あらすじ
――「この国に生まれたことが、罪ですか?」
【「仮放免」の子どもたち、とは?】
日本で生まれ育ちながら、在留資格を持たず「仮放免」として暮らす子どもたちがいる。
仮放免とは、収容は一時的に免れるものの在留資格がない状態のことだ。国民健康保険にも入れず、進学や就労の道も閉ざされ、県をまたいだ移動すら原則できない。日本語しか話せず、日本の学校で育っても、いつ強制送還になるかわからない不安の中で日々を過ごしている。
【本書の特徴】
街では「日本人ファースト」を叫ぶデモが行われる。その光景を、彼・彼女たちはどんな思いで見ているのか。
本書では、当事者の子どもたちの生活や声を物語として丁寧に拾い上げながら、巷で語られる「移民」や「不法滞在者」への偏見を、データと事実に基づいて一つひとつ検証していく。
【子どもたちを取り巻く環境と見えてきた事実とは】
日本政府は現在、2030年末までに不法滞在者を半減させるという「ゼロプラン」を掲げている。その対象として、クルド人が強く意識されている現実もある。だが、入管庁が「不法滞在者」と分類する人々の中には、本来保護されるべき「難民」が含まれている。日本の難民認定人数が先進国の中で突出して低い事実、そして難民申請者や仮放免者への対応が極めて冷酷である実態は、ほとんど知られていない。そしてその冷酷さは、仮放免者に限らず、何らかの在留資格を持つ外国人にも及んでいる。
取材を進めるほどに明らかになっていったのは――
“問題の本質は外国人の側にあるのではなく、日本の制度と構造にこそ根深く横たわっている”
という事実だった。
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Posted by ブクログ
仮放免の子どもたち、親の在留資格の関係で在留資格が得られない子どもたちの現状に大変なショックを受けた。入管の匙加減で突然親だけ母国へ返され、やりたかったことをあきらめなければならない子ども。
母国の現状で「帰らない」のではなく「帰れない」のに、非常に限定的な難民認定しかせず、「あとは知りません」というスタンス。
子どもの未来を奪ってまで、現に生きている人の人権を奪ってまで、守りたい入管行政とは?
「授業で、人間誰でも生まれたときから持っていて奪われない権利が人権と習ったとき、では自分では人間ではないのか?と混乱した」という子どもの言葉が忘れられない。
Posted by ブクログ
何らかの事情で国を追われ、日本で生活する外国人。
過去の経緯で適法に滞在していなくても問題がなく、
家庭を持ち、子が生まれる。
時代が変わり、日本の外国人に対する法律環境が厳しくなる。
今まで暮らせていた人たちが「不法滞在」になる。
今まで許されたことが許されなくなる。
日本で生まれ育った子供たちも「不法滞在」となり、
日本で生活することが許された場合は「仮放免」になる。
県をまたいではいけない、稼いではいけない。
健康保険にも入れないから、病院は100%自費。
うかつに病院にも行けない。
あげく入管から強制収容、強制帰国を迫られる。
TBSラジオ荻上チキセッションなどでこうした現状は
耳にしていたが、本でこれだけの事例を読むと、
だめ押しを食らった思いだ。
無茶苦茶だ。
無茶苦茶だが、
我々はこれを当たり前にしようとしている。
そういう政治家が当選している。
当選させているのは国民なのだ。
自分には関係ないから?
確かに、
肌の色が違う人、顔つきが違う人、
大声で何語をしゃべってるかわからない人が街を歩いていると、
構えてしまうことはある。反射的に。
島国根性の情けないところだ。
しかし、かりに一瞬そう思ったとしても、知識があれば、頭を切り替えられる。
彼らも同じ人間。
何もしていないのだ。普通に生活しているのだ。
それを、最初の反応だけで、それらの人を嫌悪して、
酷いときには悪しざまに罵るのは、人として認められない。
まして、
日本で育った子供たちの可能性を閉ざすことは、あってはならない。
彼らの国はすでに日本なのだ。
親が生まれた国は子供らの国ではないのだ。
考えの浅い一般大衆が扇動されるのはいたしかたないとしても、
知性あふれる?政治家はそれを戒め、たしなめなくてはいけないはず。
それがむしろ逆に、それら感情的な国民をあおって自分の票にし、
国会で勢力を伸ばすのはあり得ない。
自分の意志で日本に来た大人を自己責任とするのはよしとしても、
子供たちがそんな目に遭うことは断じてあってはならない。
日本人の親から生まれた自分は絶対その立場にならない、
とでも思っているのか。
しかし、現実は違う。不法滞在にはならないだけで、
冤罪で捕まってしまえばただの犯罪者。
普通ではいられなくなるのだ。
あるいは急な病に倒れたときも、
所持金の多寡で待遇は違うかもしれないが、
いずれにしても大勢の側ではなくなるのだ。
そういうことを考えないのかなあ、、、
読むのが苦しくなる本。
だが、受け止め、行動しなくてはいけない。
そう思わせる本だった。
プロローグ 生きる権利のない子どもたち
第1章 子どもたちが直面する「もう一つの日本」
第2章 命の危機
第3章 学ぶ権利を奪われて
第4章 働けないわたしたち
第5章 恋愛と結婚への壁
第6章 壊される家族
第7章 「無限連鎖」する困難な人生
第8章 人権回復への闘い
エピローグ
Posted by ブクログ
必読。
「違法外国人ゼロプラン」が実際にはどういった判断や行為として実行され、その結果、個々の人びと(特に子どもたち)の人生を傷つけ、心に深い傷を負わせていることが、あまりにも知られていなさすぎる。まず読んで知ってほしい。
Posted by ブクログ
あまりにも辛い読書でした。しかし、問題意識のある日本人であれば読むべき本です。
日本人っていったいどうしちゃったのでしょうとここ数年思い続けています。どうして基本的には親切で良い人だったはずの我々日本人が、この本にあるような残虐行為を当たり前と思うようになってしまったのでしょう。なぜ人気取りに走る排外・差別主義の政治屋の扇動を受け入れ、支持するようになってしまったのでしょう。
ウィシュマさん事件で初めてその存在を意識しましたが、隠蔽された密室で外国人が死んだり、10年以上も外国人を監禁したりする入管庁とは正常な組織なのでしょうか。この本に出てくる血も涙もない入管の職員たちは私たちと同じ人間で全体の奉仕者である公務員なのでしょうか。非正規滞在者には人権などないのでしょうか。
川崎駅前のヘイトスピーチを目にしたことがあります。オレンジ色の選挙演説や与党女性指導者の街頭演説を聞いたこともありますが、これが日本なのかと恐ろしく思いました。外国人観光客による「日本はすごい、すばらしい」等のネットやTV番組に喜んでいる人たちはあまりに単純すぎます。先進国としての矜持も度量も感じられない、こんな日本を子供たちに残すわけにはいかないと思います。
Posted by ブクログ
先日、ドス・パソス『U.S.A. 第二部 一九一九年』の感想に、《「奇妙な果実」は吊るされるというのがアメリカ社会なのだ。》と書いたが、その言葉がたちまち僕自身に返ってきた。
そうだとすれば、ひるがえって現代の日本社会はどうだろうか?
本書を読んで、僕はどうしてもこう言わざるを得ない。
欧米諸国と比較して異常に認定率の低い難民認定のあり方や、非正規滞在外国人には人権を認めようとしない現在の日本もまた、「奇妙な果実」は吊るされる社会なのだと。/
◯仮放免とは何か:
非正規滞在者で退去強制令書が出されても帰国しない場合、入管施設に収容され、最終的には強制送還される。
ただし、子どもやその保護者、病気などで収容に耐えられない人、収容が長期化した人については、「仮放免」として一時的に施設外で生活することを認めている。
だが、仮放免者には次のような厳しい制約が課されている。
・働くことの禁止
・住民票がない
・国民健康保険に加入できない
・県境をまたいだ移動の禁止
・生活保護が受給できない
・運転免許の取得・更新の禁止
・奨学金が受給できない(ごく一部の例外あり。)/
映画「東京クルド」のクルド人青年の言葉が聴こえてくる。
《青年 親父と俺だけ 仕事しちゃいけないの? (略)
青年 なんで?
(入管)職員 仮放免のルールだよ
青年 なにそれ 法律だから正しいの? (略)
どうやって生きていけばいい? 》
(映画「東京クルド」(監督:日向史有)より。)/
◯子どもたちが直面する「もう一つの日本」:
・クルド人でイスラム教少数派のアレヴィー派のため、差別により通学、就職も困難なトルコを逃れ日本に来たが、父母は別々の収容施設に、3歳のアザドと2歳のロランは児童養護施設へと家族がばらばらに収容されてしまったベルザン一家。
・仮放免の延長申請に行った父がいきなり収容され、強制送還されてしまった
クルド人の中3男子ディヤルとその妹。
・大手航空会社の地上職の試験に合格するも、在留資格がないことで内定を取り消されたクルド人の専門学校生オズレム。/
ドイツのルター派牧師であり反ナチ運動組織告白教会の指導者マルティン・ニーメラーの言葉からつくられた一篇の詩がある。
《ナチスが共産主義者を連れさったとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。
彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかったから。
彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった。》/
僕は、この詩の日本ヴァージョンの第一連に、次のフレーズを書きこみたい。
「入管が非正規滞在外国人を連れ去ったとき、私は声をあげなかった。私は非正規滞在外国人ではなかったから。」/
「エピローグ」で紹介されていた、「マクリーン判決※は誤り」という元最高裁判事泉徳治の言葉に勇気づけられた。
泉は、「マクリーン判決を引用し続けるのは間違いだ」と言い切り、その理由は「マクリーン判決のあとに日本は重要な国際人権条約※2を結んでいる」からだとする。
泉の著書が無性に読んでみたくなった。/
※ 「マクリーン判決」(1978年):
反戦デモをした米国人英語教師が、在留期間の更新に応じなかった入管を、「外国人にも言論の自由が保障されるはず」と訴えた裁判で、最高裁は、外国人が日本にいてよいかの判断には「法務大臣に幅広い裁量権がある」として、入管の判断を優先させ、外国人の人権については「外国人在留制度の枠内で与えられているにすぎない」とした。
※2「重要な国際人権条約」:
「自由権規約」(1979年):家族が共に住む権利や、裁判所の審査抜きで人を拘束することを禁じたもの。
「子どもの権利条約」(1994年):子どもの最善の利益を尊重すべきとする。
Posted by ブクログ
留学ビザや修学ビザでは働くことに制限があることは知っていたし、日本における難民認定が極めて難しいことも知っていたつもりだった。在留資格のない人が強制送還されることも、わかっていたつもりだった。
しかし、その運用実態がこんなにも差別的であることは分かっていなかった。
どこから手をつけたら解決できる問題なんだろう?
とても無力感を感じる
Posted by ブクログ
クルド人というだけで、あらゆる差別を受け、学校に行けず、働けず、国籍を持つことすらできないため家族を持つことも叶わない
こんな理不尽な世界があることを知った
特に子供の学ぶ権利が奪われるのは心が痛い
日本人は嫌々勉強してる子供が大半だが、難民の子供達はしたくても勉強を出来ず、夢を諦めるしかないのだ
保険に入れず、病気を治さずにほっておくしかない人もいる
親だけ強制帰国され、子供と離れ離れになる家族もいる
そして、先進国の中で日本が最も難民を受け入れることができていない状況にある
日本人として悲しい現実だ
人口減少が進む日本において、外国人の受け入れは必要なことではないのか
国民皆の意識の変化が必要だと考える
Posted by ブクログ
「仮放免」とは、在留資格が得られず「非正規滞在」となった外国人に対して、入管が収容施設の外での生活を認める制度。退去強制手続きは継続するため、在留資格は付与されず、就労は不可で、住居や移動の制限などの条件が付く。
こういった方々は収入を得られないので、支援団体の援助を受けて生活しているという。仮放免の子どもたち(日本にやってきた子どももいれば、日本で生まれた子どももいる)は、学校に通うことはできるが、卒業後「働く」ことができない。
そもそも、「不法入国」に対して本国に強制送還するというのが原則で、その間の措置として仮放免がある。日本で働きたい、生活したいという希望があるのであれば、正式なビザを取ってから入国しましょう、というルールは理解できる。
でも、この本で取り上げられているのは、自国が内戦状態だったり、民族的な迫害を受けたりして日本に来た人たち。そんな手続きをする時間もなく日本に逃げてくる。日本で難民申請をしても、日本の難民認定のハードルは高く(迫害を受けている客観的な証拠を求められる)、申請が却下され続け、仮放免状態が続く。その間、働くこともできない。
ほんと、誰も得をしていない制度だと思った。
この本は、個別の事例を詳しく紹介しながら制度自体の解説もあって分かりやすかった。それと同時に、なぜこの制度が続いているのだろうと不思議にも思った。
調べると、他国にも仮放免のような制度はある。ただ、就労禁止ではない。確かに、就労を認めてしまうと、それを目当てに不法滞在が増えるのかもしれないけれど……難しい。
あと、最近の政治はより「日本人ファースト」の傾向で、そのような法改正があったように書かれていたけれど
調べると一方では難民申請の許可のハードルを下げた動きもあるみたい。
一概に善悪を決めつけるのではなくて、複雑な現実を知りたいと思ったり。