あらすじ
日本には、この島々を死守すべき理由がある。
東シナ海・尖閣諸島周辺の“波”が再び高まっている。だがこの島々は古来、多くの遭難者を助けてきた「命を救う島」であり、日本にとっての“存立基盤”だった──。国境取材の第一人者が発掘した「尖閣救難史」10の物語。
〈尖閣の島々は、中国が台湾や米軍基地を攻撃する際の「橋頭堡」になり得る。[中略]対中国の最前線である尖閣諸島は、それほど重要な戦略拠点であり、日本側は、ここを是が非でも死守しなくてはならないのだ。
とはいえ、「尖閣を守れ」というスローガンを声高に叫んでも、それで中国の尖閣奪取を封じられるわけではない。[中略]そこで私が訴えたいのが、本書で紹介する尖閣諸島における日本人の救難の歴史である。中国側がいくらこの島々を「中国固有の領土」と強弁しようとも、ここは日本人とは切っても切れないつながりがある土地だったことが、歴史を繙くことでよくわかる。〉──「新書版まえがき」より
戦時遭難船「千早丸」、ダグラス「桂号」「阿蘇号」不時着事件、福州漁船遭難事件……尖閣・南西諸島周辺の海域で起きた知られざるサバイバル劇の数々。日中間の緊張が高まっている今こそ読むべき“国境の島”の歴史的レポート。
(底本 2026年2月発売作品)
※この作品は一部カラーです。
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Posted by ブクログ
尖閣諸島と言えば石垣島の北約150キロにある日本の島嶼群であるが、日本が実効支配してるとは言え、中国や台湾も支配権を主張し争っている事でニュース報道される事も多い。実際にどの国の領土かと言えば、中国や台湾が領有を主張し始めたのが、丁度改訂調査により巨大な油田がある可能性が示唆された1970年ごろからだから、まともな視点で見れば、それまで通り、日本の国土の一部まであることは、誰が見ても疑いようが無い。そればかりか、今でこそ無人島になっているが、かつては日本の会社がそこにはあり、かつそこで暮らす人々、国民が居た事からも、何故中国や台湾が急に領有権を主張してきたかは、海底油田の存在に目を付けた言い掛かりとしか言いようがない。それなのに、今ではいつの間にか近隣をしつこく周回する中国船籍や中国機が尖閣諸島近くに現れる度に、自衛隊がスクランブル発進するなど、中国の出方に振り回される様な位置付けの島になってしまっている。日本人が上陸すれば(我々から見たら自国なのだが)一々外交面で大問題になるだろうし、かつては出来ていた灯台のメンテナンスですら、好き勝手には出来ない。その様な場所になってしまった。かつて近辺で中国船籍が海上保安庁の巡視船に体当たりするなど、強硬な姿勢を見せて日本の出方を伺う中国。それにあちらの期待通りの反応を見せれば、日本側には存在しない領土問題を国際社会の目に触れる場に持ち出すことになり、その際に世界に影響力を及ぼす中国が益々強く領有を主張する事に繋がる。騒げば問題、騒がなければ好き勝手されるといった板挟み状態、八方塞がりにするのは中国外交の常套手段である。こうして書いているだけで、心の中に憤然としないモヤモヤが付きまとうのだが、うまい解決方法が中々見出せないのが現状だ。
その渦中にある尖閣諸島は日本での呼び名であり、中国からは釣魚群島と呼ばれる。東西に連なるこの尖閣諸島は魚釣島、北小島、南小島、久場島、大正島、沖の北岩、沖の南岩、飛瀬などで構成され、総面積は約5.56平方キロメートルである。日本人が最後に住んでいたのが戦時中の昭和15年ごろ。激しさを増す戦争の中で本土に引き上げたのを最後に、その後は日本の民間団体が上陸し灯台を設置したり遺骨調査が行われるなどで、一時的な上陸はあっても、人が住む状況までは至っていない。歴史を見れば明らかに日本の領土でありながら、前述した通り、海底油田の存在が言われ始めた近年から、中国による領有権主張に至っている。
この島は日本と中国、台湾を結ぶ海路に近い事もあり、海難事故で潮の流れによっては島々に漂着したり、上空を飛ぶ飛行機の不時着地点として、多くの人命を救ってきた場所でもある。本書はそうした人命を救う島としての尖閣諸島の歴史を中心に、島の存在を捉えた一冊である。戦時中の疎開船である対馬丸の沈没の件は勿論、私はあまり知らなかった様々な船と飛行機の事故に深く関わり、これら島々が命を救う運命にあった事を知った。
今や日中争いの火種になってしまったこの島々が、両国の友好の象徴でもあった過去を思い出し、再び両国の友好の架け橋となる様な存在になれる事を夢見て、改めて平和の尊さを感じる一冊だ。