【感想・ネタバレ】事故物件の日本史のレビュー

あらすじ

■事故物件を読み解くと……
古典文学には、住む者に災いをもたらす「凶宅(きょうたく)」がけっこう登場する。『源氏物語』は今で言う事故物件が舞台になっているし、『今昔物語集』『栄花物語』にも、不吉な家や場所が出てくる。また、平賀源内のように、事故物件に関わってしまった歴史上の人物もいる。著者は長年、それらをファイリングしてきたが、奇妙なことに気づく。事故物件で不幸に遭う人がいる一方、大きく運が開ける人もいるのだ。はたして、その違いはどこにあるのか。古代から現代までの事例を紹介しながら、事故物件に秘められた未来へのメッセージを読み解く。一番怖いのは……。

(以下、目次)
第一章 なぜ『源氏物語』の舞台は事故物件ばかりなのか
第二章 そもそも凶宅とは
第三章 凶宅に振り回された人たち
第四章 凶宅で無事に過ごした学者の極意
第五章 家に怪異をもたらす人間とは
第六章 野中の一軒家で恐怖するのは誰か
第七章 人を破滅させる凶宅、福をもたらす凶宅
第八章 平賀源内と凶宅
第九章 連鎖する事故物件……曰く付きの土地という存在
第十章 橋と事故物件
第十一章 事故物件だらけの神社仏閣
第十二章 更地と皿屋敷
第十三章 なぜ凶宅はできるのか?
第十四章 地名に残る事故物件
第十五章 長岡京は事故物件!?……平安京遷都の謎
第十六章 残しておきたい事故物件……未来へのメッセージ

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Posted by ブクログ

古典エッセイストとしてお馴染みの大塚ひかりさん。今回のテーマは「事故物件」とのこと。相変わらず思いもよらないテーマで興味をそそられる。

大塚さんは、幼い頃から「古典オタク」で、女性の妊娠出産、老人、うんこ(!?)、毒親、悪口、事故物件など、さまざまな切り口で、それに関する記載を見つけてはファイリングしてきたのだという。ネガティブなものの中に、ポジティブな要素を見つけ出すのがお好きとのことで、その感覚は今作にも通底している。

最初にタイトルを見たときは、古典と事故物件?と首を捻ったものだ。中国では「凶宅」と呼ばれる、怪異が立て続きに起きる家、いわゆる多重事故物件。源氏物語の舞台はほとんどが「いわくつき」の場所だし、そもそも歴史が古い都市では誰かしら死んでいるという指摘に、なるほど確かに、となった。

ちなみに、物語の舞台にいわくつきの場所を選ぶのは、当時の感覚では「鎮魂」の意味もあったらしい。江戸時代ぐらいになると、怪談はエンタメとして消費されるようになってくる。

古典文学には、いわくつきの凶宅を恐れずにそこへ住むが、最後には凶宅に取り込まれ、命を落としたり財産を失ってしまう人々が描かれる。一方で、「災い転じて福となす」ということわざの通り、凶宅を福をもたらす「福宅」へと蘇らせた人々も登場する。

前者の代表として紹介されるのは、藤原道長の父としても有名な藤原兼家だ。本人は怪異を恐れていなかったが、家族や周囲は怖がり、再三転居を勧められてもいる。家で起きるさまざまな怪異に対して、刀で切りつけるなどの攻撃的な反応をしていたが、最後には病に臥せって亡くなってしまう。

対して、後者の三善清行(きよつら)は、まず単身で事故物件に乗り込み、怪異には反応せずに、物の怪と冷静に交渉して退去いただき(!!)、家をきれいにしてお祓いなどを済ませてから、家族と共に移住したところ、少しも怖いことは起きなかったということだ。

「事故物件住みます芸人」の松原タニシは、事故物件で起きる心霊現象よりも、生きている人間のほうが恐ろしいということをメディアで繰り返し語っている。全国の事故物件サイトの運営で知られる大島てるも、そこが事故物件であるという事実そのものが「入居者の精神に影響を及ぼす」可能性を指摘している。

怪異を恐れずに勇んで乗り込んだ人々が、最後には凶宅に取り込まれてしまったのは、無意識下にある不安や恐怖を克服できず、心身に影響を及ぼしたのかもしれない。逆に、凶宅を「福宅」に転じることができた人々は、そうした感情を一旦受け止めたうえで、丁寧に手順を踏んでおり、そこには、怪異の元になっている霊的なものに対するリスペクトが感じられる。

これを現代にやってのけたのが、「断捨離」で知られるやましたひでこだ。社会現象にもなった断捨離を始めたきっかけは、とある事故物件だという。立地の良さと造りの良さに惹かれて買い取った、石川県小松市の古民家は、長男が自殺、悲嘆した母が病死、父も一年後に死亡したという「いわくつきの家」だった。モノで埋め尽くされたその家を「引き受けた」やましたは、たった一人で片づけ、お祓いを済ませ、リノベーションして住みやすく再生した。それがその後の活躍につながっていると考えれば、事故物件が「福」をもたらしたと言える。

結局は生きている者の心のありよう次第と言ってしまっては、あまりにもありきたりで元も子もない。ただ、対峙している相手、霊だとか残留思念のようにも見えるそれは、実は自分自身の心の闇に他ならないのかもしれないと感じられてならない。住んでいる家には、棲んでいる人の生きざまが反映されるし、逆もまた然りなのは、実感としてすごく感じる。

心が荒れていると、生活が荒れ、家も荒れてくる。家を片付けることは、心を落ち着けることにつながる。禅宗の僧侶にとって、読経や坐禅と並んで大切な勤行のひとつが「掃除」であることも、非常に納得がいく話だ。

本書の出版に際して行われた、松原タニシ氏と大塚さんのYouTube対談動画で、ネガティブがポジティブに転じる例について話し合っていた。その中で、大塚さんが過去に「歯科心身症」という病気を患った経験について、メンタルの不調が身体に出ることは悪い面ばかりではないという話をしていた。心だけでは受け止めきれないストレスを、身体の症状として小出しにしてくれているのだと。

その受け止め方は、まさにポジティブ変換で、すごくいいなと思った。ちょっとした疲れやストレスで、身体に細かい不調が出ることは正直煩わしい。しかし己の心や身体と都度向き合うチャンスをもらっているのだと考えれば、小さな不調が可愛らしくも思えてこないだろうか。…こないか?

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2026年07月26日

Posted by ブクログ

日本史を遡って歴史上の事件を建物に紐付ける視点はなかなか独特で面白かった。 極論は、全ての土地家屋には何かしらの地縛霊は必ず有ると思った方が良いし、小野不由美の名著「残穢」ともリンクする。稲川怪談のひとつに、やはり事故物件のアパートを借り上げて東南アジアからの技能実習生達に提供していたと言うのが発端の話があったのを思い出した。
また、やましたひでこ氏の事故物件をとことん断捨離して再生した話は非常に興味深い。事故物件を断捨離の教材へと言うのは目から鱗の発想だ。 

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2026年07月24日

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