あらすじ
いかに軍隊が狂気の集団であり、将兵の一人ひとりが沖縄の住民にとってまったく気の許せぬ隣人であったかを克明に描いた傑作!
元NHKディレクターで大宅壮一賞受賞者の国分拓の解説。
「残酷な近代戦が最も圧縮したかたちで行われた唯一の実例」としての沖縄戦。
住民の四割近い死者の加害者は米軍だけではなかった。
友軍とたのむ日本兵によって避難壕から追い出され、赤ん坊は毒殺され母親は慰安婦扱いされた。
敗戦後にもかかわらず、保身にかられた隊長によって住民は斬殺された。
さらに戦後、米兵によって引き起こされた轢き逃げ、強姦、殺人……。
日本軍、米軍の別なく、いかに軍隊が狂気の集団であり将兵の一人ひとりが沖縄の住民にとってまったく気の許せぬ隣人であったかを、起こった事件を例示して克明に描いた傑作ノンフィクション!
1982年4月徳間文庫刊の新装版。
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Posted by ブクログ
沖縄が日本に復帰してから10年が経った1982年に出た本だ.
おそらく,その頃には内地では「戦後」なんてもうとっくに終わったこと,みたいな感覚が広がっていたんじゃないかと思う.
当時,僕は小学校3年生.「はだしのゲン」は読んでいたし,父から沖縄戦の話もぽつぽつ聞いてはいたけれど,それはあくまで「歴史」の話で,現実味は薄かった.戦争って,どこか遠くの世界の出来事で,半分フィクションみたいに感じていた.
2〜3年に一度,まだ祖父が生きていた頃に,父の兄弟や親戚を訪ねて沖縄に行く「ちょっと退屈な旅行」があった.58号線沿いの看板は英語だらけで,どこの家に行っても軍服姿の肖像画が飾られた仏壇があって,ひたすら手を合わせて回った.
今思えば,あのとき僕は「復帰後10年」の沖縄の空気を,生で感じ取っていたんだな,と思う.
この本は,沖縄の人たちの悲しみや怒りを声高に訴えるわけでもないし,感情を煽るような書き方もしていない.むしろ,裁判記録や新聞記事を淡々と並べているように見えるし,取材の踏み込みも控えめに感じた.
でも,ページを進めるうちに気づいた.あれは「踏み込まなかった」んじゃなくて,「踏み込めなかった」,いや,「踏み込む資格がない」と佐木隆三自身が痛感していたんじゃないかって.
慰めも,同情も,煽情もない.ただ淡々と,事実を置いていくだけ.だからこそ,かえって重たく響く.
その静けさが,僕の父や,親戚たちや,あるいは今も沖縄で生きている僕のいとこたちが,胸の奥に抱えているものと,静かに共鳴しているように感じた.
僕の父は1942年生まれ.物心つく前の記憶かも知れないけど,沖縄戦をまさに「ど真ん中」で経験している.伊江島が戦場になって,家族と一緒に辺野古へ逃れ,山原の山中で避難生活を送ったという.その話を,父はぽつぽつと語ってくれた.
「言葉狩り」に遭った話や,不発弾の爆発の話を,父はときどき笑い話のように語ってくれた.僕は子どもの頃,それをそのまま笑って聞いていたけど,大人になった今では思う.
そうでもしないと語れないくらい,本当は辛くて怖くて,心に深く残る体験だったんじゃないかって.
戦後,伊江島に戻ったあとも,不発弾の爆発は頻繁に起きていたらしい.危険と隣り合わせの日常.
それでも父は,自分の過去を声高に語ることはなかった.ただ,必要なときに,静かに伝えてくれた.
その言葉たちは,僕にとって何よりの「証言記録」になっている.
沖縄戦が「歴史」になり,語り手が減っていくなかで,家族から受け継いだリアルな記憶こそが,今の僕の軸になっている.
父は12人兄弟のうち,戦争で4人を失っている.2人は戦死,1人は病死,そして1人は伊江島で日本兵に殺された.
この本に書かれている史実は,僕にとってまったくの他人事ではない.
父自身も,戦後の栄養失調やマラリアで小学校の入学が1年遅れた.
伊江島では比較的裕福な家だった父の家ですら,そんな状態だったのだ.
土地を奪われ,耕す手段も奪われた人たちに,「自分の力で立ち上がれ」と言うのは,あまりに酷だ.
「基地の周りに金欲しさで群がってきたくせに文句を言うな」なんて言葉を聞くたびに,怒りというより,ただただ呆れるしかない.
人はどんな状況でも,生きる道を選ぶ.それを外からとやかく言う権利は,誰にもないはずだ.
「潔く自決」が美徳だった時代こそが,おかしかった.
そんな時代を賛美することは,人間に対する冒涜だし,国家への冒涜でもあると僕は思っている.
正直言うと,これまで僕は佐木隆三の作品を避けてきた.
「内地の人間に沖縄のことが書けるわけがない」って,ちょっと斜に構えた目で見ていた.
でも実際に読んでみてわかった.それこそが作者自身がもっとも痛感し,苦しんできたことなのではないか.
彼の筆は,僕のような「ヤマトに住む2世」よりもずっと真摯に,沖縄に向き合っていた.その誠実さが,行間からにじみ出ている.
遅ればせながら,これから彼の本を少しずつ読んでいこうと思う.
Posted by ブクログ
佐木隆三『証言記録 沖縄住民虐殺 日兵逆殺と米軍犯罪』徳間文庫。
1982年に徳間文庫から刊行されたノンフィクションの新装版。
佐木隆三が実際に沖縄に暮らしながら、沖縄住民の証言を集めたノンフィクションである。
読んでいて怒りが込み上げて来た。
戦後80年、石破茂がアメリカを同盟国などと言っているが、安保条約の名の下に未だにアメリカによる日本の一部領土支配が続いているし、ロシアによる北方領土の不法支配も続き、領土返還は果たされていない。そういう点では、日本は未だに戦時中であると言っても良いのではないだろうか。
ベトナムに派遣された米軍兵士の数は50万人で、沖縄はベトナムの4分の1の面積にも関わらず、45万人もの米軍兵士が殺到した。当時の沖縄に暮らす日本人が49万人余りであったことを考えると異常なことである。また、それだけ沖縄での日米の戦闘が住民を巻き込み、悲惨極まりなく、苛酷を極めたということなのである。
しかし、沖縄の住民にとっての敵は米軍だけではなく、日本軍も敵であったのだ。日本軍は、沖縄の住民を日本人とは異なる琉球人と蔑み、住民から食糧を略奪したり、赤ん坊を毒殺して母親を慰安婦扱いしたり、住民にスパイの疑いをかけ、殺害したりと極悪非道の限りを尽くしたのだ。
与党の石破茂率いる自民党が国民の民意を無視し、裏金を集めたり、税金の無駄遣いを行うのは日本軍の極悪非道な行為と何ら変わりがない。
さらに米軍による強姦や殺害事件は終戦後も続き、加害者は一様に罪を逃れるのだ。そればかりか、安保条約締結により沖縄は長らくアメリカの植民地として扱われ、沖縄が日本に返還された後も沖縄に在留する米軍による強姦や轢き逃げ事件は後を絶たない。そして、現在でも日米地位協定により加害者は米軍により護られているのだ。
先日の参議院選挙で参政党が日本人ファーストを唱え、核兵器による武装の方が軍事費は安上がりだと述べて、マスコミなどからバッシングを受けたが、まさに参政党の言う通りではないかと思う。所詮、アメリカ人などは日本人は黄色い猿くらいにしか思っていないのだ。そんなアメリカ人などには乱れた自国にお帰り頂き、日米安保条約、地位協定は廃止、核兵器による武装で自国の防衛を行うのだ。
本体価格930円
★★★★