あらすじ
第15回 小説 野性時代 新人賞 受賞作!
落語好きの父に連れられ寄席に通うなか「演芸写真家」という仕事を知った宮本繭生は、真嶋光一に弟子入りを願い出る。真嶋は「遅刻をしないこと」「演者の許可なく写真を撮らないこと」を条件に聞き入れるが、ある日、繭生は高まる衝動を抑えきれず、落語家・楓家みず帆の高座中にシャッターを切ってしまう。繭生は規則を犯したことを隠したまま演芸写真家の道を諦める。あれから4年。ウエディングフォトスタジオに勤務する繭生のもとに現れたのは、あのみず帆だった……。
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Posted by ブクログ
ウェディングカメラマンである主人公が過去に因縁のある女性落語家を担当することになるお話。カメラ、落語、ウェディングという3つの特異な業界について知見を深められた。普段は接点のない専門家たちの誇りと苦悩を感じることができて面白かった。特にウェディング業界は一生に一度のイベントであるため顧客からのクレームや急な予定変更など過酷な側面があると感じた。
主人公は担当することになった女性落語家の寄席中に写真を無断で撮影してしまった過去をもつ。起こしてしまった問題に対して落語家達からの不相応なほど当たりが強いシーンが多々あり、そこはあまり共感できなかった。一生に一度である結婚式の雰囲気を破壊してしまうかもしれないほど主人公に当たってしまうような問題だったのかと疑問に思った。最初は落語という古くからの文化に染まって柔軟性に欠けていると考えたが、プロの世界にいるからこそ他のプロに対して生半可に対応されるのが許せなかったのかもしれない。自分が命を賭けて何かに取り組んでいるものに茶々を入れられたと感じたのだろうか。
最後のシーンで「誰かに怒ることと可能性を感じることは両立する」という言葉が印象的だった。最近は子育てでは怒るのではなく褒めることが推奨されている。仕事ではハラスメントを恐れて怒ることが少なくなったとも聞く。つまり今の若者たちは怒られる経験が少なく育ってきたのだ。僕自身が当たりの強いシーンを不快感や疑問を抱いたのはこの背景が影響しているのかもしれない。怒りとは自分が大切にしているものを守る感情であり、大切なものに裏切られた時に人は怒りを感じる。したがって主人公が怒られたのは皆から大切に思われている証なのかもしれない。このように考えると、怒ることは必ずしも悪いことではないのではないか。むしろ、全く怒られないことは、逆に自分が大切にされていないのではないかという不信感を抱かせる可能性がある。この視点で物語を読み進めると、少しは不快感が和らいだかもしれない。