あらすじ
「露の宿り」――それは、“涙に濡れる場所” 小料理屋「露くら」の娘である千代乃は、母・富の反対を押し切って駆け落ちをしたが、男に捨てられ出戻ることに。富は、千代乃と庖丁人の六郎が所帯を持ち、店を継ぐことを望んでいた。そして思わぬことから、突然露くらを継ぐことになった千代乃は、従業員、常連客との関係に悩みつつ、一人前の女将となるべく奮闘していくのだが……。『貸本屋おせん』『梅の実るまで』で話題の著者が贈る、温かい人情と料理が心に沁みる連作短編集。
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Posted by ブクログ
前に読んだ 貸本屋おせん の作者だ
と思って 読みました。
母親の富
包丁人の六郎
店で働く おなみ
千代乃の周りの人たちにも それぞれ人生があって
お店 露くらの女将 富が支えていた、
それが いきなり富が死んでしまう。
あとに残された千代乃は 男に騙されてやっと家に帰ったばっかり
店の女将が務まるか?
母親ほど花がない
客あしらいも 慣れてない
自分の父親も誰だかわからない
でも なんとか 周りの人たちに心を寄せていく
人を思うことで 人生が変わっていく
最後に自分を騙して捨てた男を看病して よくなったところで ぶんなぐって帰ってきたのは 面白かったですね、もう気持ちの芯ができている。
本当の父親もわかり 死んだ母親の富の自分への想い
死んだ父親の優しさもわかり
心の穴も塞がって
もうこの話しは終わっちゃうのかな?
というのが心残りですね。
Posted by ブクログ
死んだ母の後を継ぎ、小料理屋を営む千代乃の連作短編集。母ほどうまくできない接客、いつ辞めるか分からない板前。
とても面白かった。千代乃の成長、江戸の風物。相性がいいのが「であいもの」悪いのが「くいあわせ」の話が良かった。
Posted by ブクログ
露の宿り
著者:高瀬乃一
発行:2026年3月26日
PHP研究所
初出:月刊文庫『文蔵』(2024年12月号~2025年7・8月号連載「露の宿り」)
「貸本屋おせん」シリーズなどで最近活躍している時代小説の高瀬乃一による、(たぶん)最新刊本。千代乃という21歳の女性が、シングルマザーである富の反対を押し切って左官の勝三と住み始めるが、予想通り裏切られ、戻ってきた。母親は美人の元芸者で、今は小料理屋を営んでいる。千代乃は10歳のときから手伝っているが、戻って暫くすると、富が死んでしまう。そして、自らが店を引き継ぐことになる。そんな小料理屋「露くら」を舞台にした連作短編。全7話。
第一話は、そうしたシチュエーション固めのお話。二話以降は、登場人物の出自などを紹介していく話が続く。
一話ごとに、仲間の絆が強まるような読後感を持つ。貸本屋おせんも、親のない身寄りの主人公が頑張る話だが、仕事仲間などがいても、どことなく孤独である。しかし、本書は、最初はばらばらのように思える店の人間たちが、話ごとに来し方が明かされ、絆が強まって家族のようになっていく暖かみがある。貸本屋おせんと同様、話ごとの謎解きというか来し方明かしは、行動描写ではなく会話による説明ばかりだが、本書の方が少し楽しくて、今後を期待したくなる。
第一話 露の一滴
富:中之郷竹町屈指の酒と料理の店、小料理屋「露くら」女将、千代乃の母、40がらみ
千代乃:富の娘、左官の男に騙される、20歳そこそこ
勝三:左官、火消しの女房と逃避行
おなみ:「露くら」女中、40がらみ
銀次:燗番、煮売屋時代からの奉公人、娘が深川の笊屋に嫁いでいる
六郎:雇われ庖丁人、通い、3年前から勤務、三十路
忠次郎:小僧、通い、父親がおらず叔父の家で仕事を手伝いつつ掛け持ち
お清(きよ):勝三とおなみが暮らしていた裏店の差配人の女房、大柄、差配人は表店の佃煮屋「寿和屋(すわや)」も経営
辰五郎:大工の親方
太助:大工見習い、千代乃幼馴染み
伊東朴斎:町医者
*********
21歳の千代乃は出戻ってきた。母親の富は、店で、男(左官の勝三)に騙された千代乃を笑いものにしている。苛立ち、やるせなくなる千代乃。店で雇っている庖丁人と結婚させて店を継がそうとしていることにも、全くその意志はない。自分は母親のような商才がない。父親はいないが、それがどんな人間なのかも聞く気なし。
母親が小料理屋を始めたのは、千代乃が10歳の時だった。それまでしていた芸者を辞めて。千代乃も芸者になるものだと思っていたのに。身勝手にも思えた。そんな母の富が、脳卒中で死んでしまう。夜、眠り、朝、起きてこなかった。葬式に、千代乃と勝三が住んでいた裏店の差配人の妻が来てくれた。お清である。でも、なぜここに来たのか?出身地のことは話してなかったのに。実はお清も芸者で、富はその先輩でとても尊敬していた仲だった。そして、富がどういう思いで千代乃を育て、店を開いたのかを知る。
一話は、そんなイントロのような短編で、おそらく二話以降は、心変わりした千代乃が店を継ぐ展開となることを想像させる。お清夫妻がする佃煮屋も協力して運営していくのではないか、と。
******
富の父親は煮売屋をしていたが、博奕寿司で借金をし、妻(富の母)を亡くすと富を柳橋の置屋に売り飛ばし、やがて酒で死んだ。富は傾き書けた店を引き継ぎ、小料理屋の暖簾を11年前、千代乃が10歳の時に出した。資金は芸者時代に貯めたお金。芸者時代の評判で小料理屋へも客が来た。千代乃は10歳のときから店を手伝い、母のような生き方はしないと決めていた。シングルマザーなどではなく、真面目な男と一緒になる。
1年前の夏、20歳を過ぎても相手の見つからない千代乃は、勝三に出会った。店の外壁を修繕に来た左官であったが、10日ほど通っていた時、昼飯のおにぎりを食べる顔が可愛らしくて好きになってしまい、一緒になることを決意する。だが、富から大反対されたので、家を出て2人で深川の裏店に住んだ。ところが、元々大工で現場に泊まり込み、あまり家に帰ってこない勝三が、人妻と駆け落ちしたことを知る。そのように騙された女も、自分だけではないようでもある。ショックを受け、出戻っていった。
富は、料理人の六郎と結婚させて店を継がせようとしたが、六郎は、それは千代乃が決めることだとしか言わない。富がこの店を去るときは、自分も去るとも。そして、富が突然、逝ってしまう。
葬式に来たお清は、富が実はとても娘思いであり、芸者を辞めて小料理店をすることにした理由も、千代乃にあったという。千代乃に芸者になりたいのか?と聞いた。10歳ならもう修業をしなければいけない。ところが、自分は富と一緒にいたい、と千代乃は答えたという。富がつくる美味しくないお茶漬けが食べたいからだと言ったそうである。それで決心をした。
勝三と暮らすときも、裏から手を回してお清の長屋に住むことになるように仕向けたのも、実は富だった。長屋に住む場合、請け人の書付が必要だったが、それがない2人。でも、お清のところなら大丈夫だとみんなに口裏合わせをしてもらっていたのだった。
第二話 ばちがい
重右衛門:蔵前の札差「松乃屋」、千代乃の父親だと噂する人もいる、書では円頂の一番弟子
政二郎:日本橋の魚河岸で魚卸「魚政」をする二代目
(常連客)
長七郎:鋳掛屋、常連客
九思円頂(きゅうしえんちょう):茶人で書家、常連客
熊蔵:おなみの前の亭主、指物職人
9月に富が去り、店を引き継いだが、富が残した借金の処理に手間取った。富は旱魃で食えない農家を救っていて、借金があった。六郎は、とりあえず年末まではいるとのこと。おなみは、富は恩人だったから居たが、いつはなれようかという気持ちだった。
店が再開した。一番乗りは長七郎だった。どうやらおなみに気があるらしいが、おなみは、年下の男はもうこりごりだと相手にしない。おなみは過去、若い男と出来ていた時期があったようである。
千代乃は富のように客あしらいが上手くない。気強く振る舞うと、おなみに注意される。10年ほど通っている円頂が、鰻料理に横から手を出そうとした時、それを咎めた千代乃。ただし、キツく言うと嫌われるので、富がしていたように真似をしてやさしく。すると円頂は「バチじゃなあ」と言い、機嫌を悪くした。
評判が広がってしまい、客が減ってきた。店は赤字になる。円頂の機嫌を損ねたのが原因だった。そんな時、店の前に40がらみの男がうろつき、おなみを呼べという。まだ来てないとその日は追っ払った。どうやら元亭主の熊蔵のようだった。金の無心に来ていたのだった。どんな事情があるのか、佃煮屋のお清から事情を聞いた。そして、おなみ本人からも事情を詳しく聞いた。
熊蔵はおなみと一緒になった頃、深川でも名の知れた指物職人だったが、女と博奕も好きだった。借金が嵩んだため、おなみは、安宅(あたけ)にある料亭「桂屋」で働き始めた。やがて、熊蔵は深川の岡場所に入り浸るように。そんな時、おなみは亭主の仕事場に出入りしていた材木屋の手代(二つ年下)から思いを伝えられ、いい仲になってしまう。そして、それがばれ、熊蔵が刃物を持って桂屋にやってくる。そこへ止めに入ったのが芸者の富だった。熊蔵を説き伏せ、熊蔵からも人殺しにならずにすんだと一定の感謝をされた。おなみは、富が恩人となった。
熊蔵は、自分が女を作ったことが原因だからと遠ざかっていたが、少し前から困窮して金をせびるようになった。ただ、富がいる「露くら」には入らなかった。だが、富がいなくなったら事情は違う。店にも入ってくるようになった。千代乃は、なおみに、セイゴの江戸前ものと河口ものを食べ比べさせ、「ばちがい」を意味する「バチ」を実感させた。目覚めたおなみは、金をせびりに来た熊蔵に包丁を渡し、ここで何年か前にするはずだったことをしろ。これで私を真っ二つに切れとすごんだ。熊蔵は退散した。
千代乃は、円頂にも自分なりに接するようにした。それに対して円頂は機嫌がよくなった。富の真似をしてもだめだ、それが正しい。真似は「ばちがい」だ、と。
第三話 心とける
太助:11歳から住み込み修業、10年になる
辰五郎:親方、中之郷八軒町の大工の棟梁
朝吉:12歳、小僧
よね:飯炊き婆
伊八:太助の父、腕のいい大工だった、辰五郎とは兄弟弟子
三話は、太助が主役の話。太助の母親は早くに死に、父親の伊八がもらい乳をしながら育てたが、ある日、家を出て行った。なぜ出て行ったのか?生きているか死んでいるかも分からない。ただ、伊八は太助の大工修業を辰五郎に頼んでいた。
その真相が解き明かされる。
伊八は腕のいい大工だったが、料理も上手でとくに煮凝りが絶品だった。煮魚を作るが、冷めてとろりとなった煮凝りを翌日に熱いご飯の上に乗せて食べる。大きな仕事の初日には、必ずそれをした。しかし、太助を置いて出て行った前日に煮魚を作ったが、翌日は帰ってこなかった。一体、何があったのか?その煮魚は汁が多くて身に味が染みついているタイプではなく、皿を手に持ち、汁を付けながら食べる〝上方スタイル〟だった。
「露くら」の六郎がつくる料理はなぜか煮付けだけ評判が悪い。汁が多くて味がしみこんでいないと言われる。褒めるのは太助だけ。太助にとっては、父親が作ってくれた味だった。先日、上方商人も褒めてくれた。太助は修業して10年にして、初めてちょっとした仕事を任される。江戸で3本の指に入る料亭「鶴川」の格子である(山谷の鶴川、深川洲崎の司屋、日本橋本石町の千石屋が3本指)。それの初日の前日には、「露くら」で六郎の鯉の煮付けを食べた。
伊八は、仕事先でお金がなくなった事件があり、その犯人だと疑われ、逃げ出したのが失踪の真相だと言われていた。ただし、お金は後日、別のところから出て来たが、その噂は定着してしまった。
ところで、辰五郎の女房は、辰五郎が千代乃の父親じゃないかと疑っている。最近、夜な夜な出かけているが、あれは露くらに通っているに違いない、というのである。そこで、太助に小遣いを渡して探ってくれ、監視してくれ、と頼む。太助は探ったが、どうもそんな風には思えない。では、どこかに女が?違っていた。蕎麦好きの辰五郎は少し遠くまで行って屋台で蕎麦を食べているだけだった。
ある夜、後をつけると、また同じ蕎麦屋の屋台で。よく見ると、なんとその主人が伊八だった。3人は顔を合わせ、真相が語られることに。伊八は、お金がなくなった騒ぎの時に、自分の鉋をなくしたことに気づいた。大変道具に厳しい親方だったため、慌てふためき、必死でさがしまくったが、その様子を見た人たちが彼をお金の盗みの犯人だとうたがったのだった。しかし、伊八にすれば命より大事な鉋をなくす方が重大である。お金の盗みの疑いより、鉋をなくしたことが親方にわかる方が大変だ、と思って逃げ出してしまった。
暫くは日雇いで暮らしたが、5年前に行きつけの蕎麦屋が廃業するというので引き継ぐことにした。蕎麦の屋台なら、息子の蕎麦で営業しつつ様子を見ていても疑われまいと考えたのだった。3年程前、辰五郎がそれを知った。さらに、六郎は伊八から煮付けの作り方を教えてもらっていたのだった。
第四話 小僧の流儀
茂平(もへい):忠次郎の叔父(母親の弟)、雪駄職人、三十路前、5年前に喧嘩の仲裁で右足に大けして歩けなくなる、元常連客
お房:忠次郎の母親、茂平の5歳上の姉、茂平の親代わり、茂平が幼いころに両親が病死、雪駄職人になるべく工房を回ってくれた、亭主は賭場の借金を抱えたまま喧嘩で死んだ、2年前に深川裾継に身を売る
仙助:鍛冶屋
亥蔵:屑買いの老爺
今回は10歳の忠次郎が主役の話、生い立ちなどが明かされる。そして、富が死んだ年の末までの話であり、年末までは取り敢えずいると言っている六郎がどうなるか、大晦日の話で締めくくる。
1年前に富が連れてきた無愛想な子が忠次郎だった。住み込みではなく、仕事の上がりは午後2時、手習い所から子供たちが引き揚げてくる時間と同じ。それから忠次郎は叔父にあたる茂平の仕事をするため駆けずり回る。茂平は腕のいい雪駄職人だったが、5年前に喧嘩の仲裁に入って右足に大けがをし、段々と左足も弱って、歩けなくなっていた。今は同居する忠次郎が、夜中の廁へと介助して連れて行く。届け物など仕事の手伝いも、もちろんしている。
茂平は幼い頃に両親を病気で亡くしている。5歳年上の姉であるお房が親代わりとなって面倒を見た。茂平が雪駄職人になるべく工房を回って修業先まで見つけてくれた。だが、結婚相手が賭場の借金を抱えたままで喧嘩により死亡、子の忠次郎と茂平の3人で住んでいたものの、体が不自由な茂平の稼ぎと自分の内職だけでは賄いきれず、忠次郎を茂平に任せて自分は深川裾継に身売りした。もちろん、身売りは忠次郎には内緒で、忠次郎は一生懸命働けば母親は戻ってくると思っている。
富は元常連客の茂平が気がかりで、じっくり話し合うことにした。中途半端ではなく、忠次郎の将来をちゃんと決めてやった方がいいとアドバイス。それまでは預かるが、六郎は料理人にするならちゃんと修業させる年齢だと言っていることも説明した。
茂平はある日、忠次郎に対して、もう出て行けとわざと喧嘩するように言った。お前がいると煩わしい、というように。でも、仕事で配達はどうする?介助はどうする?と忠次郎。仕事の配達は亥蔵爺に(有料で)頼むからいい、だから露くらに住み込んで料理人の修業をしろ、と言った。
忠次郎は、修業を始めたものの、包丁を恐がる。よくよく聞いてみると、4歳か5歳の時、目の前で茂平が刺されるところを、母のお房目撃したのがトラウマになっていた。そして、自分は父のように雪駄職人になりたいとはっきり希望した。
結局、露くらはやめて、茂平の仕事を手伝いながら手習い所に通うことになった。
六郎は「よいお年を」と挨拶して、大晦日の夜に露くらを後にした。来年も働いてくれるつもりだ。
第五話 あなたの流儀
いよ:六郎の母(六郎は次男)
一郎:兄、四代目伊右衛門、六郎より15歳年上
佐江:一郎の後添い(前妻は病弱で離縁)、日本橋味噌屋の娘で両親と夫を亡くす
粂太郎:柳庵の板長
源八:南本所石原町の質屋「久質」主人(入り婿)、露くらの常連客、古道具屋の次男
みつ:その妻
今回は六郎が主役。出自、実家との関係、露くらに来た経緯などが分かる。
料理屋「柳庵」は、江戸3指にも引けを取らない名店で、六郎の父が6年前に死んでから長男夫婦に任されている。しかし、裏では、いよがまだ掌握している。六郎は元日を実家で過ごし、2日に露くらへと出勤した。
おみつが訪ねて来た。亭主の源八を探しているという。後日、千代乃は久質を訪ねて話を聞いた。きっかけはぬか漬けだという。久質の隣の煙草屋に17歳の嫁が来た。彼女は偶然にも源八の実家真向かいの家の娘で、源八は妹のように可愛がっていた。それが白瓜のぬか漬けを持ってきた。そのぬかは、源八の実家から分けてもらって嫁入りの際に持っていたものだった。源八はそのぬか漬けをとてもほめた。おみつのぬか漬けは褒めたことがないのに。おみつはキレて「出ていけ」と言ってしまい、半月がたっていた。
おみつのところに出かけて事情を聞き露くらに戻った千代乃は、事情を六郎に話した。そこへ、佐江が訪ねてきた。六郎の実家があの名店だと知って驚く千代乃。佐江は六郎と2人で話をしたがったが、六郎は断る。しかし、送ってあげろと千代乃が言ったので、道行きながら話す。
佐江は言う、実家に戻って五代目になってくれ、と。四代目の兄とは15歳違い、兄と佐江夫妻に子はいない。これから生まれたとしても育てるのに時間がかかる。即戦力の五代目は必要。六郎は断った。それは、昔の経緯のためだけでなく、露くらが今は自分の居場所だから、それで喜びを感じているから。柳庵の粂太郎のように、昔からの味を引き継ぎ、守ることも大切だが、自分はそうしつつ新しいことにチャレンジするのが好き。客の反応を見ながら料理していくのが喜びだ、と。
佐江と六郎は、将来を誓い合った仲だった(と少なくとも六郎は思っていた)。六郎は兄の手伝いをするものだという頭で修業に励み、25歳の時には脇板になっていた。その1年後に父が死に、兄が四代目に。すると、板長を粂太郎から六郎に交代させるという噂が立った。それを仕込んだのは粂太郎自身だった。粂太郎は自分を板長から外すなら従業員をつれて辞めるとごねたため、母は六郎を板場から外して番頭にした。五代目として引き継ぐなら経営のことを覚える必要があり、帳面の勉強で番頭に、というつもりだった。
六郎は板場を離れるならと辞めてしましった。そして、仲居の佐江と所帯を持って小料理屋でもしようと誘った。佐江は喜んだと思っていたが、実は兄と二股をかけていたのだった。兄の先妻は10年で離婚、後添いにしようとしていたのだった。佐江は兄を選んだ。
六郎は柳庵を辞めてから、ある蕎麦屋できっぷのいい女と出会った。それが富であり、露くらに誘われるきっかけとなったのだった。
久質を出た源八は、縁者が経営する船宿「藤村」にいることが分かった。千代乃は小僧に言ってぬか漬けを食べに来てくれと伝えてもらった。源八が来た。露くらで出すぬか漬けは何と豆腐だった。六郎が漬けたもの。露くらのぬか漬けは六郎が糠の手入れをしている。千代乃の手は糠に合わないためだった。ぬか漬けにも個性がある。
白瓜のぬか漬けも源八に出した。それは亭主が来たらこれを食べさせてやってくれと、みつが置いていったものだった。そして、みつが使っていたぬかも、実は嫁入りの時に源八の実家からもらったものだった。煙草屋の嫁と同じぬかを使っているのに味が違う。個性はまぜる手により変わることを実感した。源八とみつがもめたのは、源八と義父との間がうまくいってなかったことにあった。義父は跡継ぎである男の子を早くつくれと言うばかりで、自分は期待されていないのではないかとの思いが限界に来ていた時に、例のぬか漬け騒動が起きたのだった。
第六話 であいもの
貞:本所相生町の乾物「上田屋」二代目女将、実家は馬喰町の衣屋
門次郎:夫、「上田屋」の跡取り、次男、長男は20歳で病死
お春:義母
幸之助;一人息子、16歳、14歳で日本橋(本船町)の干鰯(ほしか)問屋「俵屋」へ修業に(将来の跡継ぎのため)
仁助:番頭、四十路
松治:手代頭
末次(すえじ):手代
今回は、千代乃を捨てた勝三について、その真相を明かし、決着をつける話。
乾物の「上田屋」女将の貞が登場。露くらと商売上でもつながり、また露くらでたまに一杯やる客でもある。千代乃のことを気にかけている。貞が門次郎の許へと嫁いだのは18年前。門次郎は次男だがそれなりに頑張っていたが、兄が死んでからはふぬけになり、今も商売に一切目が向かず、今日も朝から何人もいる妾のところへ。姑のお春は、それを容認。新年には、妾たちに挨拶としてお金まで届けさせている。貞は2年前に一人息子を大手同業者に奉公に上がらせることができ、店の経営も番頭や手代たちと頑張ってやってきた。
ある日、往来で千代乃を見かける。ついていくと、なんとぼろ家に入ったが、そこにはケガをした勝三がいた。千代乃が面倒を見ている。後を付けてきたのが見つかってしまった。聞けば、火消しの女房と逃げていた勝三は火消し達に見つかってしまい、こんな目に遭わされたのだという。勝三は、遊び相手だった火消しの女房が、亭主から折檻を受け続けていて助けてくれと言われ、つい一緒に逃げてしまったということだった。
色々と嫌気がさしてきて、貞は姑に対して暇をいただきます、と言って家を出た。そして、露くらで一杯やっていたら、つい千代乃のことを言ってしまった。ところが、六郎もおなみも、千代乃を連れ戻そうとしない。そして、酒とつまみのマリアージュを楽しむべし、と言って、人も同じで出会いものがあることを諭す。貞は理解できない。私が別れろと言ってやろうか、とも思った。
貞は、家出から半月後、二月の晦日に戻った。門次郎に泣きつかれた実家の兄に説得された。貞がいなくなって商売の苦労を知った門次郎は喜んだ。姑も、怒るようなことは一切なく、優しかった。
貞が露くらへ行くと、また千代乃がいなかったが、手をケガして帰ってきた。どうしたのかと大騒ぎすると、勝三を拳で殴ってきたという。勝三のことは最初から許す気がなかった千代乃。しかし、けが人を殴るわけにはいかず、まずは医者を呼んで手当をさせ、面倒を見て回復を待った。それから殴ったのだった。もう、二度と戻ってくるな!と。
最終話 貝あわせ
豊四郎:化粧品「近江屋」若旦那(二代目)、
安治:瓦町で石屋を営む三十路がらみ
締めくくりは、千代乃自身の出自についての話。本当の父親が判明する。
化粧品の「近江屋」を通りがかかり、店を覗く千代乃。話はここから始まる。そういえば、富が使っていた貝あわせの紅が最近見当たらない、どこへ行ったのだろう?自分も少し使ったことがあるが、きっとここの紅に違いない。高いので今の自分には到底買えない代物だが・・・と思っていると、先代主人が千代乃を見つけ、富の娘であることを言い当てる。
店の常連客である、円頂が死んだと言う噂が立った。ここのところ顔を見せない。燗番の銀次は、毎日、湯屋で会っていたが、湯屋にも来ていないという。少し前、後をつけると獣肉料理「山奥屋」に円頂が入って行ったので、追って入ると兎料理をご馳走になった。後に六郎から借りた本(銀次は本好き老人)に、月禁の食べ物が書いてあり、二月に兎を食うなと書いてあった。自分は酒を飲んでばかりいてあまり食べなかったが、きっと円頂は腹一杯食べて死んだんだろうという話になった。
鋳掛屋の長七郎、大工の辰五郎、質屋の源八、魚政の二代目政二郎、安治が円頂の碑を建てようという話になった。碑文は誰に頼むか。医師の伊東朴斎か、札差屋の松乃屋重右衛門ぐらいだろうということになる。重右衛門は書家としては円頂の一番弟子でもある。結局、巫女を呼んで口寄せしてもらおうということになった。
露くらに巫女が来た。目が見えないが円頂がいつも座る席に着き、酒を飲みながら口寄せした(下りてきた)円頂が話し始める。どちらがいいか?と聞くと、金をたくさん出せる方だと下りてきた円頂。それならばと重右衛門に決定した。六郎などは、インチキだと相手にしない。老巫女は酔っ払ってしまったので、六郎が離れに連れていって寝かせた。
千代乃が重右衛門の好物を持って頼みにいくことになった。松乃屋重右衛門は蔵前の札差で、芸者時代の富を贔屓にしていた。千代乃は重右衛門の子だという噂があった。大金持ちである。浅草猿野町に屋敷があるが、たとえ富の娘だとしても簡単には会えない。なんとか中に入る。重右衛門は「千代」と呼んで親しげに喜んでくれた。話が弾み、思わず自分の父ではないか?と聞こうとしてしまい、口を押さえたところで、むこうから言い始めた。千代乃の父親は重右衛門の兄である蔵之介だと判った。「露くら」のくらは、ここから来ているのだった。
富は、14歳で半玉芸者に、16歳で留守居役から声がかかるほどの売れっ子になった。蔵之介は優秀でインテリだったが病弱だった。重右衛門の二歳上。読物が大好きだったが、錦絵で富を見て三味線姿を見たくなり、初めて両親にねだった。両親は音曲指導を名目にして富を読んだ。富が18歳、蔵之介が19歳。なお、重右衛門は15歳の時に座敷で富を初めて見たが、既に売れっ子だったので手の届かぬ華だった。ここへ来た富の気を引こうとしたが、相手にすらしてもらえなかったという。
病が進み、もう外に出られなくなった蔵之介は、重右衛門に近江屋で紅を買って富に持って行ってくれと頼んだ。その後、20歳で世を去った。重右衛門が店を継ぎ、妻子を持って落ち着いた。富が娘を兄の娘を生んで育てていることを知った重右衛門は、小さいながらも家を用意した。しかし、金銭だけは決して受け取らず、老人が通うだけの慎ましやかな生活を送っていたという。
そんな昔話をしていたところで、円頂の話に移ろうとした時に一人の老人が訪ねてきた。鹿肉を重右衛門に進めながらやってきた彼は、死んだはずの円頂だった。
円頂は生きていた。露くらへ来て説明するところによると、山奥屋で兎を食べた時、東海道中膝栗毛を読み、地方で旨いものが食べたくなって妻子をつれて行こうと思ったが、最近、腹の調子がよくないので医師に診てもらうと、胃が痛んでいるから温泉で療養をしろといわれ、酒も止めろといわれたから、品川にこもって姿を見せなかったということだった。
一連の騒動が済んだところで、六郎が貝あわせを見つけたという。巫女を離れに寝かせたときに寝言を繰り返した。「あんたの大事な人のなくしものがあるよ」。
その貝あわせは富の紅だった。ただし、紅は流されてなかった。雨漏りがあったときに寄せておいたのが、雨で流されていて、溝を掃除していたら出て来たという。口寄せはインチキだったが、これは当たっていた?