あらすじ
恋人が綴った、西村賢太(けんけん)との3547日
「自分の人生に責任、持てよ」
この言葉がなかったら、ここまで書けなかった。
私のせいで西村賢太(けんけん)が殺された、との認識が、突然背後から鈍器で殴りかかってきた――瞬間、左のみぞおちが反り返るようにグググと引き攣って、洗面台に駆け寄って嘔吐(えず)いていた――『西村賢太殺人事件』の爆誕である。
これは、私が私のために書きました。
西村賢太のために、
などとは歯が浮くようでちょっと言えないし、
私が書かねば彼が忘れられてしまうから、
などという考え自体、まるでない。
書いていると、
不在感が増幅されて泣くこともあった半面、
思いがけず記憶の彼方から蘇ってくる彼に
出くわして喜ぶこともあった。
「自分の人生に責任、持てよ」
この言葉がなかったら、ここまで書けなかった。
【目次】
第一章 火吹達磨としぶり腹
第二章 岡山ルーチン
第三章 遥道
第四章 DJけんけん
第五章 一国一城の主
第六章 暴力の沙汰
第七章 ケダモノの舌
第八章 愛情乞食
第九章 清造大権現
第十章 西村賢太殺人事件
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
小林麻衣子「西村賢太殺人事件」を2、3日かけて読んだ。9章までは普通に西村賢太の素顔が垣間見えて野次馬根性的に楽しく読んだが、10章に至って面食らった。この人が書きたかったのはこれだったのかと。9章までにいくつかの伏線が張られてはいたが、小林さんは第三者が合鍵を作って自宅に不法侵入しているという被害妄想に陥り、そこから飛躍して、西村賢太はそれらを実行しているグループから殺されたのだと認識してしまっている。10章ではその状況証拠を列挙していくのだが、認知の歪みから生じたものを多分に含むと思われ、読んでいて悪夢を追体験するような感じ。これは免疫のない読者にはだいぶ辛いようで、SNSでは「統合失調症」のレッテル貼りが多く見られた。
ただ、一歩引いて眺めると、例えば「私小説」はノンフィクションでなく、フィクション性を含んでいるところに面白味がある。「西村賢太殺人事件」は手記であって私小説ではないかもしれないが、10章に至って、ヌルッとその境界を超えていく感じがあって、読み手としては混乱するんだけど、作品としてパッケージされている以上、現実か虚構かを想像するのは読み手の側に委ねられていると捉えるべきじゃないだろうか。小林さんの筆致から読者を翻弄してやろうとか邪な作為は感じられず、自身の体験をただ丁寧に伝えようとする誠実さが溢れている。10章に関しては私小説として読むべきで、現実と虚構、正気と狂気の危うい境界をそのまま受け入れるのが正しい読み手の態度なのではないかと思う。