あらすじ
その島は、右半分は観光や漁業で栄え、左半分は沼地が広がり寂れていた。薫は左半分に住み、栄養飲料の配達をしている。絵描きの瀬戸や魚屋の村井と仲がよい。ある日、願いを叶えてくれるという老女のもとへ行き、「魚になりたい」と告げる。老女は薫の脚と、配達に使っていた原チャリと引き換えに、薫を人魚にしてくれた。うれしくて泳ぎまわる薫。海にもぐって島の右半分に顔を出した薫に、新しい出逢いが待っていた。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
小さい頃から魚になりたいと思っていた薫。
島にある家にはそれぞれ泉があり、その水は地下で管のように繋がっていた。
男たちと話すのは楽しくて、だけど恋人という関係に縛られるのは避けたいと思っていた。
願いをかなえてくれるおばあさんに、ついに魚にしてもらい人魚となった薫は、地下を流れる水脈を泳いで、各家にある泉から顔を出しては人間たちを観察していた。
金持ちの男の人の家に住み着くようになり、愛のない結婚をして、恋はしなかったものの、島に住み着くワニによって完全な魚となった薫。
自由の身となったのに、瀬戸くんの家の金魚鉢に入れられ、彼をずっと見ていることは出来ても、話すことも体を重ねることもできなくなった。
独特な、世界観。
人との距離感って難しいのかも。
Posted by ブクログ
第55回群像新人文学賞受賞作品。
比喩表現のオンパレードで、特に最初は目がすべって読み進めるのに苦労した。非常に女性的な比喩を多用する、女性的な作品。
人魚の詳細な描写に関しては感服した。リアルなんだけれども、美しいイメージで包まれている描写だった。
人と魚の境目が曖昧で、その曖昧さがいい、と。これはこの作品を貫くテーマであるようだ。恋人? 友達? おにいちゃん? どうして関係をはっきりさせたがるのか、と。ただ好き、ただ大事、そんな関係もあってもいいじゃない。
主人公のこの主張はなんとなくわかるような気もする。決められた「言葉」にはめこんだ瞬間、その関係の重要な部分を取りこぼしてしまう気がする、そんな感覚なのだろう。鋳型からはみ出る部分が重要なのに。
終盤はマジックリアリズム的で私の好きな展開だった。薫が泉から顔を出した時の瀬戸君の反応、村井君の反応、山越君の反応、全部好きだ。夢の中にいるみたいな場面。
薫が人魚姫になるシーンは、その美しさが目に浮かんでどきどきした。
ラスト、自分の投げ込んだ王冠が生み出した汚い水に放り込まれたという終わりも想像力をかきたてられる。彼女が鬱屈したものを切り離すように捨てていった部分、そこに囲まれて生きるのを余儀なくされた薫は何を思うのだろう。
物足りないな、と思うのは薫がなぜ魚になりたがったのかの背景が描かれていないこと。別に明確な理由は求めていないけれど、想像のとっかかりになるようなエピソードくらいあってもよかったかなあ、と。あと、美咲についてもうちょっと掘り下げてほしかった。
こうしてこの作品の感想を書いていると、けっこういい小説だったのかなと思うのだけれど、とにかく文章が、比喩表現が、私には合わない。そのせいで純粋に面白いと思えず☆3の評価。