あらすじ
《「日本」とは、畢竟(ひっきょう)、「日本語」である。日本語の根本原理を蔑(ないがし)ろにしたときこの国は崩れる!》 古来、「天」から「地」へ向かう重力と格闘しつつ、縦に文字を書き、言葉を紡ぐことによって日本人の精神は醸成されてきた。日本語を横書きにすることは、英語(アルファベット)を縦に綴るのと同じ「愚」である。だが、その愚行が世を席捲したいま、日本人の精神は荒み、崩れつつある。その最大の犠牲者は、言葉を習得途上の子どもたちである。パソコン、ケータイ=ネット社会に狙い撃ちにされる彼らは、日々見えない血を流している……。「改革」の名の下に暴走する現在の日本を、気鋭の書家が人間と言葉の根源から見据えた警世の書、待望の電子化!
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Posted by ブクログ
書道家の本ということで、余り期待しないで読んだんですが(失礼)うれしい誤算でした。
日本語はかな、カタカナ、漢字(音読み、訓読みがある)を使い分ける、世界に類を見ない精密な言語である。
文字は、「手」が書く。
今の日本人の感受性、表現能力が落ちてきているのはパソコンによる文字入力のため。例えば、「あき」と入力する時、秋なのか飽きなのか空きなのか、スペースキーを押しながら選ぶことが書くこと、となってしまっている。
これが、「秋」と手で書こうとすると間違って「空き」と書いてしまうということはあり得ない。
日本語においては、上が天、下が地、という位置づけになっている。上から下へ、は自然な流れである。横書きにしてしまうと表層的で遠近感のない日本語になる。かなは上から下なら続け文字で書けるが横向きに無理やりつなげようとすると字の形にならない。
「選手」「書き手」など、手は人そのものになぞらえることができる。
今の子供たち、若者がペンをしっかり持てないのは、シャープペンシルの普及のため、ペンを不自然に立てて書く習慣がついているから。
Posted by ブクログ
ジャケ買いならぬタイトル買いしたが、確かに面白かった。のちに書家で芸術家だと知る。アーティストらしく自己心酔が適度にあって自由な発想と深い考察で、文章作品としてアートを感じる。
Posted by ブクログ
懐古主義的本かな、と高をくくって読み始めたが、いきなり殺人の話からである。縦か横か、という話だけではない。「殺す」と「書く」には、相当なエネルギーが求められる。しかし僕も今その文字を「打った」。しかも横書きで。
昔から言われていることだけど、縦書の時のペンの運びと、横書き丸文字のペンの運びなどを見れば、なるほど日本語は縦書用だと少し納得もするけれど、僕は左利きだ。そもそも縦書に対しても、まっとうではない書き方なのだ。さてどうしたものなのか。
縦書には天と地がある、とか、美的な部分では面白いところが多数ある。言葉を綴るときに美意識をもっておけ、ということは心に留めて、今日もパソコンで横書きしよう。ごめんなさい。