある。カレーの買い物エピソードは「理解はできても共感は不可能」とツッコミたくなるものの、「変な人に憧れる気持ち」には強く共感させられた。
また、クスッと笑えるだけでなく実用性と哲学的な救いがあるのも面白い。部屋を綺麗に保つコツや口臭ケアや「バキューム先輩」の逸話は具体的で明日にでも役立つ?そして人間関係を「漫画型」「小説型」で捉える独自の視点などは、他者との距離感を捉え直す大きな学びとなる。
何より「人生に完璧なプロットは必要ない」というメッセージには、先の見えない日々を軽やかに生きるための確かな希望を抱かされた。タイトルに異議を唱える「はじめに」から意外な人狼の「おわりに」まで、肩の力を抜くヒントをくれる一冊だ。
Posted by ブクログ
良い。
小説家は何を考えているのかが分かる。一職業なのだと。だけど特殊で誰でもなれる訳ではない。
他人は変えられない。自分を相手に合わせる事は出来る。嫌な人とは会わない、最小限だけ付き合う。
Posted by ブクログ
ここ最近「斜め」に注目していて、斜めとタイトルにある本を読んでいる。いずれもすごく良い。
何事も垂直・水平のグリッドだけだと、カチッとし過ぎてよくないのだろう。アクセントとしての斜めを目指したい。
Posted by ブクログ
著者のひねくれぶりが理路整然と語られるので共感でき、いたってまっとうな人だと感じた。中でも印象に残ったのは、野球のルールの話。なぜストライクといい、ボールというのか疑問をもち語源を調べ、簡にして要を得た文章にしている。納得するまで問うことをやめない人は面倒臭いけれど、とことん考えることでしか自分を伸ばすことはできないのだということを思い出した。1編が約1500字で、もしかして、「誰かの個別の話」→「普遍化」→「自分の個別の話」の構成になっている?全編の形式が揃っていて、快適に読み進められた。
この作家のエッセイは自分とフィーリングが合っていて読み心地がよい。ひねくれ者を自認している作者が世の中の物事に対しての自分のひねくれた考えを披露している。あーわかるわかるという話も多く、あまりこういう類の話は他人としないので、なんだか理解者に出会えたような気もしてよかった。単にひねくれ話を書いてるだけでなく、当然だが文章もうまくてとても読みやすいし、それぞれの話にオチもついていておもしろく読めた。特に「おわりに」にお世話になった人たちへの感謝が書かれていたが一捻りされていておもしろかった。
ずっと面白かったけど、最後の「感謝人狼」で爆笑してしまった。謝辞を読み飛ばす派なので、まんまとしてやられた。一つひとつのエッセイが読みやすくて面白い。天邪鬼すぎる著者の考え方や新しい視点、程よい文章ボリューム、〈はじめ・なか・おわり〉の分かりやすい作りのためだと思う。読み直して分析してみたい。★雑談に困ったら相手の話をメタ化する。◎隙のない能力を持ったAIの登場は、相対的に人間の弱さや愚かさの価値を上げてくれる。◆僕の中でそのブロッコリーは「フェイクブロッコリー」と呼ばれている。
Posted by ブクログ
本当に面白い。これまで氏の書籍はいくつか読んだが、それらと本書にある思考がリンクして、氏の思考回路にますます惹かれる。
この中で一番気に入ったのは「脳内を悟られたくない」 。私自身はフェイクブロッコリーを買うほどではないが、水に飛び込む前の携帯電話の話と共に、その気持ちにはとても共感した。
凡人は、一瞬よぎった「瞬間の感情」をすぐに忘れてしまう。小川氏はそれをきちんと切り取り、丁寧に思考して言語化しており、「これが文筆家というものか」と舌を巻く。
ご本人は捻くれ者を自称されていて、確かにそうかもしれないけれど、奥底に、多くの人を受容する優しさと等身大に生きる誠実さが満ち満ちている感じがする。今後の作品も楽しみだ。
Posted by ブクログ
ひねくれものと自称する著者が、身近なエピソードから考えすぎな面を提供してくれる本です。
小川さんのものの見方を通じて自身のものの見方を整理させてくれます。
最初から最後までクスッとさせてくれる本でした。
Posted by ブクログ
面白かった。著者は自分のことを捻くれているという評価をしているけれど、物事を観察する力が長けているのだろうなという印象でした。まあちょっとは捻れてるかもだけど。
Posted by ブクログ
「君のクイズ」の作者の思想が書かれているエッセイ集。小説を書いている人なだけあって文章が上手い。面白いが偏屈すぎる。本自体は面白いが著者のことはちょっと嫌いになった。
Posted by ブクログ
「地図と拳」の分厚さが気になって、いつか読んでやろうと思っていた矢先に作者のエッセイ。どんな人かなと、興味津々で読んでは見たものの「めんどくさい人だなぁ」の感想が続くエッセイ。でも、中毒性はあるかな。今度は作品を読んでみたい
Posted by ブクログ
みんな普通でいたいし、個性もほしいし、目立ちたくないけど時に捻くれ者にもなりたいんだよなと気付かされる。角度を変えれば悩みすぎる必要もないときもあるし、凝り固まらない視点で生きるほうが息しやすいかも。
Posted by ブクログ
小川哲のラジオを聴いて小説を読んだ時感じた印象より、本人はソフトな物腰でお喋りも上手だなぁと思い、どんなエッセイを書くのか興味が湧いて読んだ。
物腰が柔らかい人は、生粋の天然か、一般庶民からかけ離れたお金持ちか、合理主義者の人が多いと感じる。小川哲は合理主義者だと思う。思考が深いといえば聞こえがいいが、余計なことを考えてしまうタイプ。自分もつい余計なことを考えてしまうたちだし、どのテーマでも共感する部分が多かった。
読み物は共感できる部分が多いほど面白いと、深く考えず思っていたが、自分の想像の範疇を超える価値観に出会った時、それはそれで面白い、そしてまた一つ想像力の範囲を広げてくれる。範囲が広がれば、又知れることが増えていくという相互な化学反応による楽しみがある。既に知っていて理解できなかった物事への視界がパッと開けるということもあるかもしれない。知らない事を知る事が好きな自分には、好きなもの、分かるものだけに触れるということは、世界をどんどん狭めていく致命的な行為になる。自分となぞる部分があれば面白い、なぞる部分がなければもっと面白い。
合理的な思考を持つと、今まで苦しめられてきたものが輪郭を持ち始め、理解できるようになったり、対処法が見つかったりする。斜めだと言われても変な執着が消えて自由な精神で生きられるなら、悪くないなと思う。こんがらがった紐をひとつずつ解いていくと、実はシンプルなものしか無かったという結論に至ることがままある。想像力があればあるほど、絡まりを取りやすくなるし、自分とて一つのポジションに一貫して居続けているわけではなく、たくさんの顔や心を持っているはずで、他人の合理性を理解はできなくても、少なくとも想像するだけならできる。
共感する部分はあるのだが、小川哲自体に奇想天外な面白みはあまりないなと思ってしまった。はたから見ている分には、非合理的であったり、どこにも分類できないめちゃくちゃな人の方が面白かったりするもんなぁ。共感できる部分が多い分、斜めどころかまともに見えちゃった。自分のことつまらない人間だなと思うことが多いので。
理不尽な傲慢を撒き散らしたり、恋に患い続けたり、万年中二病みたいな人間はドラマになるし、生きづらそうだが、やっぱり面白いし、見たいもんなぁ。合理主義者はネタになりにくい。
他人を理解することができるはずだという考えそのものが傲慢だ。大事なのは、この世には自分には理解することができない人がいて、でもその人はその人なりに合理的に生きているはずだ、と想像することだと思う。本を読んだり、映画を観たりすることは、そういった想像をするための材料を提示してくれる。他人には他人の合理性がある。
恋愛はある種の心の病
坂口安吾は早熟のことを老成と呼んでいた。誰しも人は少年から大人になる一期間、大人よりも老成する時があるのではないか、と。背伸びして大人の真似をして、いろんな知識を溜め込んでいくと、不意になにかがわかったような、悟ったような気持ちになるのだ。しかしこの老成は、自分の経験に根ざしていない、偽の老成で、歳を重ねていくうちに自分がわかったふりをしていただけだったということを自覚していく。安吾はこの偽の老成を空虚だと看破している。
Posted by ブクログ
著者のこれまでの小説作品に内包されている様々な要素特にユーモラスな要素が楽しいエッセイであった。
取り扱うトピックの視点の独特さもそうなのだが、そのトピックに対して、著者しかできない独特の解釈が面白かった。
Posted by ブクログ
捻くれているといわれる小川さんが、
日々感じている事をエッセイにしたもので、
感想としては、捻くれていると感じるよりは、
共感内容の方が多く新たな気づきが沢山あり
メモして読んだ。