【感想・ネタバレ】ポッドキャストで伝えて(下)のレビュー

あらすじ

『アイとユー』はナゾの中学生アイが夕方6時15分に配信しているポッドキャスト。
リスナーから寄せられた悩みごとへのアイのコメントや、最後にアイが詠む短歌が
中学生に大人気!

中2の月穂は、『アイとユー』の熱心なリスナー。
両親の期待を裏切りたくなくて陸上部をやめられず、かといってほかにやりたいこともなく
毎日モヤモヤした気持ちで過ごしていたけれど、
『アイとユー』を聴くなかで、短歌に興味をもつ。
そんなとき、偶然、アイの秘密を知った月穂は……。

出会いをきっかけに、月穂とアイは、それぞれが抱える問題に正面から向き合うことに――。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

 儚さも 愛しく思ふ 頁哉

 物語を通して、許せなかった理不尽や、自分自身の苦手なこと、無理に改めることなく、けれど卑屈に諦めることなく、素直に向き合っていく。

 そんな穏やかで、やさしくて、少し切ない、希望に溢れた体験をしたい人におすすめの一冊です。お楽しみくださいませ。

 上巻を知っているとより没入出来ますが、知らなくても読める内容になっています。こちらから読むのも面白いかもしれません。




 ※
 以下、ネタバレ、政治的主張を含みます。
 感想、兼、個人的雑記、散文となります。
 時間の許す方のみお付き合いくださいませ。





ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・




 アイちゃんの正体が男性であることは、上巻の内容からしても、性に対して疑問的な様子から察しておりました。ただ、意図してトランスジェンダーを志向したり、またそれを推奨するようなものではなく、実際に、二次性徴を迎えても声が変わらないことを真剣に悩んでいる人を例にあげていたことには強く共感しました。それこそ、ホルモン治療などで無理に変える必要もありませんし、身体と付き合っていく大切なことです。そこを蔑ろにして、思想だけ先走るような内容ではないことが見事でした。



 あとは、アイちゃんこと、結城高嶺さんは、ラジオの時点でも気を使っていたので、彼が一番大切にしていることなのだろうなと思うのが、「気持ちをそのままあえて表現しない」「明確な否定をしない」ということです。

 愛は直接伝えるほどに遠ざかるとはまさにで、それこそ、和歌の巨匠、本居宣長さんの「もののあはれ」の通りなのです。
 極端な話、溢れる想いをそのまま伝えて、思った通りに叶うのなら、この世のなか、ストーカーの大勝利ですもの。懸想した相手を探して迫って求めるだけで叶うのなら、それを愛と呼ぶのなら、そういうことになります。

 そんなはずはないのです。
 人が、誰かを大切に、愛しく思うためには、そう思うための直感や、過ごした思い出、誠実さを感じられる体験や記憶が欠かせないのです。
 出会った瞬間に運命を感じるのはよほどに運が良いだけで、ほとんどの出会いには、そこから先により良い縁にするための努力が必要になるのですから。

 ゆえに、誰もが愛されるべきとか、世界は平和であるべきだ、といった主張は、「標語になる」と言い、和歌で歌うべきではないと、高嶺さんは断ったのでしょう。
 そこも尊敬します。
 自分が理不尽に悩んでいる立場でありながら、同じように悩む人たちに寄り添うことはしても、世界が間違っているから私の思いどおりになるべきだ!という傲慢紙一重のリベラル『かぶれ』になっていないのはすごいことです。
 そうならずに済んだのは、やはり彼を育てたおばあちゃんとの思いでの時間のおかげなのでしょう。ただ、思ったことを話し合う、聞いてくれる。それだけの幸せ、その小さな積み重ねが、長く生きていくための人格を形作っていくのですから。

 仕組みとしての因習に疑問を提案することはあっても、古くから続く家族との絆のような、保守的な文化を否定はせず、また自分もその絆を大切にし、そのおかげで自分の今があることを自覚している。学生さんにしておみごとだと尊敬するばかりです。
 それどころか、父親が子を育てることに興味を持てなかった理由にさえ、若干の同情を見せていることにはとにかく感動しました。彼が妻を、母を愛していたからこそ、彼女を失ったことが受け入れられなくて、新しい目標であるはずの子育てにこころが動かなかったのだと、許しているのですから。

 これはすごいことです。
 親の無関心を嘆くか憎むかぐらいしないと、理不尽にこころが折れてしまいそうなものですが、そうはならなかったとは……和歌で儚さを歌い、心と向き合うしなやかさを持ち、おばあちゃんとの思い出が、幸せを信じられる勇気を育ててくれた、そんな風に感じてくれているのかもしれません。



 また、個人の実力はあっても、それを他者に共有する言語を持たない人は、責任者になったとき、その場を高める士気になるのではなく、「こんなことも出来ないのか」と見下している態度に見えるというのは、なんとも衝撃的でした。自分に自信がないと、相手の無言がそう見えてしまうのですね……ただ、何をどう伝えれば良いのか、その人自身が知らないだけかもしれないのに。
 とはいえ、その想像力が欠けていることも、一概には失礼と言いきれないのも難しいところです。実力のある人は、努力していて、努力しているのなら、研究していて、どうすればいいのか、自分でわかっているはずだろう……このぐらいは「当然だろう」と、後輩目線で、先輩を立てる気持ちで察しているのですから。



 あらゆる人の立場や思い込みがどのように綻び、そしてどのように解かれ、また結ばれていくのか。その奇蹟をたどりながら、心動かされ、共感し、明日の希望を得る。宮下恵茉さんらしい、やさしい物語。とても楽しかったです。寝る前の絵本感覚に向いてるかもしれません。笑

 



 最後に個人的脳内劇場配役紹介 ※継承略

 結城高嶺:村瀬歩

 月穂:直田姫奈

 本条奈央:種崎敦美

 です。他にも配役はありますが、適宜ということで。



 ここまで読んでくださり、
 ありがとうございます。

 あなたのこれからの日々が、
 あかるく、やさしく、
 おだやかなものになりますように____

0
2025年10月15日

「児童書」ランキング