あらすじ
言論はいかに弾圧され、口を封じられるのか。どうやって人々は生き延びるのか。
台風の如く、人々を翻弄し、敗戦に至る日本の行く末を決定した天皇機関説事件。
「昭和百年」に「合法無血のクーデター」の真相に迫る。
評伝『江藤淳は甦える』の著者による、天皇と憲法をめぐる人間ドラマ!
宮沢俊義は蓑田たちから次のターゲットとされていた。昭和十年には危うい位置に座っていたのである。美濃部の後を継いだ憲法学の少壮教授は、いかに巧みにサバイバルしたか。それは当人には棘となり、良心は痛み続け、戦後にまで尾を曳く。美濃部とは違う宮沢の「小さい」ありよう。それを他人事として批判するだけではすまされない。大なり小なりあの「小さい」ありようは当時の人々に内在していた。当時に限定することなく、いまの我々、いや私にもそれがあることを認めざるを得ない。史料を注意深く読んでいくと、その「小さい」ありようは、東京帝大出の官僚にも、政治家にも、それどころか、首相で海軍大将の岡田啓介にも、はるか上の「最後の元老」西園寺公望にも、雲の上の昭和天皇にも分有されていたのではないかとも思えてきた。けっして他人事ではないのだ。(あとがきより)
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Posted by ブクログ
昭和10年頃問題化した天皇機関説は学会・社会(政官)において通説だったものの、国内外で軍が増長していく過程で国粋主義者らの標的となり、時の政権を揺るがす問題に発展した経緯が国粋主義者、軍部、帝大、政府、国会、天皇及び側近らの日記、手記等多角的に検証していく。
本書における主たる登場人物は美濃部達吉とその継承者にあたる宮沢俊義だが、その剛柔のキャラの違いが対照的で、置かれた状況更に戦後の変革期でどう発揮される様が興味深い。
この2人以外にも皇道派の真崎甚三郎や天皇の憲法講師だった清水澄、国粋主義者の蓑田胸喜の記述も多い。
結局美濃部個人への集中砲火になり、貴族院議員の辞任や著作物の発禁及び修正をする羽目になり、辞任後も右翼に襲われるなど散々であったにもかかわらず節を曲げず戦後復活した様は感嘆する。
著者は多くの日本人(当時は特に)が宮沢のようにテロや政府の弾圧を恐れ、宮沢のようにリスクを回避したことにしょうがないと共鳴することに重点を置いているきらいがある。
それでも表現の自由、学問の自由を固持していく美濃部の姿は小気味よさが残る。
460頁の長編だが戦前のリベラリズムが蹂躙されていく記録としても読みごたえがある一冊だ。
Posted by ブクログ
戦前から戦中の、言論弾圧を取り巻く人々。
天皇は国家の一機関であるのか、主権者なのか。
別段ありように違いはなく源泉の問題だけだし純粋に学問としての議論だったはずなのだが、政治と道徳と正義がそれを封殺する。
サヨクさんたちが言論の自由をうたうのはものすごく判る。
わかるのだが、この時代にウヨクさんがやっていたことを今サヨクさんがやろうとしてるのは何なんだと思う。要するに、自分と違うものは存在してはいけない。
宗教だな。
ウエストファリア体制以前の宗教戦争に近い。
かなり分厚くて、当時の、関係する人々が何をやったかということを詳細に書いていて、研究者にはいいんだろうがちょっと飽きた。ぼくにはそんな程度。
それにしても、関わる人たちがストレスだかなんだかでどんどん早死になさっているのに、当の美濃部先生の空気を読まない強さはすごいと思った。
八月革命説で有名な宮沢俊義先生。
東大自体が、要するに生き残るために尻尾振りまくって、占領終わった後にそれを修正できなかったから、あほな憲法論議が未だに残っているのだろうと失笑。