あらすじ
朝鮮戦争を生き延び、在韓米軍基地周辺で働いた著者の母は、アメリカ人男性と結婚後に渡米し、差別的な眼差しの先に置かれつづける。その背景には、人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティにまつわる差別構造があった。朝鮮半島にルーツをもつ母娘の記憶を通して見える現代社会の論点、植民地主義、人種主義、精神疾患など複雑な難題が家族に及ぼす影響を、コリア系アメリカ人女性の社会学者が紡ぐ珠玉の回想録。2021年、全米図書賞ノンフィクション部門最終候補作。
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亡き母と父、そして自身の言動や経験を何度も辿り捉え直すことで、自らの家族の在り方を歴史的社会的文脈の中で浮き彫りにしていく。何か劇的なな展開があるわけではない。しかし読後に深い感動がある。
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訳者の方のお話を聞く機会があり、読むことができたことを感謝している。個人的なことは社会的なこと。お母様のトラウマを、直接聞き出すのではなく、多方面から調べ尽くす手法にとても説得力があった。日本の過去も関わっていることに、胸が痛む。一方、韓国料理のレシピが美味しそうで、思わずメモをした。
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筆者のオンマが今の世の中を見たらなんと言うだろう。MAGAに対しては眉間に皺を寄せ、The summer I turned prettyの人気には「オモ!」と驚くだろうか。
晩年(読後直ぐの今この言葉を書くのがすごく寂しくて哀しいけれど)、筆者と食事を共にした3人目の母の様子は、1人目の時のエッセンスを残しつつ2人目の時の儚さをはらんでいて切なかった。
精神疾患におけるリカバリーは、病気になる前に戻るのではなく病気を経て新たにアップデートすることとされるけれど、その様はまさしくリカバリーで、伴走する筆者の苦慮や省察の言葉には胸に迫るものがあった。
PTSDを抱え、命からがらどうにかたどり着いた新天地で筆者の母を待っていたのはたいていのアメリカに住む韓国系移民女性が経験する差別。かといってアメリカ人との子どもを連れて帰る母国の暮らしも悽愴なことは想像に易く、どれだけ不安で心細かっただろうか。苦難の道を強いられ続ける人生すぎる。
そんな中、自力でコミュニティに根ざす努力をし、夏はブラックベリーレディ、秋はマダムマッシュルームとなった姿にはちょっとしたアメリカンドリームみすら感じた。かっこいい。
1人目の母の頃の描写には、オベントウの力やサンクスギビングの翌日に残りものの七面鳥にテンジャンとキムチを添える逞しい韓国のオンマの姿がある。
過労に近い生活リズムにあっても食べることに手を抜かないオンマの姿勢の根底には、周りの人がお腹を空かせているのを二度と見たくないという苛烈な戦争体験から来る思いが垣間見え、韓国ドラマでよく挨拶がわりのセリフとして出てくる「パンモゴッソ?」が戦争の名残であることを痛感させられた。
私がテキサスに住んでいた時、おからを求めて何キロも車を走らせる先輩日本人の行動力に驚いたことがある。
郷愁をおからに見出し、手に入れることに全力を注いでいた姿を著者の母のキムチのエピソードで思い出した。
人間は食べることをエネルギーに変えることができるし、食べることでエネルギーを蓄えることができるんだと思う。
2人目の母のターンで、当時15歳だった筆者が独学で母の疾患名に辿り着き、さらに母の様子とDSMの症例を比べる描写があり、どれだけ不安だっただろうかと悲しくなったが、ブラウン大へ進学することで地元を離れ「わたしたちは力強くて美しいかませ犬!」と仲間と笑う若者らしい姿も記されていてホッとした。ヤングケアラーではない時間が筆者にあって本当に良かった。この頃の出会いがこの本の訳者と繋がっているとあとがきで知り、胸が熱くなった。
3人目の母と表記される晩年の闘病描写は哀しいけれど、ブラックベリーレディの頃に著者のことをクラストガールと愛を込めて呼ぶ姿がちらりと垣間見える日があり、母然としていて美しく切ない。1人目の母に戻ることはないけれど、3人目の母の中に1人目の母は確実にいる。
「知性で働きなさい、身体ではなく!」という毅然として取り入る隙のないオンマの姿勢は、時代に翻弄され凄惨なくらしを送ってきたオンマとして、娘が性産業で生きる選択に直面する必要がないようにするためのまっすぐな愛で、筆者が読んでいた"学ぶことは、とびこえること"そのものだなと思う。
生存と従属が隣り合わせのくらしを経て、娘の世代ではおなかいっぱい好きなものを食べられるよう愛と教養を授けたオンマの生き様に涙が止まらない。
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手に取るかどうかを迷われているのなら是非!中身についての感想は控えますが(書ききれない)、筆者の取り上げたテーマだけではなく、むしろ痛々しいながらも温かさを失わない(失いかけながらも)家族記として読むのがいいかもしれない。親子という関係は誰にとっても避けようのないものだから、誰が読んでも痛みを感じる部分があるかも。
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慰安婦問題。これは今からほんの70年前くらいのお話。戦争が起こると日本以外の国でも同じようなものはあったようだが、強制的もしくは騙される形の人権侵害として慰安婦問題はあるのだと思う。朝鮮の女性は世界大戦時は日本兵を、その後の朝鮮戦争時には母国と米軍の兵が相手になっている。
著者の社会学者は、母の生い立ちを巡る長い長い旅をする。深いえくぼが美しい母が決して話さなかった若い頃の話。その母が異国の地で病になり、懸命に寄り添う娘。
自分の意思で海外生活を選ぶのとは違う。生きていくためであったのに母国で蔑まれ、居場所がなく新天地を目指す。だがその地がアメリカなど白人優位の国だとしたらと想像してみるといい。
私たち日本人にとっての終戦は1945年。だけど朝鮮の人達にとっては日本の植民地支配がやっと終局を迎えたと思ったらその後の冷戦時代の朝鮮戦争へと突入するのだから朝鮮戦争の歴史は心エグられる。
作中気になった所をメモしておく。
恨(ハン)とは、不正義にたいする解消されない恨み、絡まって、ほどくことができない閉塞感、あるいはもつれた悲しみ。
フィリピンのセックスワーカーの運動家であるアドゥルデレオン「(アメリカのフェミニストは)売春が自由な選択であるかどうかに議論することに、全ての時間を費やしている。私たち第三世界諸国の女性は、かれらの闘いにうんざりしていた。売春について、わたしたちが抱える問題はそういうことではない」「娼婦にならないことを選択できる権利」をもてることのほうが急務だった。
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筆者のグレイス・M・チョーは韓国人の母と米国人の父の間に生まれたハーフ。父は米軍人で韓国の米軍基地に駐留したことがあり、そこで母と結ばれ、彼女が生まれた。
この本はその両親、特に母親との思い出を、母から習う韓国料理との思い出の中で綴る。ただ決して「心温まる」という感じのものではない。
グレイスの母は1941年に大阪で生まれたコリアン。大戦後の朝鮮戦争を経て、60年代に韓国に軍事政権が生まれた頃、韓国政府は米国軍人相手の売春行為を公的に認めており、母親はそこで娼婦として働いていたと聞かされる。
父と出会って、グレイスが生まれ、アメリカに渡り、父の生まれ育ったワシントン州チョへイリスという小さな町で家族は暮らし始める。しかし、その街は白人以外を受け入れたことがない閉塞的な町で、軍の仕事のために長期間にわたって父は家をあけ、母と自分と兄だけで暮らし、学校に行けば「チャイニーズ!ジャパニーズ!」と呼ばれて蔑視されることを経験し、母親もまた精神が徐々に壊れていくところ、やがては父と母の関係も破綻していくところを経験する。
彼女と母の間の思い出は、楽しい思い出も辛い思い出も母が用意する料理にまつわるものであり、母の心が病んでからは、母に聞きながらグレイスが料理を作るという行為にまつわるものとなっていく。
ちなみに表題にある「戦争みたいな味がする」ものというのは、彼女の母親が兄夫婦と同居していた時に義姉が用意した様々な食料品の中で母親が脱脂粉乳にだけは手をつけなかったエピソードに由来する。
米軍は朝鮮戦争時代に避難民である朝鮮人を虐殺するという事件も起こした一方で食糧支援として大量の脱脂粉乳(米や麦ではなく)を支給し、それを飲みすぎた人たちはひどい下痢を経験したという。
母親も同様の思い出を持っているのか、脱脂粉乳は「戦争みたいな味がする」から手をつけなかったというのだ。
このエッセイは時系列に沿って書かれたものではなく、数年間にわたって複数のところで発表されたものに加筆されたもの。小見出しで、言及する時代が書かれているが、時系列が頻繁に前後するので、その辺りが少し読みづらい部分はある。
しかし、一方で年老いていく母を見つめる視線は、自分が認知症の母を見つめていた記憶と結びつくところがあって少々辛い部分があった。
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生きるためにせざるを得なかったこと、それが生み出してしまった恨み怒り破滅、愛する家族の過去に迫りながらも故郷、あるいは戦争を思い出す味。食事が蘇らせる記憶。
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面白いのだけどしかし片手落ちな気がする。
母に溺愛された娘からの視点からしかないから。
どうも時々無意識の自己弁護フィルターにかかって見えない部分がある気がする。
さらっと書かれてるけど母を警察に逮捕させたことや父の死の時に慰めようとする母を跳ね除けたこととか、それって売春して生計を立て、軍人の花嫁となって海を越えた自分とは絶対違う、賢い幸せな人生を送れる娘になるよう育てようとした母に致命的ダメージ与えたんじゃないのう〜?
母と共に海を渡り、実際母の治療費や生活を延々と見続けた兄の気持ちがどこにも書いてないのがなんとも。なあ。
Posted by ブクログ
読み始めた時、あまり内容に入れませんでしたが
130ページ超えたあたりから少しずつ
内容と作者の息が合ってきたのではじめの方で
諦めずに読んでいただきたい作品です。
どこにいても、故郷の味は格別!!
そして、料理を通じて色々な人(国)と関わりを持とうと頑張ってきた作者のお母さんのお話。
食の力は偉大だと改めて感じるとともに
自分の家の味、母の味を大切にしたいと思いました。
それだけでなくこの本は戦争を通じてセックスワーカーとして働いた作者のお母さんの生き様、
戦争が生んだ、戦争が終わっても終わらない苦しみを描いています。
戦争はその時だけではなく、人々に大きな傷をもたらす、、、そのことは忘れてはならないと感じます。
作者はその戦争と経験をした母親に向き合い何十年もかけて本にしたり研究したりした偉大さを感じました。
星3にしたのは100ページを超えないと本の素敵さがわからないことと、わたしは翻訳の表現が少し古い気がして読みにくかったためです。
※母と娘の関係が強烈に絡み合うので親子関係で悩んでたりする方は少ししんどいかもしれません…
Posted by ブクログ
とても個人的な読書体験でもあった。
筆者同様、私も幼児の頃に両親と共に生まれた国から育った国に移住した。ネイティブ言語や文化、常識を親と共有していないことによる相互不理解、衝突、もどかしさ、時に疎外感。周囲の無邪気な言葉に容易く引き裂かれる、複雑なアイデンティティ。そして大人になってから真に思いを馳せることができる、両親の味わってきた苦労と差別。もちろん筆者と私は全く異なる人生を歩んでおり感慨も必ず異なるのだが、シンパシーを感じた。
そんななかで、筆者は主観性と客観性のバランスを巧みに取っていて、淡々とした「腑分け」としても、切実な私小説としても、読み応えのある作品となっている。筆者の母の精神疾患の背景にはあまりにも多くの構造的差別の問題があり、差別は人を殺す、という事実を改めて突きつける。そして日本で暮らす者としては、やはり侵略戦争と植民地支配が落とした影を重く受け止めたい。