【感想・ネタバレ】先祖を千年、遡る 名字・戸籍・墓・家紋でわかるあなたのルーツのレビュー

あらすじ

自分の先祖はどんな人物だったのか――?
日本人の90%が江戸時代、農民だったとされるが、さらに平安時代まで千年遡ると、半数は藤原鎌足にルーツがあるという。今は庶民でも、かつては名家で、歴史的な事件の渦中にいたかもしれない。先祖探しのコツは、二方向から。まず名字・家紋からおおよその系譜にあたりをつけ、同時に、古い戸籍や墓石の情報から、寺や郷土の記録をたどるのだ。最終目標は、千年前の自家の名字を明らかにすること。先祖探しのプロが、自分自身の謎を解く醍醐味とその具体的手法を伝授する。

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Posted by ブクログ

自分のルーツに興味が湧いてよんでみた。戸籍がつくられはじめたのが、明治の初期だから9割がたの人は、明治初期の先祖の親ぐらいまでは分かるそう。さらに、その時の住所で、大体は身分まで分かるそうだ。戸籍以外の家紋のこととか、いろいろ書いてあって、普通に歴史本としても楽しめる本でした。

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2020年05月23日

Posted by ブクログ

皆さんも、自分のルーツを探してみてはいかがでしょう?
3世代前までは、把握できていてもそれ以上の祖先を辿ることは
なかなか無いのではないでしょうか?

3世代前までの祖先の数は、
曾祖父・曽祖母(8人)+祖父・祖母(4人)+父親・母親(2人)=14人

千年前は、大雑把に一世代30年として33世代。
(n代遡る祖先の総数) = 2^(n+1) - 2
2^34-2=17,179,869,182 (約172億人)

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2012年04月06日

Posted by ブクログ

タイトルの通り、自分のルーツを千年遡って辿る方法が書かれた本です。
自分のルーツを①上から=名字・家紋などから千年前の「氏」について仮説を立てる②下から=戸籍・墓・古文書などを頼りに自分からルーツを遡っていく方法が書かれていて、「上から」辿るというのは目からウロコでした。
あとは、千年以上遡ると藤原氏や天皇家から出た源・平につながる家が圧倒的に多いというのも意外と言うか何と言うか…。(極端に言うと人類みな兄弟的な)
まぁ自分の名字が何であれ、今ここに存在するのは千年もの間戦乱や天災があっても先祖が生き残ってきたからというのは説得力があると思いました。
本書の中で現実的なのは3章まででしょうか。4章以降はガチ味があってさらっと読み流しました。(縁がありそうな人に手紙を出すとかハードル高い)
現実的にやるとしたら戸籍を取ることでしょうが、実際数年前に戸籍を取ったことがあるのですが、手書きの字が読めねぇ…w ここで普通に挫折ですよ…w(改めて戸籍を見てみると、大正4年式の戸籍と思われる)ので、「戸籍を取る」だけならネットにも方法が載っているので出来ますが、むしろ「戸籍を読む」のがハードルが高いですね。(本書ではそこまでは触れられていない)
しかし千年なんて『葬送のフリーレン』じゃないけどおとぎ話みたいですよね。千年以前に直前が分からないから尚更そう思ってしまいます。
本書で戸籍は「リンクシステム」と表現されていますが、その「リンク」が間違っていても戸籍が取得できるのはちょっと怖いなと思いました。(戸籍は「家」の繋がりの証明にはなろうとも、「生物学的な」繋がりの証明にはならないですもんね)

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2023年10月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

先祖200年さかのぼるのは現在の戸籍法からでも
まま遡れる(明治五年壬申戸籍は門地で閲覧不可)
※明治19年の戸籍が最大遡れる
自宅にある系図があれば江戸時代の初めまで遡れ
るから400年分、さらに一族が有名どころなら
1000年も可能という話らしい(´・ω・`)

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2023年06月22日

Posted by ブクログ

うーん、まあ結局は江戸後期~明治初期までしか遡れないことが多いのね。あともうちょっと先祖うんちくを聞きたかった気がする。

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2018年01月20日

Posted by ブクログ

この本に書かれたとおり役所に申請して、高祖父が戸主となっている古い戸籍取り寄せた。
達筆の文字を丹念に読みほぐしていくと、無機質であるはずの記録文書が、にわかに温もりを帯びてくる。
困難な環境と激動の時代にあって、懸命に生き抜き、あるいは生き抜くことの叶わなかった先祖たちの存在を、
確かな実感を伴って想像することができた。

それ以上の遡りは、、、手間と時間がかなりかかりそうだし、仕事が落ち着いてからにしよう(;^_^A

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2012年09月18日

Posted by ブクログ

子供の頃に私の本家の方が家系図をまとめて自費出版をされ、父が私にその本をくれたことがあります。あれから30年程度経過し、ずっと埃をかぶっていたその本を本棚を整理していた時に見つけました。先祖をたどることは戸籍の保存の関係で、徐々に難しくなってきているようですね。

この本では、行政書士である丸山さんが、先祖を千年さかのぼるためにはどのようなことをすれば良いかについて書かれています。最終的には祖先の住んでいた場所に出かけて、そこに住んでいる長老や役場の記録物にあたるのが良さそうですね。

改めて私の祖先の歴史を調べて纏めてくださった本家の業績の素晴らしさに脱帽するとともに、時間を確保して一度お墓参りもするべきだなと思いました。

以下は気になったポイントです。

・藤原氏の末裔は現在の名字も「藤原」であるとは限らない、実はほとんどは藤原ではなく別の名字に変わっている、それは「藤」の文字と別の一文字を組み合わせた二文字の名字(佐藤、工藤、伊藤等)(p17)

・今皆が名乗っている名字も平安期まで遡ると全く異なる「姓」である(p19)

・大本の出自は異なっていても、その後、中世の頃にたまたま同じ地名のところに居住していたために、同じ名字になってしまっていることが多くある(p22)

・日本で最初の本格的な戸籍と見られる「庚午年籍」が作成されたのが天智天皇(第38:668-671)の時代で、この戸籍により人民の姓氏も確定された(p25)

・武士の中でもいわゆる上級武士(百石取り以上)はほんの一握り、武士の家系については分限帳という給与明細のようなものが現存していて先祖の年収もしることができる(p28)

・ある地域で同じ名字の家は皆同族である可能性が極めて高い(p34)

・明治時代に戸籍が作成され始めた本来の目的は、徴税と徴兵である(p38)

・古来の姓というものは天皇・朝廷から付与され、それにより賜った側は権威がつけられるという構図で成り立っている(p59)

・武士たちも普段は名字でお互いに認識していても、朝廷に対して自分の名前を名乗るときには、やはり「源」「平」「藤原」を名乗ります、徳川家康も公式文書では、源朝臣家康である(p60)

・大多数の名字は土地名を根拠にしている、土地名が先にあり、それを自らの土地だと示すために、名字とした、あるいはその土地の出身であるために名字としたのが大半(p63)

・清和源氏から生まれた代表的な3人として、源頼朝、足利尊氏、徳川家康がいる(p69)

・公家の家紋は優雅さを競う傾向に、武家の家紋はシンプルで目立つもの、武家らしく力強いものを用いる傾向にある(p87)

・明治5年式の戸籍(壬申戸籍)はそれ以前の宗門人別帳の影響が色濃く残っていて、菩提寺や氏神、受けた罰の情報も記載されているので法務局から厳重封印されいている、現在取得できる最も古い戸籍は様式改正された明治19年式(p99)

・明治5-19年までの間の転籍情報が明治19年式戸籍に載っている可能性がある(p115)

・地租改正を巡って農民に正式な所有権が与えられ、その証明書が「地券」である、地券はやがて廃止されて土地台帳制度、さらに現代の登記制度へと変更された(p119)

・まずは可能な限り古い戸籍を取得し、その本籍地を地名辞典で調べるだけでも、江戸時代の自家の様子に迫ることができる(p122)

・現地に残る同性宅(自分の本家にあたる家)の現当主に信頼していただいて、そのうえでその方からお寺の住職に紹介してもらうことが望ましい(p155)

・お寺によっては戦国時代からの過去帳が存在しているケースがある、過去帳をつけ始めたのは江戸時代前半の寛永年間(島原の乱:1637)である(p162)

・戒名は、生前の本人の人生や性格を反映したもの、戒名は、院号+道号+戒名+位号からなる、戒名以外は、どれだけお寺に貢献したかで決まる(p176)

・分限帳には、現在の職員名簿とことなり、各人の給与額が堂々と書かれている(p203)

・知行取りとは、自分の領地をあてがわれることで、村に年貢を課して小さいながらもその村の領主となるわけで、武士にとっても最大の名誉、目標であった、「蔵米取り・扶持米取り」とは、領地は持たずに現金支給という給与形態、一般的には百石取り以上を上級武士という、彼らは現在まで家をつなぐことは可能であったと考えられる(p205)

・米17俵とは、現在の年収で100-200万円(p205)

2012年8月5日作成

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2012年08月05日

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