あらすじ
著者のノーム・チョムスキーは言語はヒト固有の特性であり、言語機能は生得的だとする「生成文法理論」の方法論的考え方の基礎をわかりやすく提示する。 この画期的な新理論の影響は言語学のみならず、哲学、心理学、情報科学等のジャンルにも及び、いわゆる「認知革命」誕生の礎となる書である。本書巻末に便利な訳語対照が付属。
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Posted by ブクログ
本書について
本書は1987年に上智大学で行われたチョムスキー三回の講義録の全訳で、秀英書房から2004年に刊行、2023年に第二版として復刊された。薄い一冊だが、生成文法の核心を一般向けに圧縮した濃密なテクストで、講義は「メンタリズムと行動」「言語研究の概念的基礎」「言語の性質・使用・獲得」の三本から成る。
講義1 能力と行使、二つの難問
知識を変えずに行使だけが向上し、逆に知識を失わずに行使だけが損なわれる事実から、チョムスキーは言語を行動ではなく心に実在する「認知システム」と扱うメンタリズムに立つ。行動科学は「能力」概念を持たず、言語の創造性も貧困な刺激からの獲得も説明できない。ここで二つの難問が浮かぶ。「プラトンの問題」は乏しい経験からなぜこれほど多くを知りうるかという獲得の謎、「デカルトの問題」は刺激から自由で無限かつ適切な言語使用の創造性という謎である。デカルト、ケニー、ライプニッツの合理主義の系脈をたどり、ローティらの反合理主義と対峙させて、自説が行き詰まりの打開ではなく合理主義の復活であることを示す。
講義2 I言語という再定義
「英語」のような外側の公共言語(E言語)や抽象対象としての言語(P言語=プラトン的構想)を退け、個人の心/脳に実在する計算システム(I言語)こそが言語学の対象だと説く。これを可能にするのが普遍文法(UG)であり、初期の生成文法から原理とパラメタ、認知革命へと至る概念転回が語られる。中核と周辺、袋小路文、主語・目的語の非対称性、使役構文が、文法と解析器の適合という制約の下で論じられる。クワイン、ルイス、カッツ、ソームスは経験論・外在的真理条件意味論・プラトン論の代表として批判的に引用され、ヤーコブソンは普遍性と弁別素性の先駆として評価される。
講義3 獲得は学習ではなく成長
経験主義の「無成長」な学習観に対し、チョムスキーは言語は学習されるより「成長」すると論じ、心的表象理論の上に生成文法を据える。空主語(pro-drop)パラメータと部分集合原理、そして「逆転」の問題をめぐり、ハイアムズ、リッツィ、クレイン、スロービン、ボレア、ウェクスラーらの獲得研究が、形式学習理論(オシャーソン、ワインスタイン、ポーターズ、リッチー)の制約と交差して展開する。ヒュームは経験論の象徴、カドワースとフンボルトは合理主義の先駆、ピアジェは構成主義の論敵として配置される。
全体を振り返って
言語学が単なる文法の記述ではなく「人間の心とは何か」という認識論に直結する一事業である、という主張が強く残る。プラトンの問題とデカルトの問題という古典的な問いを現代の認知科学の語彙で再起動し、経験論と合理論の立証負担を逆転させる論理の見事さ。三百年前のカドワースの「自然という書物は知的な目にしか読めない」という一節が、貧困な刺激からの獲得という現代の難問と同じ構造を持つことに気づかされた。専門用語は多いが、講義という形式が論理の流れを追いやすくしており、初心者から専門家まで必携という出版社の謳い文句に偽りはなかった。