あらすじ
今より少し先の未来。東大合格を目指して一人暮らしをする限界多忙ハイスペ女子高生・酒寄彩葉はある日の帰り道、七色に輝くゲーミング電柱から出てきた謎の赤ん坊を拾ってしまった! しかも赤ん坊はみるみるうちに急成長、彩葉のことが大好きなワガママ娘になってしまった! 月から来たという彼女に、彩葉は「かぐや」と名付ける。ところが竹取物語の結末を知ったかぐやは宣言する──「ぜったいハッピーエンドにする!」。そしてなぜか日本最大の仮想空間「ツクヨミ」でトップアイドルを目指すことになってしまい……!?
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超最高!!
超かぐや姫!の細かい描写やそうゆうことばだったのかというものがたくさんあってまた超かぐや姫という物語をしれました。!!
Posted by ブクログ
映画鑑賞ずみ。ちょこちょこ映像を補完してくれる箇所はありつつも、基本は映画のイメージで読み進める。会話が多いのはノベライズの特徴なのかも。一般のラノベは、こういうのを映像の前提なしで、イメージさせるような言葉を紡いで文章を組み立てていくのだからすごいよねって逆に思った次第。まあ、映画も小説も楽しかったので良しとしましょう。
Posted by ブクログ
原作のアニメ映画がとにかく最高に刺さった(なぜか言語化できない)ので補完のために拝読しました。
おじさんにはちょっと文体がライト過ぎて、まるで満腹状態で食べる板チョコのようなべっとり感を堪えつつ読み進めたのですが
終章以降結局泣いちゃいました。
ホントなんでこんなに刺さるんだろう『超かぐや姫!』
どうせなら男の子としては「好きなアニメ映画はAKIRAと攻殻機動隊です!」って云いたいのに、俺の本心は「超かぐや姫がいちばん好きです!」と叫び続けている….。
Posted by ブクログ
Netflixでアニメ版を鑑賞後に購読。
お話の全体像を知っていると、周到に張り巡らされた伏線を見つけ出すという楽しみがある。
また、結末まで知っているからこそ、初見だったならば素通りしたであろう部分に心を揺さぶられる。
最後、思念体に身体を獲得させるくだりは、竹取の翁が不死性を放棄したことに呼応するものを感じた。
本編の副読本で、本編好きは買い
このノベル版は本編の副読本という位置づけで良いと思います。
劇場に何度も足を運びましたがこの本を読むことでさらに理解が深まりました。
本編見た後にノベル版(これ)を読む、もしくは本編後にノベル版を読むことでさらに本編の深堀出来るって感じです。
彩葉と母親との関係など本編では余り表に出てきてない部分も保管されてます。
結局何が言いたいかと言うと本編見た人は買うのです。損はしませんよ。
より良い超かぐや姫ライフを過ごせます事は間違いありません。
注意点と言えば、本編を見る事は無くこの本だけ読んでも 面白さを十全には味わえない事でしょうか。
まだアニメのみの方こそ読むべき
アニメ二周後に読破しました。買って損はない、というより超かぐや姫を何度も見るような大好きなファンこそ読むべき作品です。
基本的に彩葉視点で進むので、アニメではわからなかったところどころでの彩葉の感情がしっかりと描写されていたことがすごくよかったです。
彩葉が想像以上に母親の影響を受けていたり意識していたり、全然アニメで言わなかったのに脳内ではかぐやのことをかわいいかわいい言いまくってたり……
何よりも決戦前でのヤチヨとの会話はもう……
ライブシーンやアクションシーンがところどころ描写がカットされてる場面はありますが、そこはアニメ本編に任せて割り切っていると筆者の方もインタビューで仰っていました。
監督とのインタビューでもあったかぐや帰還後の芦花と真実が家を訪ねてきてくれていた描写、あのやりとりは本編に逆輸入してほしかったくらい大好きなシーンです。
これを読まないとわからないような設定もたくさん描写されているので、読んでから超かぐや姫をもう一度見ることでまた違った視点で物語をとらえることができると思います。
超オススメです。
Posted by ブクログ
映画にはなかった細かい描写のお陰で、より超かぐや姫の世界観に浸れた。個人的に疑問だった、母親の心情や行動原理に関しても彩葉目線で描写されていて、彩葉とかぐやのやり取りにも深みがでていた。
Posted by ブクログ
映画の視聴後に続けて読んだ。
本編と比べて、彩葉の心理描写がより細かく、わかりやすくなっており、あの行動の時こう考えてたのか、といった発見があった。
全体的によくできたノベライズで、映像の空気感や2人の関係性がよく表現されていたように思う。
映画を見た人は是非。
Posted by ブクログ
桐山なるとによる「超かぐや姫!」の小説版。Netflixで配信、そして劇場公開で盛り上がっているアニメ作品のノベライズです。酒寄彩葉とゲーミング電柱から出てきたかぐやが仮想空間「ツクヨミ」でトップライバーを目指す物語です。アニメではかなり端折っている彩葉周辺の状況がきちんと整理されていて、作品を深く知るために必読だと思います。やはり山下清悟監督が監修を行っている点が強い。一方で、アニメで非常に盛り上がるライブなどの描写は最低限にとどまっています。媒体ごとの持つ特色を有効に使っていて良いです。
Posted by ブクログ
映画版にない描写があったりするかもと思って読み始めた。かぐやが過去に戻ってからの描写が増えててよかった。個人的にはブラックオニキスの3人の過去についても描写が欲しかったなと思ったり。
Posted by ブクログ
いろは視点で内面描写が多い。特に家族に対する描写やヤチヨの過去回想以降が情報量多くなっていてよかった。
ライトな文章でスラスラ読めるので普段小説を読まない人も、映画を見た人であればオススメです。
匿名
超かぐや姫!最高!!
映画版観てから読みました。
超かぐや姫!最高だった!!
ノベル版は彩葉視点なので、映画版では語られていない部分も描写されてる。
けど、ライブシーンが飛ばされたのは残念……
ちゃんと描写しようか……
小説を読んだらまた映画の方を観たくなった!
超かぐや姫!最高!!
Posted by ブクログ
購入翌日に一気読み!映像版と違い、小説は彩葉視点
ずっと本心を抑えてきた彩葉と、決して我慢しない「かぐや」
二人の鮮やかな対比から、彩葉の内面が変わっていく様子が如実に伝わってきた。特に母からの影響の大きさ
人の背中を押せるのは、やっぱり人なんだな
Posted by ブクログ
映像作品のノベライズ、どうしても映像媒体と小説媒体で差が生まれるもの。特に『超かぐや姫!』のように動きと音楽に注力した作品の場合、映像媒体で存在した魅力をそのまま小説に移行するなんて不可能
だからこそ求められるのは小説ならではの表現、本ノベライズはその役目を充分に果たしてくれる内容と思えましたよ
ノベライズだから当然かも知れないけれど、話の筋やシーン構成は映画とほぼ変わらず。むしろライブシーンがカットされている事を思えば物足りなさすら在るかもしれない
けれど、ハイテンポでローストレスな構成がされていた映画では敢えて省かれていただろう要素が盛られている為にノベライズ版は映画では見えてこなかった諸々が見えてくる仕様となっているね
特に大きな要素は彩葉の家庭環境か
映画では回想シーンで少し触れるのが主で、彩葉が父の喪われた母子家庭でどのような思いを抱え、そして家を出るに至ったかは想像によって補完する必要があった。まあ、それでも伝わってくるものはきちんとあったけど
ノベライズで伝わり過ぎるくらいに伝わってくる一助と成っているのが、度々挿入される母のお小言か。母の言葉は正論で満ちている故に反論を許してくれない。成功例に裏打ちされただろう言葉の数々は、何か1つを反論したところで10のお小言が返ってくると容易に想像できるもの
それは子供の意思を奪いかねない環境だね。勿論、そこには母自身が親の支援を受けられない環境で精一杯生きてきたという経験が背景にあり、父を喪った彩葉の人生を慮る部分は有ったのだろうけど
それでも、彩葉が自由を感じられる環境ではなかった。だから彼女は家を出た
そうして自由を謳歌しているつもりで、母に対抗する為に母が望むだろうレールを進んでいた彩葉の前に現れたのがあらゆるレールもルールも存在しない完全自由なかぐやとなるわけだ
ノベライズで彼女の人となりを見ても改めて無茶苦茶だと思えてしまうタイプだね。ゲーミング電柱から生まれて、あっという間に大きくなって、資金を使い切ったり友人との集いに乱入したりとかぐやの遣ること成すこと全てが無茶苦茶。ヤチヨカップで優勝する為にする何もかもが無軌道。でも、そうした姿は彼女の自由さを示している
それは彩葉が羨んでいた姿であるのは間違いない。というか、彩葉がかぐやの無茶苦茶さに巻き込まれたのって、かぐやを放っておけないというよりもかぐやの自由さに魅了されてしまったからではなかろうかと改めて思えたよ
だって常識的に考えれば、ツクヨミにログインしたばかりでまだ何もしていないかぐやがヤチヨカップを優勝するなんて不可能に決まっている。彩葉が東大に入る為に日常をどれだけ費やしているか、どれだけ苦労しているかを当て嵌めてみれば自明の理というもの
でも、かぐやはライバー活動の為にしている何もかもが楽しそうなんだよね。大変なのに楽しそうだし、不可能な筈なのに出来てしまいそう。彩葉がかぐやに魅せられるのは納得しか無い
だからこそ、自由の象徴のようなかぐやには避けられない終わりが存在していて、その終わりを受け容れてしまった姿を彩葉は許せなかった訳だ
その瞬間、これまでの彩葉なら難しかった他人に頼るという行動が出来るようになるのは印象的
それでも無理な不自由は無理として立ちはだかって
そうして気付かされるのは自分の弱さか。母のお小言を不自由の象徴と受け取って反発して何でも自分一人で出来ると思い上がっていた彩葉は大切な人を再び喪って、頼った皆に迷惑かけて、ようやく自分がとても小さい存在だと気づけた訳だ
だから不自由な“めでたしめでたし”が訪れた後に彼女が目指すのはとても小さな願い、かぐやを月から取り戻す為の小さな戦い
そうして辿り着いた“めでたしめでたし”の裏側にあった物語には映画を見た時も感情が揺さぶられたものだけど、このノベライズを読んだ際にかなりうるっと来てしまったな…
だって映画だと彼女と人々の会話が描かれていたものだから、そこまで強烈な孤独は感じられなかったのだけど、ノベライズは心象表現がしっかりしているから、孤独がより伝わってくる形となっていたね。最初に歌を聞き届けてくれた男の子は何も出来ないままに亡くなって、見る世界には人の死や戦が満ちていて。楽しい事が大好きな彼女にしてみれば、その光景は看過し難いものだったろうと想像できてしまう。見続ける事しか出来ない悔しさがあったろうと
彼女がそのような経験をしたと描かれたからこそ、夢と希望に満ちたツクヨミという空間が作り出され、彩葉との再会が待ち望まれたのだろうと判る。でも、待ち続け過ぎた彼女は再会を単純に自由自在に喜ぶ感情をも制御できるようになってしまっていて
それも一種の終わり、不自由さ。とてもじゃないがハッピーエンドには思えない
だからこそ、かぐやと一緒に自由を求め続けた彩葉が真であり新の“めでたしめでたし”へ向けて『やりたいこと』を見出し実現まで突き進むラストに感動を覚えられるんだよね
映画の『ray』で締められたラストも良かったけど、ノベライズの彩葉とヤチヨの楽しそうな会話で締められたラストも良いものと思えたな
映画とは異なる手法で描かれたノベライズ版『超かぐや姫!』を読む事で改めて本作の物語に魅せられてしまったし、映画だけでは判らなかった本作の魅力を更に深堀りできたのは良かったな
ノベライズ版で知れた彩葉の心情を踏まえ、改めて映画版を見たく成ったし、もっと本作の楽曲に心を浸していたと思える経験となりましたよ!