あらすじ
テーラワーダ(上座)仏教に伝わるパーリ経典の中部第118番に収められている「アーナーパーナサティ・スッタ(漢訳名:大安般守意経)」を、パーリ原典から訳出し詳解。
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Posted by ブクログ
非常に勉強になった。
元々精神分析/力動的心理療法を領域とする自分にとって、N.コルタート、シミントンなどの分析家が初期仏教への関心を持つことはわかりづらかった。
テーラワーダ仏教をストレス低減法として再構成したマインドフルネス・アクセプタンスの流れは、CBT的な概念構成があるためか逆に共通項が見えづらい。
実際にテーラワーダ系の修行を経てセラピーをフォローされている著者の文章によって、(少なくとも著者にとって)心理療法の取り扱う領域と、精神分析的な領域の相互参照が可能になったように思う。
Posted by ブクログ
パーリ経典・中部に収められている「呼吸による気づきの教え」の解説書。精神分析や心理学、量子力学などの知識とも比較しながら解説することで、ブッダの教えの可能性を現代に甦らせたいとの意図があるという。随所に、心理療法的な視点も織り交ぜながら解説る。
テーラヴァーダ仏教やヴィパッサナー瞑想への入門書が少ないなか、この本は、テーラヴァーダ仏教の初歩的な解説にもなっていて、参考になる。ただ、随所に精神分析や心理療法の知見を参照しながらの論述は、どこまでがテーラヴァーダ仏教の伝統的な教えで、どこからが著者の見解かが、判断しにくいところもあった。テーラヴァーダ仏教やヴィパッサナー瞑想の正統的な考え方を学びたいのなら、不満が残るかもしれない。
もちろん参考になったところも多い。とくに印象深かったところをあげると、三昧や禅定が生じて、光が見えたり、超能力が得られたりしたときの危険について触れたところである。そのような神秘体験を悟りだと思い込んで、その背後にある特別な存在になりたいという期待を自覚できないのである。
ブッダは、三昧を出て、集中した心の力を観察や洞察に向けると、現象をありのままに見る智慧が生まれることに注目したという。この如実智見によって、神秘体験や超能力への執着や欲望を自覚化できる。その背後にある劣等感などに気づくことができる。三昧から如実智見というヴィパッサナーの洞察智を経て解脱に至るのだという。
三昧から如実智見に進まず、自らの超能力や神秘体験にとらわれて、教祖様になってしまう一般宗教が多い。執着心をありのままに見つめるだたしい智慧が働かないからだ。