あらすじ
【エドガー賞 犯罪実話部門(2019年度)受賞】
【ラムダ文学賞LGBTQ+新人作家賞(2019年度)受賞】ほか受賞多数
1973年6月24日、アメリカ南部ニューオーリンズのゲイ・クラブ〈アップステアーズ・ラウンジ〉で放火事件が発生し、32人が命を落とした。オーランド銃乱射事件が起きる2016年まで、アメリカ史上、同性愛者を標的とした最大規模の大量殺人事件であり、同時に社会の根深い差別と無関心を浮き彫りにする象徴的な悲劇となった。
〈アップステアーズ・ラウンジ〉は、LGBTQ+の人々が安心して集える数少ない場所であり、当時同性愛者を受け入れた唯一の教会であるメトロポリタン・コミュニティ教会(MCC)の活動拠点でもあった。事件当夜、いつものように談笑する客たちの下階で火が放たれ、炎は瞬く間に店内を包んだ。
事件そのもの以上に深刻だったのは、社会の冷淡な反応だった。ゲイ・クラブで起きたという理由だけで、地元メディアは事件をほとんど報じず、多くの宗教団体や公的機関も、犠牲者を悼む姿勢を示さなかった。中には、遺族から遺体の引き取りを拒否されたり、教会から葬儀を断られたりした犠牲者もいた。遺族の多くは「家族の恥」として沈黙を選び、犠牲者たちは匿名のまま扱われ、事件はやがて人々の記憶から消えていった。
しかし、沈黙に抗し、記憶を語り継ごうとする人々がいた。MCCの信徒や生存者、支援者たちは、語りと記録を通じて事件を風化させまいと努めた。25年後の追悼式には、事件当時は沈黙していた関係者たちが出席し、初めてこの事件が「歴史」として社会に受け止められた。2022年には、ニューオーリンズ市議会が事件とその後の冷淡な対応に対して公式な謝罪決議を可決。生存者たちが長年抱き続けた「声をあげること」の意義が、ようやく社会に届いた瞬間だった。
本書は数十年にわたる丹念な取材と調査を通じて事件の全貌を描き出した渾身のノンフィクションである。著者ロバート・W・フィーゼラーは、単なる事件の記録にとどまらず、この悲劇をLGBTQ+人権運動の原点として位置づける。これは過去を掘り起こす作業であると同時に、現在と未来に向けた問いかけでもある。
解説・北丸雄二
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Posted by ブクログ
ふんさつ、と読む。
こんな言葉はない。
焚 という字は焚書、くらいしか思い浮かばない。
書物を思想弾圧して大勢の前で燃やす行為。
これになぞらえた造語、焚殺。
「焚」は火をつけて燃やす、という意味だから、その上殺の字を加えることで、
火をつけて燃やして殺す、ということになる。
殺されたのは同性愛者32人。時は1973年、場所はアメリカニューオリンズ。
ゲイ・クラブ〈アップステアーズ・ラウンジ〉での放火事件。
300ページ以上のこの小説は、犯人が放火に至るまでの行動、思いと、
亡くなった人たちの周囲、そして社会を描いている。
この時代でも30人以上が焼き殺されれば大きなニュースになるところが、
被害者が同性愛者だ、ということだけで、黙殺されたのだ。
当時の差別感情を多くのページを割いて語っている。
最初はなんでこんな細かいのか、と思ったが、細かく丁寧に描き続けることで、
当時の空気を今の我々に教えてくれているのだ。
素晴らしい本だ。
その後50年かけて、同性愛に対する偏見はようやく無くなりつつあった。
しかしトランプ大統領が時計の針を戻そうとしている。
老人トランプ一人が言っているならともかく、彼を支持する若い人も同じ考えなら、
アメリカは重傷だ。
日本もどうか。
先日の福音派の本でも考えたが、思う自由はある。
しかしそれが少数派の生き方をないがしろにしてはいけない。
ましてこの本のように殺すのは論外だ。
序文
序章
【第一部】 炎
第一章 男同士の絆
第二章 日曜礼拝
第三章 ゲイ解放運動
第四章 団結すれば我々は立つ
【第二部】 灰
第五章 混乱の中で
第六章 助けを呼ぶ電話
第七章 ゲイ解放運動の到来
第八章 それぞれの光景
第九章 見世物小屋
第十章 火災危険度
第十一章 追悼式にて
【第三部】 レガシー
第十二章 公式見解
第十三章 転落
第十四章 立ち上がる人々
第十五章 癒えない傷
終章 セカンド・ライン
原注
謝辞
本書のリサーチに関して
*
解説「死者たちを代弁する労作──『焚殺』の時代を解題する」北丸雄二
Posted by ブクログ
焚殺 とは、これまたすごい文言だ。秦の始皇帝の焚書坑儒がぱっと浮かぶ。いわゆる焼死であるのに、この文言を使ったことには、その遺体の凄まじさが起因している。
1973年6月24日、アメリカ南部ニューオーリンズのゲイ・クラブ アップステアーズ・ラウンジで放火事件が発生し、32人が命を落とした。これはアメリカ史上、同性愛者を標的とした最大の大量殺人事件である。
アップステアーズ・ラウンジは、LGBTQ+の人々が安心して集える数少ない場所であり、当時同性愛者を受け入れた唯一の教会であるメトロポリタン・コミュニティ教会(MCC)の活動拠点でもあった。事件当夜、いつものように談笑する客たちの下階で火が放たれ、炎は瞬く間に店内を包んだ。
火事が拡大した原因については、燃えやすい設備であったり、窓が逃げられない鉄格子になっていたなど、店自体の不備も確かにある。
問題は、事件の容疑者について目撃者がかなり詳しい事を言っているのに、警察が複数回取り逃がしている点だ。もちろん加害者が逮捕されたとしても、失われた命は戻らない。しかし、通常通りの捜査を行い、裁判にかけていれば、法の裁きがどんな人の前においても平等であることを示せたはずだ。加害者はゲイフォビアというわけではなかったし、地元の有力者やその関係者でもない。警察側に逮捕する気があれば、機会はあった。にもかかわらず、やらなかった、と言ったほうが正しい。これでは、被害者は浮かばれない。被害者は、軽んじられた、いや、差別されたのである。
ゲイ・クラブで起きたという理由だけで、地元メディアは事件をほとんど報じず、多くの宗教団体や公的機関も、犠牲者を悼む姿勢を示さなかった。遺族から遺体の引き取りを拒否されたり、教会から葬儀を断られたりした犠牲者もいた。遺族の多くは「家族の恥」として沈黙を選び、犠牲者たちは匿名のまま扱われ、扇情的な部分ばかり報じられて、事件はやがて人々の記憶から消えていった。生存者の中には、クローズド・ゲイであったのに、事件によって自身の性的嗜好が明るみに出て、家族と疎遠になった者もいる。
少数派であったが、記憶を語り継ごうとする人々が、この事件の風化を防いだ。25年後の追悼式には、事件当時は沈黙していた関係者たちが出席した。2013年には、ニューオーリンズ市議会が事件とその後の冷淡な対応に対して公式な謝罪決議を可決。
NHKドラマで放送されている、フランスとベルギーにわたる犯罪事件でも、被害者となった女性が弱い立場に置かれて、容疑者がなかなか捕まらなかった。捕まえる捜査陣と社会に、被害者に対する差別意識があり、その事が二重に被害者を苦しめている。罪は罪であり、罰を受けるべきは、罪を犯した者のみである。
エドガー賞 犯罪実話部門(2019年度)受賞。ラムダ文学賞LGBTQ+新人作家賞(2019年度)受賞。