【感想・ネタバレ】本と校正 増補新版のレビュー

あらすじ

「都合ついたら、明日からでも出て来てくれないか」
林達夫に呼ばれて行った先にあったのは『細雪』の校正刷りだった――
岩波書店と中央公論社で校正者として赤ペンを握ること三十有余年。
伝説の校閲部部長が、誤植列伝から普遍的な校正の心構えまで、ユーモアたっぷりに綴る。
新たなコラム三篇と新・校正練習問題を付す。〈解説〉牟田都子

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Posted by ブクログ

校正してる人だけでなく何かを書いてチェックする人みんなに読んで欲しい……。あと新旧かなづかいの両方知ってる校正者さんの話たいへん興味深かったです。

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2026年01月13日

Posted by ブクログ

著者の長谷川鑛平氏は明治41年、1908年のお生まれ。岩波書店、中央公論社で長く校正を担当された方である。私と勤め先こそ異なるが、同じ業界の大先輩に当たる方が出した書籍。その名も『本と校正』なのだから背筋を正して読みたくなる。

本書は増補新版だが、底本となった文庫は1965年の刊行だという。60年も前の書籍だが、「解説」で校正者の牟田都子さんも書かれている通り、全く古びていない。確かに当時の主流だった活版印刷は廃れてしまった。しかし、校正者に流れる精神は決して変わっていないのだ。本書に書かれていることの逡巡や悩みの多くは現在の出版界でも共通のものである。

私が校正に携わってからの20年でさえネットの普及により仕事の仕方はだいぶ変わった。長谷川氏の時代には何と戦中の検閲があり、戦後も旧かなづかいから新かなづかいへと大転換が起きた。当時のこぼれ話は、校正に興味がある人には垂涎ものだろう。オーサーシップをおかすようなことは、あってはならない。先達からのメッセージをありがたく受け取った。

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2026年02月03日

Posted by ブクログ

伝説の校閲部長による爆笑必至の誤植列伝から校正の心構えまで。オマケに練習問題も。そして解説は現代のカリスマ校閲者、牟田郁子!
中公文庫、良い仕事してます。
本が好きなすべての人、必読の一冊。

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2025年11月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 30余年、岩波書店、中央公論社で腕を振るった校正者の著者による、日本語の気づきと仕事のご苦労が綴られたエッセイだ。
 古い本だけど(初版は1965年)、昨今の文章指南ブームに乗ってか、牟田都子さんの解説も付けて昨年(2025年)、敢えての文庫化だろう。
 近年、知人の原稿などの手直し、編集的な意見を言わせてもらうことが増えたので、参考になる話ばかりだった。

 素人は、杓子定規に句読点の位置、改行のルール、三点リーダーのつかい方などを、重箱の隅をほじくるように探し出すが、いや、そうでもない、という達観した記載もあり、面白い。
 ふつうは二文字分の「…(リーダー)」を使うが、相手が絶句したときは二文字、黙して答えない場合はそれより長く使うのが通例に対して、かの谷崎潤一郎は「絶句のときも、二字分では物足らなく感じた」とかで、四文字、五文字分の「…」を使ったという。

 作家と校正者、その考え方、思想も異なるということは、再三、本書でも語られている。作家の思索の奥深さ、崇高さを讃えて、こんなことも書いてあった。

「校正者の理解し、共感する範囲は、必ずしも狭くはない。(中略)一般の読書子にくらべ、理解し共感する範囲は相当広いかも知れない。しかし、高さということになると、海抜数メートル止まりで、常に常識の地平を、ぼさぼさ歩きまわっている歩行者にすぎない。」

 作家の原稿と、印刷物は別物で、その差をいかに縮め、再現するかという苦労話は、恐らく原稿が手書きだった時代の感慨だとは思う。

「むろん、活版印刷にもそれなりの制約・条件がある。書かれたもの、つまり原稿を、印刷技術をとおして、印刷物として定着させているわけであるが、その両者の間には、むろん、厳密な対応関係・関数関係がなければならぬ。緊密な対応関係はあるが、書かれたものが、写真みたいに、そっくりそのまま再現されるのではなく、いわば印刷技術的に翻訳されて、再現されるのである。そこでその印刷的再現が、原稿に厳密に対応するかどうかを注意ぶかく監視し、その対応の精度を可能なかぎり高めるように努力するのが、校正の目的と役割である。」

 今やワープロ、パソコンで原稿を書く作家が大半の時代、こうした思いを持つ校正者も少なくなっているのではなかろうか。
 一方で、校正者の存在が、一層、重要性を帯びるのも現代だとも指摘する。その理由は二つ。

「一つは、国語や文章についての力の乏しい著者が増えたことである。ノンフィクションもの出版のウェイトが大きくなったために、体験や研究内容さえ貴重なものであれば、執筆を依頼するという傾向が強い。(中略)
もう一つ。今日、国語・国字の在り方は、終戦を機会に、当用漢字・新字体、新かなづかい・新送りがなづかいという新方針に切りかえられた。(中略)創始期の混乱は全く落ちつくに至っていない。」

 ひとつ目の理由が、近年はなおさらクローズUPされてきていることは想像に難くない。
 
 ひと通りの校正を終え、要は、単純な誤字脱字、事実関係の平仄合わせが終わり、次は「素読み」という作業が入るらしい。

「前後照応してどうしても理解できないところ、納得のいかないところ、事実の誤りらしいところがでてくる。そこで校正刷りの欄外にその旨を記して著者にただすことになる。」

 これを「疑問を出す」と言うようだが、これこそ本来の校正の意義であろうとも思う。
 
 一冊の書物が世に出るまでの苦労を、大いに感じ取らせていただいた。

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2026年07月23日

Posted by ブクログ

校正についても著者についても、なかなか辛辣に書いている本。初校で赤字だらけで返すところを、穴を掘らせたのに穴を埋めて別の穴を掘らせるという喩えは笑った。いつもすみません。
何かを解説してまとめたのではなく、エッセイだということは念頭において読んだほうがよい。

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2026年04月25日

Posted by ブクログ

活版から時代は変われど、誤字なのか著者の拘りなのかどこまで踏み込むべきかという校正者の距離感のむつかしさは色褪せぬ課題なのだと面白い。また「組む」時代ならではの誤植、DTPに通じるアキのもたらす読感など知らないことばかり。色んな人の手を経て本があるのね。

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2026年03月07日

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