あらすじ
シンプルな話を曲解してこじらせる、持ち上げられないとすねる、どうでもいいことにこだわり話が進まない、「私なんか」と言いつつ内心フォローされたがっている……なぜあの人は他人を疲れさせるのか? 職場からご近所、親戚関係まで、社会に蔓延する「面倒くさい人」のメカニズムを心理学的見地から解剖する。
なぜあの人が絡むと話が厄介になるのか?
10タイプの「面倒くさい人」の心理メカニズムに迫る
□ちょっとしたことで周囲を巻き込んでの大騒ぎを繰り広げる人
□他人の手柄に難癖をつけたり、会議で他人を言い負かそうとする人
□悪気はなさそうなものの……明らかに「言ってはいけないこと」を言う人
□やたらと「すみません」を繰り返したり、不必要な言い訳が多い人
□「あの人はおかしい」「この組織はおかしい」とすぐに糾弾を始める人
□手続き論やコンプライアンスを持ち出し、仕事にストップをかけたがる人
□部下からのホウレンソウがないと「聞いてない」とすねる“かまって上司”
□これでもかと遠慮深く振る舞い、内心で周囲の忖度を期待している人
□話が長く、どこまでが前置きでどこからが本題なのか分からない人
□町内会やマンションの自治会で仕切りたがり、定年後になお嫌われる人
【目次】
はじめに 「面倒くさみ」の探究
増殖する「面倒くさい人」 新装版のための序文
第1章 「悪い人じゃないんだけど…」はなぜ起こるか
第2章 不穏な空気を生み出す“あの人”の正体
思い込みが激しく、小さなことで大騒ぎする
他人の成功や好意を素直に受け止められない
空気が読めず、場を凍らせる発言をする
不必要な言い訳、「すみません」が多い
独りよがりの正義感を振りかざす
どうでもいい手続きにこだわり、融通が利かない
持ち上げられないとすねる
遠慮深く振るまうが、内心、忖度を期待している
話が長くて、何が言いたいのかわからない
肩書にしがみつき、定年後になお嫌われる
第3章 面倒な人はなぜ面倒なのか
――背後に潜む心理メカニズム
第4章 「話をややこしくする天才」とどうつきあうか
第5章 面倒な人と思われないために
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
『は?今、ケンカ売りました?』
…え、なにもしてないのに。
そんな経験、ない?
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かかわると面倒くさい人
榎本博明
発行:日経BP・日本経済新聞出版
発売:日経BPマーケティング
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この本は、
“面倒くさい人”の頭の中をのぞかせてくれる。
ピピピッ
「敵意」感知
ピピピッ
「見下され不安」感知
→ “攻撃された”と感じてしまう回路が、先に動く。
たとえば——
・心のクッションが薄く、衝撃をそのまま受ける
・出来事ではなく「解釈された意味」で世界を見ている
・“敵意帰属バイアス”が働く
つまり、
同じ言葉でも、
まったく違う意味で届いている。
本当は、
「面倒くさい人」なんていないのかもしれない。
ただ——
感じ方や受け取り方の“強さ”が違うだけ。
『意味わからない』で終わらせるか。
少しだけ、のぞいてみるか。
相手の中にある“困り感”に気づけたとき、
少しだけ優しくなれる気がした。
うまく共存するために。
まずは、ここから。
ふつうは良いことがあっても嫌なことがあっても、心の中のクッションによって衝撃が和らげられるため、それほど極端な反応にはならない。
心の中にクッションをもたないため、衝撃を和らげることができないのだ。
事実をどう受け止めるかという「心の世界」=「解釈された意味の世界」を生きている。
レジリエンスとは、このところ教育界でも注目されている心の性質で、復元力と訳される。もともと物理学用語で弾力を意味するが、心理学では回復力、立ち直る力を意味する。
本人が常に「勝ちー負けの図式」を強く意識しているため、勝手にマウンティングされたような気分になるのである。
本人の中に激しい対抗心があるため、相手には何の意図もなくても、勝手に挑発されているように感じ取っていしまうのだ。そこにあるのが、「敵意帰属バイアス」という認知の歪みである。
セルフ・ハンディキャッピングとは、印象操作の一種で、万一失敗したときに無能な奴だと思われないように、あらかじめ自分にハンディを負わせることである。
ひとつは、子どもの頃、親から十分に関心を向けてもらえず、共感や受容がなかったため、自尊心感情が健全に育っておらず、自信をもつために他者による称賛を過剰に求めるようになる、というパターンである。もうひとつは、子どもの頃、親が甘やかしてチヤホヤしすぎたため、自分は特別といった意識が以上に発達し、他者に対して過剰な称賛を求めるようになる、というパターンである。
敵意帰属バイアスをもつ人は、相手の何気ない言葉や態度にも敵意を感じ取り、ときに親切心による言動にさえ勝手に敵意を感じ取り、自分に敵意を向けてくる相手への報復という意味で、相手に対しての攻撃行動を示すことになる。
そうした敵意帰属バイアスというような認知の歪みの背後には、「基本的信頼感の欠如」や「見下され不安」が潜んでいると考えられている。
一方、基本的に人のことを信頼していない人物は、人に対して常に警戒しており、人の言動にも裏があるのではないか、敵意があるのではないかと用心深くなる。それが高じると、相手には何の悪意もないのに敵意帰属バイアスが生じ、勝手に敵意を読み取り、反撃にでたりしてしまう。また、自信がなく「見下され不安」を抱えるものは、「バカにされるのではないか」「軽くみられるのではないか」といった不安が強いため、人のちょっとした言動にも「バカにしている」「軽んじている」などと言った歪んだ解釈をしやすい。
性格的に人の態度や言動に対して非常に神経過敏なのだ。ちょっとして言動に一喜一憂したり、慣れない場面では大いに動揺したりと、他人の言動や状況に過敏に反応する。
従来、自己愛過剰な人というと尊大で自分を押し出すタイプばかりがクローズアップされていたが、人から認めてもらえないのではないかといった不安が強く引っ込み思案なタイプもあるということが専門家の間の共通理解になりつつある。
めんどくさい人を読む5つのタイプ
①理論型 理屈に合わないことは納得できない
②政治型 「支配ー被支配」で人を見る
③社会型 友愛に価値を置き、面倒見が良い
④審美型 自分のスタイルを保つことが大事
⑤経済型 役に立つか立たないかに重きを置く
あまりにも衝動的で人間関係に支障がある場合は、境界性人格障害という一種の病理とみなされる。
境界性人格障害とは、感情面も人間関係面も極端から極端へと変動しやすく、衝動がむき出しになりやすいタイプの病理である。情緒が不安定で、衝動を抑えることができず、欲求不満に耐える力が乏しい人物というのは、どこにでもいるのだ。そのうえで、人間関係も不安定で、攻撃性やときに自己破壊性が目立つときは、境界性人格障害を疑うことになる。その根本にあるのは、自分がどのような人間かわからないというアイデンティティの障害である。自分がわからず、自信がないために、感情面、行動面、自己意識面のさまざまな不安定が生じると考えられている。
そのような人物は自分に価値が感じられないイライラがあり、攻撃性が自分に向かいやすい自暴自棄な自己破壊的行動に出ることもあればm攻撃性が他人に向かうこともある。相手を理想化して、全面的に頼ったり、期待したり、かわいがったりしていたかと思うと、見損なったとか裏切られたとか痛烈に批判し、こき下ろすようになるなど、人に対する評価が極端から極端へと揺れ動くのも、自身のなさゆえのものと言える。機嫌よくしていたかと思うと、ちょっとしたひと言に烈火のごとく怒り狂うというような、激しい感情面の変動も、境界性人格障害の特徴である。
自己モニタリング傾向のチェック方法213ページ
「かかわると面倒くさい人」の心理法則を示し、うまい共存の仕方を工夫するヒントを与えることができるかもしれない。
Posted by ブクログ
思ったよりもすらすら読める著書。
身近な面倒くさいひとを思い浮かべながら読むだろう読者の気持ちを代弁する合いの手が豊富だからだと思われる。あと具体例が多め。
「というよりも、面倒臭さにうんざりしている。」
「無駄な儀式をしているようで、ほんとうに面倒くさい。」
「できることならかかわりたくないと周囲のだれもが思っている。」などなど。これは爽快。
うんざりさせられている側としては同意できて読みやすい。ただし、自省するならその言葉は自分に刺さるため、どうか事実と感情とを切り離して読むべし。
本書の核は第二章・第三章、面倒くさい人の心理とそのメカニズム。
面倒くささは結局価値観等の相性で決まるので、相手の背景を読み解いて自身の解釈を変えることで対処するしかない。そのために相手の理解が重要なのだ。
本書を役立たせるには、思い浮かべた奴がどのタイプを内包するか分析して精神的な優位に立つことじゃないかしらと思う。
自分の上長は、相手の視点を想像する能力・自分の感情をコントロールする能力に乏しい、自己モニタリング傾向の貧弱な例かな。多くの人と相性悪いんじゃないかな。
Posted by ブクログ
⚫︎面倒くさい人 はどんな人か
まさにタイトル通りの人と関わる部署に配属となり、助け船だと思って読んでみた。
面倒くさい人は、変な手続き論を言い出したりして周囲を惑わすことがある。それはあまり仕事ができない人にありがちな行動なのだった。また真実を指摘しても受け入れられないというのは自分にも当てはまるなと。意見を言われても、どうしても自分が正しいと思い込み、最初は受け入れられない時がある。
面倒くさい人とどのように対峙するかを学びながらも自分の振り返りにもなった。
そういう人がいるということ、そしてそれを変えることはできないということ。これを知れたのは大きい