【感想・ネタバレ】カラヤンとフルトヴェングラーのレビュー

あらすじ

クラシック界最高の名声と金そして権力が集中するベルリン・フィル首席指揮者の座。ナチス時代、その三代目に君臨する巨匠フルトヴェングラー。彼は誠実な音楽の僕でありさえすればよかった、比類なき才能と野心をもった青年カラヤンが現れるまでは――。嫉妬の炎を執拗に燃やし詐略をめぐらす巨匠、巧みに抗うカラヤン、そこに巨匠を慕う無名の田舎音楽家チェリビダッケが加わり、争いはさらに複雑になる。クラシック黄金時代の美と欲望のドラマ。

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ネタバレ

チェリビダッケがベルリンフィルに残らなかった訳を知りました。
はずかしながら、チェリビダッケという名前を初めて読みました。
もっとはずかしながら、フルトヴェングラー も意識したのは初めてです。

ベルリンフィルのまわり、カラヤンのまわりの事柄を知ることができました。

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2011年09月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

もし、あなたがクラシック好きで、さらにカラヤン(1908年4月5日 - 1989年7月16日)やフルトヴェングラー(1886年1月25日 - 1954年11月30日)のファンなら、本書は読み応えバッチリの必読書でしょう。
本書は、帝王と呼ばれたカラヤンを主軸としながらも、フルトヴェングラーやチェリビダッケという天才指揮者との権力争いが克明に記録されてます。
【ベルリン・フィルには1882年の創立以来、音楽史に名を残す偉大な指揮者たちが首席指揮者として率いてきました。
初代 フランツ・フォン・ヴュルナー(1882年〜1887年)
第2代 ハンス・フォン・ビューロー(1887年〜1894年)
第3代 アルトゥール・ニキシュ(1895年〜1922年)
第4代 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1922年〜1945年)
第5代 セルジュ・チェリビダッケ(1945年〜1952年 ※常任指揮者代理)
第6代 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1952年〜1954年 ※復帰)
第7代 ヘルベルト・フォン・カラヤン(1954年〜1989年)
第8代 クラウディオ・アバド(1989年〜2002年)
第9代 サー・サイモン・ラトル(2002年〜2018年)
第10代 キリル・ペトレンコ(2019年〜現在)】
150年の歴史を誇るベルリン・フィルの名声は、レコードという文明の利器の発明も重なり本書の登場人物である第4代から第7代らの活躍によって確固たるものとなった。
本書は、ベルリン・フィル、ウィーン国立歌劇場、ロンドンフィルハーモニア管弦楽団、ウィーン交響楽団、ウィーン楽友協会合唱団、ミラノ・スカラ座、ザルツブルク音楽祭のすべてを手中にしたカラヤン帝国の誕生の物語です。
1954年までのカラヤンの人生は、フルトヴェングラーを打ち負かしその座を奪うことに費やされ、1954年以後は、フルトヴェングラーが遺した業績との闘いだった。
戦後は、ナチス政権の庇護を受けたかどうかという深刻な問題も発生している。
まず、カラヤンより先に、ベルリン・フィルの首席指揮者だったフルトヴェングラーのナチス政権との関係は、ヒトラーの音楽好きもあって、比較的自由に演奏活動が許されたが、逆にそのことがナチス協力者という印象を強めてしまう。本書を読む限り、彼の置かれている立場ぎりぎりでの反骨精神を発揮していたことがうかがい知れるが、自身の音楽的キャリアまでを犠牲にする覚悟はなかった。例えば、トスカニーニが、ヒトラーが政権をとるとドイツでは指揮をしないことを明言したのとはやはり違う。
一方のカラヤンも、1935年アーヘン市の音楽総監督に就任するために、ナチへの入党を余儀なくされた。駆け出しの指揮者として生計を立てるためには、仕方ない選択だったが、戦後はナチス協力者として弾劾され苦しむこととなる。
また、チェリビダッケには、特筆すべきナチとの関与はなかったが、誰もが音楽的才能を認めながらも、人を人として扱わない尊大な態度でベルリン・フィル団員からは嫌悪されていた。フルトヴェングラーから一方的に嫌われていたカラヤンとは違い、フルトヴェングラーとの信頼関係があったチェリビダッケだが、フルトヴェングラーの先輩としての厳しい助言を素直に聞けず次第に疎ましく感じるようになり、二人の良好な関係も破局することとなる。
この三者の関係が、各年度毎に詳述されていてわかりやすい。ここでは語り尽くせない面白話満載なので、是非チェケラッチョ。
とはいえ、三者の略歴が巻末にあればマッチベターでした~。

以下は私の備忘録。
・レコードを認めながらも、十分に活用できなかったフルトヴェングラー、レコードを認め活用出来たカラヤン、レコード自体を認めなかったチェリビダッケ
・宣伝広報を国家の意思戦略の中枢に位置付けたナチ政権だったから、フルトヴェングラーは「音楽的自由」が保障され、彼には弾圧されているという自覚に乏しく、それゆえ亡命も考えなかった
・1944年パリがドイツの占領下に置かれていた時、カラヤンはパリに客演した。このことは、カラヤンがドイツのプロパガンダに協力した証拠とされた
・一方で、戦中亡命したワルターやクライバーの戦後のドイツやオーストリアでの人気は高くなかった。亡命者とは、自分たちを見捨てて逃げた人物だという屈折した気持ち(亡命できなかった民衆は、ナチのもとで苦労し、戦後はナチに協力したとの汚名を着せされたこと)を拭い去ることができなかった。逆にフルトヴェングラーもカラヤンも、ナチ政権終焉ぎりぎりまで付き合ってくれ、戦後はドイツ人の身代わりとなって非ナチ化裁判にさらされた
・世界的指揮者のフルトヴェングラーと将来有望な若手指揮者だったカラヤンとの差(権威や権力)は歴然だったが、戦後二人はすべてを失った。フルトヴェングラーが失ったものの方がカラヤンよりも大きかったことが、フルトヴェングラーの焦りを生んだ
・「レコーディングでリハーサルをし、コンサートに臨む」というメソッドをカラヤンは確立。レコーディングなら、オーケストラもリハーサルを嫌がらないし、何度リハーサルしても費用はレコード会社持ち
・1952年EMIレコードで録音されたフルトヴェングラー指揮の「トリスタン」は奇跡の名盤
・フルトヴェングラーの死後、カラヤンは政治的圧力を使い、ベルリン・フィルの首席指揮者の座を勝ち取る

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2026年08月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

[ 内容 ]
クラシック界最高の名声と金そして権力が集中するベルリン・フィル首席指揮者の座。
ナチス時代、その三代目に君臨する巨匠フルトヴェングラー。
彼は誠実な音楽の僕でありさえすればよかった、比類なき才能と野心をもった青年カラヤンが現れるまでは―。
嫉妬の炎を執拗に燃やし詐略をめぐらす巨匠、巧みに抗うカラヤン、そこに巨匠を慕う無名の田舎音楽家チェリビダッケが加わり、争いはさらに複雑になる。
クラシック黄金時代の美と欲望のドラマ。

[ 目次 ]
第1章 巨匠と失業者―一九三四~三八年
第2章 代理戦争―一九三八年
第3章 陰謀家たち―一九三九~四二年
第4章 黄昏―一九四二~四五年
第5章 第三の男―一九四六~四七年
第6章 駆け引き―一九四八~五〇年
第7章 逆襲―一九五〇~五一年
第8章 王の死とその後継者―一九五二~五五年

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2011年06月05日

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