【感想・ネタバレ】とびこえる教室:フェミニズムと出会った僕が子どもたちと考えた「ふつう」のレビュー

あらすじ

「ふつうって何だろう。」私はこれまで幾度となく、この言葉を心の中でつぶやいてきました。子どもの頃、スポーツが苦手で、女の子とおしゃべりをしたり、交換日記を書いたりするのが好きだった私。初恋の相手は男の子で、いわゆる「男子ノリ」にもなじめませんでした。そんな私に投げかけられたのは、「男の子ならふつうは~」という言葉。大人になっても、「社会人の男ならふつうは~」という声に息苦しさを感じます。

「ふつう」からこぼれ落ちる人たちの姿を見つめ、問いかけたいと思い、私は教師になりました。今では「ジェンダー」や「多様性」という言葉が広まったように見えますが、日本のジェンダーギャップは依然深刻です。学校でも、「異性愛が当たり前」「男らしさ・女らしさに従うべき」といった空気は根強く残っています。

本書では、「ふつう」とは何かを問い直しながら、子どもたちが自分らしく生きるために、教師として何ができるのかを考えていきます。


<目次>
はじめに
「ふつう」アレルギーの教師
私の人生と実践

第1章 男らしさに苦しんだ子ども時代
私はこんな家で育った
受験に失敗して入った私立小学校
先生に殴られないから「女子はずるい」
突如、暴力教師に変貌した塾の先生たち
父という暴君が支配する家
星野家を支える歯車の一つとして
「俺」という一人称が使えなかった僕の初恋
男社会のノリに過剰適応した中高時代
「男らしさ」を勘違いしていた男子高校生たち
ジェンダー規範にとらわれない「虫愛づる姫君」を教えてくれた毛利先生
高校卒業時には自己責任論者に

第2章 学問と出会い、世界の見え方が変わる
大学に入って 学問と出会う
はじめてのカムアウト
両親へのカムアウト
父に連れていかれたトランスジェンダー外来
大学で出会ったやさしい男たち—「クズィーズ」との出会い
「クズィーズ」のみんなと築いた友情
誰もが自分を語ることで楽になれるはず

コラム「赦し」でもなく、「告発」でもなく

第3章 学校で壊れた私が自分の声を取り戻すまで
出版社を退職し教員をめざした理由
「こんなことをするために教師になったのか……」
休職中に感じた自分の「弱者性」への嫌悪
本を通じて服従の構造に気づく
フェミニズムとの出会いで感情を言語化しはじめる
6ヶ月かけて書いた父への手紙

コラム 男らしさって悪いもの?—竹野内豊とドゥカティと僕

第4章 私の教育実践—「生と性の授業」
私を救ってくれたフェミニズム
フェミニズムに目覚めた私が最初に取り組んだ「生と性の授業」
「女子力」という言葉をきっかけにジェンダーについて学ぶ
学びのタイミングは必然性を伴いやってくる
保護者に「生と性の授業」のねらいをどう説明したか
保護者の否定的な感想で実践から逃げたくなる
私に実践を決意させた壁の落書き
セクシュアリティについて子どもたちにどう教えたか
子どもたちと「ふつう」について考える
卒業式の慣習を変えた子どもたち
「聞く非当事者」から「語る主体」へ変わった子どもたち
教育とは時間を必要とする営み
「生と性の授業」が子どもたちに教えてくれたこと
自分の人生の主導権を他人に渡すな
応えたのは誰のまなざしか—子どもの声を代償にして
承認されたい男、報われない教師
3つの形のトーンポリシング
「複合型トーンポリシング」を子どもたちにした私
ケアの不在と報われなさのゆくえ

とびこえるダイアローグ① 毛利いずみ×星野俊樹

第5章 「自分らしさの教育」から一歩先へ
点から線を意識した実践へ
子どもも親も苦しい
クラスに「男らしい文化」が蔓延して起きたこと
私がしてしまった暴力的な指導
「受容的なスタンス」の問題点
教室で再生産される性別役割分担
保護者からの反応
教師たちのジェンダーブラインドな反応
柔らかい声をエンパワーすること
「男らしさにとらわれた」男子たちの背景
暴力は構造から立ち現れる
子どもの文化に関心を持つこと
「だいじょうぶ?」で加害的な男子の心をほぐす

コラム 秩序とは何か—「自由」と「抑圧」という二項対立をこえて

第6章 私の教育実践、私の物語
セクシュアリティを明かす葛藤
私には物語がいつも必要だった

コラム 「性別にとらわれない」と「あえて性別にこだわる」の間で

第7章 語りが祈りになるとき
ある男子中学生とのやりとり
語りを当事者に押しつけないために
傷つきと特権のはざまで、語り続けること
語れなかったことを語るために

とびこえるダイアローグ② 前川直哉×星野俊樹

おわりに
母の刺繍、父の写真
謝辞

参考文献リスト

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Posted by ブクログ

タイトルを読んだ段階では、この本の内容が想像できなかった。
サブタイトルに「フェミニズム」とあるのだから、もう少し想像してもよさそうな
ものだが、ドラマのタイトルに引っ張られてか、学校もの、と思い込んでいた。

読み始めて、著者の壮絶な生い立ちに胸が苦しくなった。
家父長制と父親による体罰。受験校に入っても教師による体罰。
著者は40代後半。昭和の日本家庭、日本の学校の負の部分を背負っていた。
ずっとこういう環境の話かと思いきや、そうした環境の中で目覚めた同性への想い。
この本の方向はがらりと変わる。
家父長制からフェミニズム、ジェンダーに移る。もちろん関係はあるが。
彼は大学時代、女性の友人に恵まれ、カミングアウトしても受け入れてもらえた。
出版社に就職し、激務で体を壊して、教師になることを考え、実現する。
そして子供たちに向き合う。こどもたちの中にもジェンダーがある。
「男らしさ」があるのだ。
次第に彼は子供たちにセクシュアリティを教えることを決意。
ここに自分の体験を絡めることを考え、悩む。
ベル・フックスの「学ぶことはとびこえること」という本に接し、
小学校教師としてそれはできないと考え、安定した職業を辞め、独立し、
社会にうったえる道を選ぶ。
この本のタイトルはここにあったのだ。

私は幸い?さほど家父長制の色のない家に育ったし、家でも学校でも暴力には縁なく
過ごせた。そして女性を愛するところとなった。
これらの点においてマイノリティにはならなかった。
なので身をもって理解することはできないのだが、本やらpodcastやら、
後付けの知恵で、つまり学びで、マイノリティについて考え、尊重できるように
なってきていると自負している。
しかし残念ながら今の世の中は、政治家からしてそれをかなぐり捨て、
自分の地位の保全だけを考え、行動している。アメリカでも日本でも。
それだけ経済環境が苦しくなってきているのだろうけれど、、

学ぶことの大切さを改めて思う。



はじめに
「ふつう」アレルギーの教師
私の人生と実践

第1章 男らしさに苦しんだ子ども時代
私はこんな家で育った
受験に失敗して入った私立小学校
先生に殴られないから「女子はずるい」
突如、暴力教師に変貌した塾の先生たち
父という暴君が支配する家
星野家を支える歯車の一つとして
「俺」という一人称が使えなかった僕の初恋
男社会のノリに過剰適応した中高時代
「男らしさ」を勘違いしていた男子高校生たち
ジェンダー規範にとらわれない「虫愛づる姫君」を教えてくれた毛利先生
高校卒業時には自己責任論者に

第2章 学問と出会い、世界の見え方が変わる
大学に入って 学問と出会う
はじめてのカムアウト
両親へのカムアウト
父に連れていかれたトランスジェンダー外来
大学で出会ったやさしい男たち—「クズィーズ」との出会い
「クズィーズ」のみんなと築いた友情
誰もが自分を語ることで楽になれるはず

コラム「赦し」でもなく、「告発」でもなく

第3章 学校で壊れた私が自分の声を取り戻すまで
出版社を退職し教員をめざした理由
「こんなことをするために教師になったのか……」
休職中に感じた自分の「弱者性」への嫌悪
本を通じて服従の構造に気づく
フェミニズムとの出会いで感情を言語化しはじめる
6ヶ月かけて書いた父への手紙

コラム 男らしさって悪いもの?—竹野内豊とドゥカティと僕

第4章 私の教育実践—「生と性の授業」
私を救ってくれたフェミニズム
フェミニズムに目覚めた私が最初に取り組んだ「生と性の授業」
「女子力」という言葉をきっかけにジェンダーについて学ぶ
学びのタイミングは必然性を伴いやってくる
保護者に「生と性の授業」のねらいをどう説明したか
保護者の否定的な感想で実践から逃げたくなる
私に実践を決意させた壁の落書き
セクシュアリティについて子どもたちにどう教えたか
子どもたちと「ふつう」について考える
卒業式の慣習を変えた子どもたち
「聞く非当事者」から「語る主体」へ変わった子どもたち
教育とは時間を必要とする営み
「生と性の授業」が子どもたちに教えてくれたこと
自分の人生の主導権を他人に渡すな
応えたのは誰のまなざしか—子どもの声を代償にして
承認されたい男、報われない教師
3つの形のトーンポリシング
「複合型トーンポリシング」を子どもたちにした私
ケアの不在と報われなさのゆくえ

とびこえるダイアローグ① 毛利いずみ×星野俊樹

第5章 「自分らしさの教育」から一歩先へ
点から線を意識した実践へ
子どもも親も苦しい
クラスに「男らしい文化」が蔓延して起きたこと
私がしてしまった暴力的な指導
「受容的なスタンス」の問題点
教室で再生産される性別役割分担
保護者からの反応
教師たちのジェンダーブラインドな反応
柔らかい声をエンパワーすること
「男らしさにとらわれた」男子たちの背景
暴力は構造から立ち現れる
子どもの文化に関心を持つこと
「だいじょうぶ?」で加害的な男子の心をほぐす

コラム 秩序とは何か—「自由」と「抑圧」という二項対立をこえて

第6章 私の教育実践、私の物語
セクシュアリティを明かす葛藤
私には物語がいつも必要だった

コラム 「性別にとらわれない」と「あえて性別にこだわる」の間で

第7章 語りが祈りになるとき
ある男子中学生とのやりとり
語りを当事者に押しつけないために
傷つきと特権のはざまで、語り続けること
語れなかったことを語るために

とびこえるダイアローグ② 前川直哉×星野俊樹

おわりに
母の刺繍、父の写真
謝辞

参考文献リスト

0
2026年01月22日

Posted by ブクログ

ふつうとは何か?この問題ももしかして答えのない問いかもしれないが、考えることが重要である。男女の平等や差別、区別を議論するのは大変難しい。差別は問題外だが区別はある。男性と女性の役割も平等とはならない。など、議論するにふさわしい内容は多岐にわたるであろう。
首を傾げる場面もあったが、フェミニズムにとどまらず、教育現場で必要な考え方が丁寧な文体で書かれている良書であった。

0
2025年11月23日

Posted by ブクログ

著者による魂の本。これまでの人生で抑圧され続けたことに対する疑問を、教育の実践という形で答え合わせをしているのかもしれない。自分のジェンダー感を確認しながら読むことができた。

0
2025年11月29日

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