あらすじ
“なぜ人は日記をつけるのだろう、何かの役に立つわけでもないのに。日記ワールドで迷子にならないためのガイドブック。”――phaさん(作家)
“蟹の親子さんがいなかったら、日記屋 月日がいまも続けられていたか、私にはわからない。専門店の中心を担ったひとりの、6年分の日記論。”――内沼晋太郎さん(日記屋 月日代表取締役)
【内容】
「日記ブーム」がささやかれる今だからこそ、あらためて、立ち止まって、考えたい。
書く、公開する、売る、読む、つづける、やめる―
日記専門店「日記屋 月日」初代店長が、自身の実践と経験をもとに具体的な場面をたどりつつ、日記という営みの本質を丁寧に掘り下げます。
“私にとって日記をつけることは、人生の手応えを探ることに似ているのです。そして、こうした実践の数々を、健気な愛情とともに「日記的だ」と言い表したい。美しい風景や言葉を目の当たりにして、「詩的だ」とたとえてみるように。”(本文より)
すでに日記を書いている人も、これから始めようとしている人も、挫折したことがある人も、自分には必要ないと思っている人も、みんなで悩めばこわくない。自然と今日から日記をつけたくなる一冊です。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
日記論的なのを読みたくて買ってみた。私は誰かの日記には興味がないし、自分の日記を誰かに見せたいと思ったこともないし、公開したこともない。だけど、そういう日記の関わり方も楽しそうだな、と思った。この人の文章はなんだか不思議で、読みやすいのに、言葉がすぐに通り過ぎることはなく、じんわり胸にしみるような、心地いい文章で、好きだなと思った。
Posted by ブクログ
まだ今読み途中なのですが、節々で泣きそうになることがあります。
日記を読むときに心がけていることとして、
「書いてあること以外のことを受け取らない」
「日記を健全に読むための基本的な態度である」
「背景をあれこれと詮索するのは、適切ではない」
と書かれていらっしゃいました。
私は以前、自分を含む3人組で仲が良かった友達がいたのですが、私以外の2人でだけで、何度も会っていた時期があり、私はあとから一度も誘われていなかったことが判明したことがありました。
日記というよりインスタグラムのストーリーで発覚したのですが、あの時の私は、背景を詮索するべきではなかったかもしれません。色々な事情で私を呼んでいなかったのだと、考慮していたのだと後から言われました。その時は納得できなかったですが…
この出来事は今の私にも少し暗い影を落としていて、元に戻れない関係になってしまったことに悲しく感じる時もあります。
日記やSNSを読む姿勢にも言及した、素晴らしい本です。読み終わったら追記します。(読み終わりました)
日記をつづけること、中断すること、再開すること、やめること、それらすべてを肯定してくれる優しい著者でした。
何のために日記を書くのか、目的がなくても良いんだ、書かない日があるのが当然なんだと包み込んでくれます。
過去の自分が書いた日記は、もう他者が書いたようなものだ、読み返すときに他者として改めて気づきを得ることができる、そのように書かれていました。
これは本当にそのとおりで、そのとき落ち込んでいたり奮闘していたり喜んでいた自分を客観的に見られる唯一のものではないかと感じます。
私も三日坊主でなかなか続かないのですが、気が向いた時だけ書く、というのをこれからも続けていけたらと前向きな気持ちになりました。
この本もまた、改めて読み直したいと思います。
以下、お気に入りの分の引用です
「大切なのは、決めつけないこと、差し出された言葉の重みを素直に受け取ること」
「記録をつけることが、間接的にでも「命を守る行為」につながるものだと意識されるようになった」
「「今日、こんなことがあった」「こんなことを感じた」。それは、世界のなかに、たしかに存在していた自分を、言葉を通して確認する行為です。」
「過去の自分がすでに「他者」になっているからです。(略)自分という人間の連続性と不連続性、両方を同時に体験することになるのです。」
「映像を見返すことで、思い直すのです。たしかにその時間、父の言葉は海風に混ざり、私の耳に届いていたということを。」
「なにか思い出すごとに一つ、新しい景色をつくっているのかもしれません。「ある場所に、ある時、行ったことがある。」そう思い返すたび、少しずつ違う景色が頭のなかに立ち上がってきます。」
「あなたの生が、予測できないまま、矛盾を抱えたまま、この世界に光って、在りつづけますように。」