あらすじ
著者のSNSに情報が寄せられた。〈朝日新聞では、一九七〇年代コンゴでの日本企業の鉱山開発に伴い一〇〇〇人以上の日本人男性が現地に赴任し、そこで生まれた日本人の子どもを、日本人医師と看護師が毒殺したことを報道したことはありますか?〉――1970~80年代、資源を求めた日本がアフリカ大陸に残したものは、巨大な開発計画の失敗とさび付いた採掘工場群。そして、コンゴ人女性との間に生まれた子どもたちだった。経済成長期の闇に迫る、衝撃のルポルタージュ。文庫化にあたり、“その後”を描いた「文庫版あとがき まつろわぬ人」を加筆。第22回新潮ドキュメント賞、第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞W受賞。
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Posted by ブクログ
なんという執念だろう。記者という仕事の前に人としての誠意や正直さ、正義感、そして愛情が文章に表れていた。
自分もいつか誰かに"まつろわぬ人"と呼ばれるようになりたいと思った。
コンゴに残された"日本人"の子供たちが幸せでありますように。
Posted by ブクログ
私たちが普通に生きて、小さなことで悩んだりしている間に、世界では親に会えず孤独を感じている人もたくさんいるんだよなと改めて感じた。比較するのもおかしいけど、自分がどれだけ自由で、どれだけ多くのものを与えられて生きているかを痛感した。だけど最後に「お父さんの日本の家族もみんな家族」のような、アフリカの明るい価値観に読んでる私が救われてしまった…素晴らしい本でした。
Posted by ブクログ
日本から遠く離れたアフリカのコンゴに、日本残留児がいるという事実を、この本を読むまで知らなかった。
コンゴに赴任していた日系企業の社員たちは、現地の10代女性(多くは10代前半)との間に子どもをもうけ、任期が終わると帰国し、その後は音沙汰がなくなる。
父親が去ったあと、残された母親と子どもたちは厳しい生活を強いられ、「日本人との子ども」であることを理由に差別を受けたり、就職が難しかったりする状況に置かれてきた。
彼ら「太陽の子」は、自分たちを日本人だと言い、いつか父親に会う日を信じて、わずかな父親の情報や思い出を大切に抱えながら今も生きている。
彼らが父親に会いたいと願うのと同じように、父親たちもまた、彼らのことを思い出しているのではないかと思う。会社から止められていたのか、家庭の事情があったのか、あるいは高齢のためにSNS上の投稿を確認できないのか。事情はさまざまだろうが、三浦さんの投稿や活動の話は、すでに何人かの父親の耳には届いているはずだ。
自分の父親に、日本に家族がいるかもしれないと知ったムルンダが、「家族と話したいから日本語を勉強したい」と語る場面が強く印象に残った。
「正しい」かどうかはさておき、人生も考え方も、結局は自分次第なのだと感じた。