あらすじ
家族全員を亡くした祖母が綴った記憶――それは、80年前の日本で本当に起きた出来事でした。
鹿児島県の離島・徳之島で戦争が激しさを増す中、祖母は飢えに苦しみ、家族全員を失います。その深い心の傷は、生涯癒えることはありませんでした。教育を受けることも、文字を学ぶ機会も奪われた祖母は、50歳になって大阪の夜間中学校に入学。先生や仲間たちと出会い、信頼関係を築きながら、ようやく自分の人生を歩み始めます。そんな祖母が綴った一編の作文「戦争がにくい」。そこには、想像を絶するような戦時下の暮らしと、飾らない言葉で綴られた叫びが記されていました。大胆でユニーク、そしてどこか愛おしい――そんな“おばあちゃん”の生きた証を、孫の著者が徳之島での取材とともに辿りながら描く、コミックエッセイ『戦争さえなければ』。戦後80周年を迎える2025年夏、刊行。
【電子書籍限定!徳之島弾丸取材での、奇跡のようなエピソードを描き下ろしで特別収録!】
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Posted by ブクログ
53歳で夜間中学校に入学し、初めてしっかりとした学びの場で字の読み書きを習い、習得した言葉で自分史を紡ぐ。
その過程だけでも想像しがたいご苦労が窺い知れるのに、その生い立ちもまた想像を絶するものでした。
タイトルの「戦争さえなかったら」という言葉が本当にずんと重く頭にめり込んでくるように、読んでいてしんどくなることも正直ありました。
特にお父さんとの別れのシーンは心を抉られるような思いになりました。
どんな思いで洋子おばあちゃんはこの自分史を綴ったのか。
それは一読者にはわかりえないけど、1年で夜中を修了することになってだいぶたった後に「楽しみを見つけるのはまだまだこれから」と思っていた(であろう)という描写にどこか救われる気持ちになりました。
あと、自分史にでてくる学校の先生の底意地の悪さに反吐がでそうになるくらい腹がたった!!
夜中の担任の国中先生が真逆の聖人のような人で本当によかった。
Posted by ブクログ
『戦地に赴いた描写もなければ、空爆を直接受けた描写もない、それでもここまで戦争は一般人の生活を脅かすものだったのか、と。』
何十年生きても忘れられない苦しみが、言葉となって紡がれ形を得ることで、やっと鳩サブレー(ならぬ鶏サブレー)の缶に鎮められたのだなと思った。
ご本人の努力と、先生や仲間たちの支えと。
おばあちゃんの心をしっかりと掬い上げた娘さんやお孫さんたちの姿に、ただ頭が下がった。