あらすじ
「──俺の名前はジェノサイド江戸川。探偵さ」
……名前が意味不明だって? 同感だ。俺にも訳が分からない。
SNSで活動する名探偵の俺、本名・横溝碧は妹に生活費を使い込まれて困窮。
仕方なく大企業主催の脱出ゲームで賞金を稼ぐことにした。
ところがそれは、社会の裏で開催されているデスゲームだった訳だ。
そして命と大金を賭けた殺し合いが幕を開け――る予定だったらしいが、
俺が参加しているのが運営の運尽きだ。
殺し合いを始まる前に秒で終わらせ、俺はデスゲーム司会の少女、姫野心音を手錠で俺と繋いで人質に取る。
さらにルールの穴を突いて、全てのプレイヤーが生存してのゲームクリアを目指したんだ。
だが、そんなやりたい放題をしていたら、デスゲーム主宰の黒幕に目を付けられてだな。
徐々に運営は、手段を選ばず問答無用で俺を殺そうとしてきやがった。
まぁ俺を殺そうなんざ、やれるものならやってみてほしい。
デスゲームという事件で、名探偵が負ける訳ないだろ?【電子限定!書き下ろし特典つき】
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Posted by ブクログ
枢木縁『横溝碧の倫理なき遊戯の壊し方』は、デスゲームという定番の枠組みを超え、人間の「理性」と「救済」を真正面から問う野心作である。
本来、命を奪い合う舞台で描かれるのは恐怖や猜疑の連鎖だ。だがこの物語が際立つのは、そこに倫理を見失った世界であってもなお“他者を救おうとする”意志を描ききった点にある。
探偵・横溝碧という人物は、まさに現代における“理性の化身”だ。
彼の推理は暴力的なまでに鋭く、すべてを見透かす知性は神の視点に近い。
だが、彼の魅力はその万能さではなく、その知性の果てに立つ“孤独”にある。
何もかも見えてしまう者の絶望と、それでも人を信じたいという微かな希望。
碧の行動には、冷徹な論理の奥に潜む人間的な温かさが滲む。
彼は「倫理なき遊戯」を壊すのではなく、人の理性が生き残る余地を守ろうとしているのだ。
そして、彼を導く存在であり対となる姫野心音の描かれ方も見事である。
無垢でありながら残酷なゲームを司る少女。その存在は“秩序の崩壊”そのものであり、同時に“希望の原点”でもある。
碧と心音の関係は、単なるバディではなく、世界を対極から見つめ合う二つの魂の共鳴と呼ぶべきだ。
彼らの対話には、理性と感情、正義と混沌が交錯し、読者はその狭間で揺さぶられる。
物語構成はテンポが速く、緻密に積み上げられた伏線が後半で鮮やかに結実する。
デスゲームという極限状況の中でも、安易な衝撃や残虐さに頼ることなく、論理と人間性のせめぎ合いで緊張感を保っている点は特筆に値する。
また、現代社会の“倫理崩壊”を暗示するようなテーマ性が全編に漂い、娯楽性と思想性が高い次元で融合している。
読後に残るのは恐怖でも快感でもなく、「理性を失わないことの尊さ」だ。
この物語は、知性を武器に戦う者が、同時に心を守るために戦っているという逆説を描いている。
著者の筆致は若々しい疾走感を持ちながらも、語られる内容は実に重い。
だからこそ、ページを閉じたとき、読者はただ一人の探偵の孤独な信念に、深い敬意を抱かずにはいられない。