あらすじ
“ナニモシテナイ”幸福な私を脅かすのは?生きていることのリアリティを希求して、現実と幻想の世界を往還するモノロ-グの世界を描いた野間文芸新人賞受賞の表題作を含む2編を収録する第一小説集。(講談社文庫)
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Posted by ブクログ
デビュー10年目、32年前の作品。これはこれで、もう、良すぎて目眩がしてくる良さだ。何でこの歳になるまで笙野頼子を知らなかったんだろうと、心底、不思議になるくらい共感大爆発の内容で、読みながらうなずきすぎて、心の首がもげそうになった。
ただ、この作風だからこそポップにならず、たとえば自分のような、文芸誌一度も読んだことのないような人間に届かなかったのも、なんとなく分かる。みんなが読んでる村上春樹の真逆という感じがする。
ともかく、描写が緻密で、情報量も多くて、豊かな世界だった。どうしてそんなピタリと書いてくれるんだと何度も思った。母と娘の関係など鋭い心理描写が多かった。
ナニモシテナイとナニカシテル、幻想と現実、他人と自分の間を行ったりきたりしながら、どうやっても自分自身でしかいられない愚直さで、効率主義一辺倒に染まりつつあるこの社会を生きる主人公が、もう本当にすぐ隣にいるかのように感じた。
労働力として数字に換算される事が、当たり前だと思わされ、非生産的であれば存在する価値もないように思わされているけれど、それでも皆どっこい存在している。この主人公のように。
ある日突然、手が腫れてぼろぼろになった彼女は、病院に行かず、意地のようにナニモシテナイ的な何かを孤独に試み続ける。そのことごとくが的外れで、あべこべなんだけど、自分でも分かっているし、そうするしかないし、それなりに楽しんでもいる。
おかげで手は「農家の嫁の手」写真さながらの、ゴワゴワゾンビとなり果て、痛みは奥歯に響くほど増大したけれど、ある意味それでいいのではないか。
彼女はすでに彼女自身に到達しており、物語の中で「成長」し、何かを悟って、「あるべき私」へとバージョンアップする必要がないのだ。
もしそんな「成長」などしたら、単なるナニカシテル人たちに変わるだけであり、実際、そうなるのは楽だけれど、彼女は山奥に生えてる苔のように、なんだかワケの分からない、世の役に立つとは思えないような存在として存り続けるしかない。これは、意識せずにする戦いだと思う。
そして、それをそのまま描ききることも、めちゃくちゃ根源的な戦いだと思った。