あらすじ
プラトンの主著は何か、と言われれば、たいていは『国家』という答えになるでしょう。確かに『国家』にはプラトン哲学のエッセンスが詰め込まれ、質量ともに主著の名にふさわしいことは間違いありません。しかし、長い歴史の中で最も大きな影響力をもったプラトンの対話篇はといえば、本書『ティマイオス』なのです。
神による宇宙の製作とさまざまな自然学的理論が論じられる後期対話篇である本書は、古来プラトン信奉者たちに重視され、前1世紀から後3世紀にかけての中期プラトン主義とそれに続く新プラトン主義の時代に特権的な地位を占めるに至りました。その伝統が近代にも及んでいることは、ラファエロの有名な壁画《アテネの学堂》でプラトンが手にしている書物が『ティマイオス』であることに、はっきり示されています。
ソクラテス、ティマイオス、ヘルモクラテス、クリティアスの四人を登場人物とする本書は、導入部以外はすべてティマイオスのモノローグで構成されています。おそらくプラトンが創作した架空の人物であるティマイオスが語る宇宙論は、国家においても個人においても理性こそが主導権を握るべきだ、というプラトンの主張を正当化するものとして提示されます。この宇宙は必然や偶然の産物ではなく、理性的な製作者(デーミウールゴス)によって、理性の対象(イデア)を手本として、理性的な魂をもつ生き物として構成された、というのがその骨子です。こうして宇宙が理性によって導かれているのなら、それと類比関係にある国家においても個人においても、気概や欲望ではなく理性が支配することこそが自然にかなった正しいあり方だということになります。本書においてプラトンは、国家と人間のあるべき姿を宇宙全体の構造の中に根拠づけることを企てたのでした。
本書は、それぞれの時代、それぞれの思想家において、さまざまに異なる観点から関心の対象とされてきました。ユダヤ教徒やキリスト教徒は『創世記』の神の世界創造を理解するヒントを本書に求めたでしょう。新プラトン主義者は形而上学的真理のアレゴリーとして本書を読んだでしょうし、錬金術師は神の創造を自らの手で再現するための秘密を本書に読み取ろうとしたかもしれません。そして、自然学者や科学者にとって、宇宙の始まりと物質の究極という科学にとっての永遠のテーマを追究する本書が関心の対象となったことは言うまでもありません。
そうして「プラトニストのバイブル」とまで呼ばれた本書『ティマイオス』は、しかし日本では、なぜかこれまで文庫版が存在しませんでした。この状況を打破するべく、最良の訳者を得て、満を持しての新訳を皆さまにお届けいたします。
[本書の内容]
ティマイオス
訳 註
訳者解説
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Posted by ブクログ
中世哲学研究でよく語られるデミウルゴスによる創造神話を、あるいは納富信留氏の『プラトン 理想国の現在』を読んでポリテイアに匹敵する壮大な哲学論を期待してティマイオスを読もうとする読者は、ひょっとしたら肩透かしを食らってしまうかもしれない。むしろそこで語られるのはポリテイアで語られたような壮大な哲学理論ではなく、プラトンやアリストテレスが共通して持っていたであろう目的論的世界観に基づく人間論であるからである。それもいま私たちが人間論という言葉で受け留めるものではなく、人間という存在が如何なる特色を持っているのかという探求を通した、いわば生理学に近いそれであるからである。
とはいえ本書の解説でも触れられているように中世ヨーロッパでプラトンの著作として知られていたのは圧倒的にティマイオスであり、私たちが今親しんでいるプラトン著作の全体像を享受しうるようになったのはそれより時代が下ってからのことである。ラファエロの有名な絵画「アテナイの学堂」の中心にはプラトンとアリストテレスが立っており、プラトンはティマイオスを片手に天上を指し、アリストテレスはエティカ(倫理学)を片手に手を広げている。この絵でもティマイオスがプラトン思想を代表しているように、プラトン著作全体が広く受け入れられるようになるにはステファヌス版の刊行、あるいはフィチーノのラテン語訳の普及を待たなければならなかったのである。
先に納富信留氏のプラトン論に言及したように、ティマイオスはポリテイアと密接に結びつき、その冒頭はポリテイアの要約から始まっている。出だしでポリテイアの内容に沿ってあるべき人間の生き方を確かめたのちに語られていく人間論は、私たちの日頃親しみのある言葉遣いを容易に飛び越えていく。解説で印象的に指摘されているように、アナンケー(必然)という言葉はテュケー(偶然)をさえ含み込む。必然という言葉に法則的なそれを読み込んでいる私たちの言葉を揺さぶり、私たちの言語観をさえ揺さぶる力をこの著作は備えているのである。一見奇異な四元素や多面体に託された性質も、その内容を仔細に検討していくと、むしろ彼らが知っていた自然科学は私たちが想像するよりもはるかに柔軟で、本質的であったのではないだろうかと思われる節があり、中には解剖などの知見を含んでいると思われる記述さえ見いだされるのである。
ティマイオスは今まで熱心な読者にとっての必読書として留まってきたように思う。しかし本書の刊行によってプラトンその人と中世哲学の理解に欠かせない重要文献として私たちの共通の書となる端緒がようやく与えられたのではないだろうか。本書の刊行を心から喜びたい。
Posted by ブクログ
「ティマイオス」は前に現代書館のやつで読んで正直全然頭に入ってこず、読み直す気力もわかない…と言う感じだったのだけど、これはちゃんと話の内容が分かって嬉しかった。
デミウルゴスによるイデアを模した宇宙の生成と、神々による宇宙を模した人間の生成を見て、そして三角形の組み合わせで作られる土・水・空気・火による物体の成り立ちの話をし、物体としての人間の体の構造をつぶさに見ていく。
ちょっと分かりづらいと感じたところでは註でざっくり内容をまとめてくれていたり、文章で分かりづらい三角形や多面体の話なども註に図を出してくれていたりしてとても親切。解説の「必然」の話もとても参考になった。「ティマイオス」二冊目でも買ってよかったと思える。また必要のある時に読み返していきたい。