あらすじ
世界一周の歴史をたどれば、近現代史の意外な横顔が見えてくる――「ダーウィンの進化論は世界一周なくしては成立しなかった?」「マゼランはなぜモルッカ諸島を目指したのか?」「19世紀の世界一周パックツアーの旅程とは?」などなど、国際報道に携わる日経記者が、横浜、香港、ロンドン、ジュネーブまで、各都市を自ら旅しながら、500年の歴史を振り返ります。カラー口絵つき。
【目次】
はじめに なぜ人は世界一周を目指すのか
第1章 横浜 渋沢栄一と世界一周の意味
第2章 モルッカ諸島 マゼランと世界を見る目
第3章 ロンドン トマス・クックと世界一周の民主化
第4章 香港 パンナムと空の旅の黄金時代
第5章 ニューヨーク 日航世界一周と「国民の悲願」
第6章 ブリストル コンコルドとスピード信仰の時代
第7章 ダンディー 世界一周取材「レディースツアー」
第8章 ジュネーブ ベルトラン・ピカールと21世紀の旅行
おわりに
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Posted by ブクログ
日経ビジネス人文庫の歴史シリーズ。
このシリーズを見つけてしまうと、つい読んでしまうのですが、今回のテーマは一風変わったものです。古くは大航海時代、香辛料を求めて冒険した時代、明治維新における西洋列強の視察といったものから、世界一周旅行が大衆化にされるにつれ、船舶から航空機の利用と発展、目的が報道や環境保護に移っていく、その変化を、世界一周の出発地や目的地である都市をキーにして描くという、よくこんなテーマを思いついて、一冊にまとめたなあと感心してしまいます。
世界一周の500年の歴史をたどるとのことで、普通の歴史の教科書では分からない、違った視点で触れることができる、興味深い内容でした。
歴史を振り返りながら、なぜヒトにとって旅が大事なのか、そんなことをも考えさせられる一冊です。
▼世界一周を含む旅は異文化との出会いや新たな刺激の獲得によって、人の幸福感を高める。GDPに代わって幸福度が重視される世界では、旅の重要性も増す可能性が高い。
▼1960年代、70年代には世界中で様々な環境問題が認識された。80年代に入ると、オゾン層破壊の問題や熱帯雨林伐採などグローバルな環境問題にも焦点があたるようになった。そしてこうした環境問題の解決にあたり、科学万能を信じて自然を改編してきた人間の営みそのものにも強い反省が加えられた。人間だけが都合よく資源を使ってきた時代から、地球と共存する持続可能な世界を作る方向に思想の流れは次第に変わってきた。
▼現場取材に激しい逆風が吹くなかで、それでも現場に行くことの意味をどこに見いだせばいいのか。とりわけ、世界を見て歩く意味はどこにあるのかー。学者たちは自己の成長にその可能性を見いだす。
▼米国の社会学者ジェニー・ジャーマン・モルツは05年に発表した論文で世界一周旅行者がインターネット上に公開している旅行記の分析から、世界一周旅行によってコスモポリタン(地球市民)的視点が身につくことを明らかにした。世界一周は自文化を相対化してみる視点を養うからだ。世界の文化を知ることで、逆に自分の文化の独自性やかけがえのなさに気づくきっかけにもなる。
▼エドワード・サイードが『オリエンタリズム』(1978年)の中で批判したように、19世紀の西洋の作家は東洋社会をエキゾチックで遅れた、ヨーロッパの基準に劣るものとして描写する。このような描写を通じて西洋の優位性を強化し、植民地化の野望さえも正当化していく。
▼世界一周旅行を通じて、イマントは現代の多文化主義的な見解に通じるような自民族・自文化中心でない視点をある程度は習得することができたようである。2人の世界を見る目が具体的にいつ変わったのかについては原稿の中で何も触れられていない。だが、一連の記事は、世界一周が世界に対する公平で公正な視点を生み出す力を持つことをはっきりと示している。
▼世界を回って史跡を訪れるとか、名画を鑑賞する、美しい海や山を堪能するといった体験はこれからもそう簡単に置き換えられることはないだろう。バーチャル世界では人との交流や各地の社会の実情に触れることも難しいだろう。
そうであるならば、私たちは環境保護を考慮に入れながら、それでも世界を回る必要がある。
<目次>
はじめに なぜ人は世界一周を目指すのか
第1章 横浜 渋沢栄一と世界一周の意味
第2章 モルッカ諸島 マゼランと世界を見る目
第3章 ロンドン トマス・クックと世界一周の民主化
第4章 香港 パンナムと空の旅の黄金時代
第5章 ニューヨーク 日航世界一周と「国民の悲願」
第6章 ブリストル コンコルドとスピード信仰の時代
第7章 ダンディー 世界一周取材「レディースツアー」
第8章 ジュネーブ ベルトラン・ピカールと21世紀の旅行
おわりに
Posted by ブクログ
一度はやってみたい世界一周。でもそんなに長く家を空けておくことはできない。できる人は金と暇のある人だけ。
というわけで、まず登場したのが大河ドラマ『青天を衝け』に登場した渋沢栄一。激動の幕末から明治維新を迎えた栄一は、欧米視察を主目的とし、時のアメリカ大統領にまで逢っている。決してお気楽な漫遊旅行ではないのだ。一方同時代のアメリカ人カーネギーは、栄一が軽視したアジアを重要視。
「行って、われわれがいかに偏見に縛られているか、われわれ自身の進歩の多くがいかに波乱万丈で不確かか、いかにほとんどすべてが均衡しているかを、自分の目で確かめてほしい。最良のものをすべて持っている国家はなく、いくつかの利点に恵まれない国家もない。また、どの社会にも、自国の再興・最良の人々と肩を並べるような人格的特質を備えた人物が数多く存在するのだ(p56)」
世界一周を初めて成し遂げたのはマゼラン。しかし彼は旅の途中で殺されてしまった。但し現地民の間では、マゼランを殺したラプラプ(名前がやけにかわいい)が英雄視されており、勲章にも冠されている。そんなものである。マゼランの時代、博愛精神あふれるキリスト教の布教も、世界一周の目的の一つでもあったが、結果的に彼等が訪れた先は悉く侵略され、汝の敵を愛せよ状態ではなくなっている点が皮肉である。
当初船によるものだった世界一周は、やがて空の旅に移る。パンナムのファン・トリップは
「ひとつの国家やひとつの大陸だけでなく、やがて地球全体がひとつの地域となる。それは比喩的に言えば、通りを隔てた向こう側にあるようなものだ。この事実が人間関係の分野に及ぼす影響はとてつもなく大きい。(p171)」
と述べているが、現在さらに、世界が通りを隔てた向こう側にある感覚をもたらすのはSNSである。つまり行かずして世界を体感できるのだ。
ただ、それでも人は、旅への郷愁、好奇心をおさえられない。旅とは、それだけの魅力を備えている。