【感想・ネタバレ】記憶の絵のレビュー

あらすじ

葬式饅頭を御飯にのせ、煎茶をかけて美味しそうに食べた父・鴎外のこと、ものの言い方が切り口上でぶっきら棒、誤解されやすかった凄い美人の母のこと、カルチャー・ショックを受けたパリでの生活、〈しんかき〉〈他所ゆき〉〈足弱伴れ〉などなつかしい言葉と共にあった日常のこと――。記憶の底にある様々な風景を輝くばかりの感性と素直な心でえがき出した滋味あふれる随筆集であり、いつの時代でも古びることのない本物の「洒落っ気」「哀しみ」「悦び」を味わえる一冊。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

筑摩書房から1968年に出版された、エッセイ集。
のちに旺文社文庫、ちくま文庫では1992年2月24日第一刷。この本は、2006年9月5日第13刷版。
自分ではいつ買ったのだろう?忘れてしまった。
3年ほど前に、早川茉莉氏の編で、テーマごとにまとめられた森茉莉のエッセイ集を3冊読んだ。
この本も、同じように、父・森鷗外のこと、巴里のことなどが綴られているが、なぜか、以前読んだ3冊に対するものとは違った印象を受けた。
やはり、“誰かが選んだ”というものは、その人のフィルターがかかるというか、主張のような物が入ってしまうのだろうか?
この本では、直に茉莉に触れた、と感じた。

たった一年の滞在だが、茉莉は巴里が大好きだ。
銀座の高級店の店員の無礼な態度に憤る時も、必ず、巴里の店員の優雅な対応を引き合いに出す。
私はその中に多少の、日本人特有の西洋コンプレックスを見出していたが、今度は、それは少し違うと感じた。
たった一年の滞在だったが、その間に巴里は細胞ごと茉莉を変えたのである。
茉莉が文筆活動を始めたのは中年を過ぎてからだが、巴里での生活が無かったら、今のような作品は書かれなかったかもしれない。

父の思い出も、賛美だけでなく、知られざる一面が描かれている。
“鷗外の妻”だったが故に、ソクラテスの妻並の悪妻のように言われた母親に対しても、優しい弁護をしている。

物事に対する辛口の視線は相変わらずだが、今でも少しも古さを感じず共感できる。
たとえば、やりすぎな正義についての考え方。
茉莉は、正しいことを守るにしても、ある程度の余裕(ゆとり)、多少の振幅をつける方が道を踏み外さない、と考える(もちろん、他人に迷惑をかけること、犯罪となることは除外しての話)

この本は、一度目の結婚の失敗を描いて終わるが、茉莉が婚約をすると、自分から婚約者の方へと茉莉の気持ちが移るようさりげなく仕向けたり、初めての海外で青春を楽しむ娘に自分が重篤な病であることを知らせないようにと気遣ったりする鷗外の父親心が染みる。
そして、旅先で父の死を知る茉莉。
その後に予定通り回った、父が生前、もう一度行きたいと願っていた伯林(ベルリン)では、何を見ても父が偲ばれる。

帰国して、次第に心を病む夫。
そのせいで家庭は壊れた。
そして、一人では何もできないお譲様奥さんだった茉莉は、相談したい人をすべて失い、一人で考え、一人で家を出たのである。
うつむいて門を出る姿が目に浮かぶ。
茉莉が書くからかもしれないが、物語のような結末だった。

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2020年05月27日

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