【感想・ネタバレ】1954 史論―日出ずる国のプロレスのレビュー

あらすじ

1954年(昭和29年)、日本で男子プロレスと女子プロレスが本格的に始動し、熱狂的に迎え入れられた。
力道山、木村政彦、山口利夫、猪狩定子といった我が国のプロレス創成期を彩ったレスラーたちは、どういう経緯を経て四角いリングに上がったのか? そもそも、なぜプロレスはアメリカから輸入され、日本に定着したのか?
70年におよぶ歴史を持つ日本マット界のルーツを詳細に掘り返し、大日本帝国の敗戦からプロレスブームを巻き起こしたシャープ兄弟の来日、そして伝説化されている力道山vs木村政彦の喧嘩マッチを濃密に考察した渾身の快作。全世代のプロレスファンがこの物語を知る必要がある――。


<著者プロフィール>
小泉悦次(こいずみ・えつじ)
1960年5月14日、東京都北区生まれ。サラリーマンの傍ら、1996年よりメールマガジンにてプロレス記事を配信。プロレス史研究を深化させるにつれて、ボクシング史、相撲史、サーカス史、見世物史など隣接領域の研究も進める。プロレス文壇デビューは、2002年春の『現代思想・総特集プロレス』(青土社)。2009年より『Gスピリッツ』にプロレス史記事をレギュラーで寄稿、現在に至る。2018年、『プロ格闘技年表事典−プロレス・ボクシング・大相撲・総合格闘技』(日外アソシエーツ/紀伊國屋書店)を編集。著書に『史論―力道山道場三羽烏』(辰巳出版)がある。

<目次>
プロローグ 日本で最初の女子プロレスラー・猪狩定子の回想

第1章 「日本の敗戦」と「世界のプロレス」

第2章 なぜプロ柔道は失敗に終わったのか?

第3章 パン猪狩がパリで見た「レッスルする世界」

第4章 関脇・力道山の「大相撲廃業」と「プロレス転向」

第5章 1952年、それぞれのアメリカ武者修行

第6章 1953年7月30日、日本プロレス協会が発足

第7章 プロ柔道出身たちと猪狩一座のプロレス

第8章 力道山の第二次アメリカ武者修行

第9章 日本プロレスの旗揚げシリーズが成功した理由とは?

第10章 日本のプロレス創成期を支えた顔役

第11章 ミルドレッド・バーク一行の日本ツアー

第12章 力道山vs木村政彦戦は八百長か、真剣勝負か?

第13章 〝昭和巌流島の決闘〟を「プロレス」として読み解く

エピローグ

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Posted by ブクログ

これまでの日本のプロレス黎明期の力道山中心史観に一石を投じる一冊。

日本のプロレス黎明期について知ることができた。
特に、力道山対木村政彦についての分析は抜群に面白かった。

0
2025年01月12日

Posted by ブクログ

知らなかった黎明期のプロレス史について詳しく書かれており、とてもおもしろかったです。
日本のプロレスは、アメリカのプロレスだけでなく、相撲や柔道、浪曲などの演芸がミックスされてできたら文化というのが意外でした。

0
2025年01月05日

Posted by ブクログ

なぜ力道山と木村政彦の一騎打ちは
凄惨なシュートマッチになったのだろう

黎明期にあった日本のプロレスでは
「ワーク」の難しさを
まだ誰もよくわかっていなかった
いきなり日本のエースになった力道山にしたところで
キャリア的にはまだまだグリーンボーイだったし
木村政彦はそれ未満だった
プロレスがカネになると踏んだ人々は
力道山の影響力を抑え込もうとコミッショナーを立ち上げ
3団体を巻き込み
お披露目として、件の力道vs木村をマッチメイクした
当初60分フルタイムドローの約束で試合は始まったが
結果は誰もが知る通りとなった
ワークがシュートに転じることもある
そんなこと思いもせず
酒気帯びでリングに上ってきた木村と対峙したとき
力道山が何を思ったかはわからない
わからないけども
大事な一戦でグダグダのフルタイムを客に見せることだけは
絶対にできなかったはずだ
そしてその判断があったからこそ
プロレスは八百長だなんだと言われつつ
今に続く一大ジャンルへと発展したのである
おそらく日本に限らず
プロレスの本質にはそういうイビツさがあった
ワーク舐めとったら血ィ見るで、という
一種の狂気をはらんでいた
ここにあるのは、そういった狂気と再び直面し
目覚めていった戦後日本の物語である

0
2026年06月13日

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