あらすじ
幕末の江戸で生まれ育ち、歌川広重を襲名する作者が、明治になって絵と文で回顧した、町や通りの折々の風景。文章でしか知り得なかった光景が、私たちの眼前にありありと現れる。図版283点のすべてを収録。
■目次(一部)
【上編 外の部 正月~十二月】
将軍家松飾り/辻店の凧売り/魚河岸の初売り/江戸町火消出初め/加賀鳶の初出/獅子舞/厄払い/暦売り/餅網売り/大凧遊び/梅見/日比谷稲荷初午祭/彼岸/豊島屋の白酒/桜草売り/奉公人出替り/参府交代/伊勢参宮の犬/隅田堤の花見/五月端午/両国川開き/富士講中登山出立/金魚売り/風鈴売り/富士詣で/じゃん拳/店頭の納涼/大通りの深夜/花山車/天王祭/朝顔売り/山王祭/花火/からくり/七夕の竹売り/井戸さらい/佃踊り/盆踊り/菊見/神田明神祭礼/紅葉狩り/池上本門寺参籠/七五三の祝い/火事/大名火消/雪見/焼き芋を売る/餅搗き/大晦日……など
【中編 内の部 正月~十二月】
屠蘇を汲み雑煮を祝う/乗馬初め/湯屋の二階/歌牌遊び/十四日年越し/雛祭御道具/初午/書画会/御殿女中宿下がり/灌仏/蛍/梅雨/笹団子/梅干・雷干/精霊棚/藪入りの丁稚/十五夜観月/玄猪の御篝火/恵比須講/勧進相撲/講武/商家の冬夜/酉の市/子犬の小屋を作る/町火消/防大名/新吉原遊里の狐舞/王子の狐火……など
【下編 雑の部】
売卜者/小僧金子の使い/お記録本屋/見附の交代/千両箱の運送/諸侯の水運び/普化僧/七色とうがらし売り/居合抜き/塩屋/子供の喧嘩/豊島屋の樽の曲ざし/粟餅の曲搗き/紅かん/仮似声使い/住吉踊り/歯力/一人相撲/鎌倉節の飴売り/辻謡曲/大道講釈/読売/ところてん曲突き/降巫/唐人飴ホニホロ/墓所の幽霊/淡島大明神/屋敷窓下の買物……など
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Posted by ブクログ
・菊池貴一朗「現代語訳絵本風俗往来」(角川文庫)を読まうと思つたのは、斎藤月岑・長谷川雪堤「現代語訳東都歳事記」を読んだからである。「東都」は有名だし、記述は簡潔を旨とするゆゑに江戸の文語でも読めないことはないのだが、私達の言葉に訳してあればそれにこしたことはない。挿絵はほどほどだが、それぞれのポイントにはついてゐる。では「風俗往来」はどうか。こちらは挿絵が豊富、ほとんどの項目が挿絵つきである。時代的には、「東都」が天保9年(1838)刊、「風俗往来」が明治38年刊ながら、その描かれた世界は、嘉永2年(1848)生まれの貴一郎の「作者が記憶のままを綴って合わせたもの」(小林祥次郎訳「凡例」29頁)であるから、江戸時代最後の風俗である。この後20年もすれば武士も丁髷も消えてゆかんとする時代である。 実際にはどうか分からないが、私には両書ともに同じ時代の風俗のやうに思はれる。現代と違つて時代はゆつくりと進んでゐたはずである。20年や30年の差はほとんどないのかもしれない。ただし、本書には「東都」に出てこない項目がある。それは下編雑の部である。ここには歳時記にも出てくる項目もあるが、出てこないものも多く、それがなかなかおもしろいのである。例へば最初に名主・家主・店子や地主が出てくる。家主と店子は落語にもよく出てくるが、地主は聞いたことがないやうな気がする。まして「名主の配下に家主という者がある。」(498頁)とか、「名主に名主代があり、家主に 町代があった。」(同前)などといふことは知らなかつた。落語だとそのあたりは飛ばしてゐるのか、直接奉行、あるいはその配下の侍とつながるのかと思つてしまふのだが、実際にはさうではなく、家主にも上下があり、その上の名主にも上下があるらしい。かういふ支配構造の方が、確かに漏れはなくなるし合理的でもある。また、「地主・店子の負担」(500頁)といふ項目もあり、その内容が簡潔に書いてある。これらは一般の歳時記には出てこない。本書下編が歳時記として優れてゐる点である。い や、欠点かもしれないけれど、私には十分におもしろいし役に立つ、異色の歳時記と言へよう。
・この後、更にあるのが店を持たない〈商売人〉である。売卜者は街角の八卦見、易者であらう。この手の人が出るのはどの辺りで、どんな着物を着てどんな様子で占ふかなどといふことが書いてある。「いかにも由ある武士のように見せた。」(502頁) のは、何事も見た目が大事といふことであらう。「お記録本屋」(504頁)は、「外神田御成道の入り口である広場に筵を敷いて、古書籍を陳ねて商う本屋の老爺」(同前)である。その名の由来や安売りをしないなどといふことが書いてある。個人のは他にもあるが、個人でないものもあり、「石見銀山鼠取受合」(509頁)は殺鼠剤売り、「鳥指」(523頁)は将軍家の鷹匠の飼ふ鷹の餌の雀を捕る仕事である。商人ではない、と書いていつたら切りがない。「夜鷹」(548頁)、「紅かん」(554 頁)、「乞食芝居」(558頁)、「縄衣裳の乞食芝居」(560頁)、「猫八」(579頁)等々、個人もあればさうでない者もある。しかし、いづれも筆者実見の大道商人(の類)である。店を持つのが難しいからには人出の多い場所で商売するに如くはない。これらは乞食同様、様々なしかたで金をせびつてゐたのである。かくも様々な大道商売、あるいは乞食の類がゐた。かういふのは普通の歳時記からは大体漏れる。それを実見に基づいて書いてある。下編の妙である。下だけ読むのもありと言へよう。ちなみに、菊池貴一朗は4代目広重であつた。