あらすじ
2024年3月、日本銀行はついに「異次元緩和」に終止符を打った。前総裁氏の就任直後に導入して以来、11年近くもの歳月が流れていた。いま振り返って気づくのは、日本経済が世界に例をみない異形の姿となったことだ。日銀が保有する国債残高は約590兆円に上り、普通国債の発行残高の56%に達する(24年3月末時点)。中央銀行が政府の資金繰りの面倒をみることは、財政規律を維持するための人類の知恵として、世界的に禁じられてきた。市場経済を掲げる国の中央銀行として異例の事態である。
財政規律の後退も著しい。IMF(国債通貨基金)の世界経済見通し(2024年4月)によれば、政府の財政状態を示す「一般政府の債務残高対GDP比率(22年見込み)」は257%と、世界約190ヵ国・地域中第2位の高さにある。国と通貨に対する信認は先人たちの努力の積み重ねによって築き上げられてきたものだが、このような財政状態を続けていて、いつまで信認を保ち続けることができるだろうか。
外国為替市場では、2024年4月、円・ドル相場が34年ぶりの1ドル=160円まで下落した。24年春の時点の実行実質為替レートは、1971年8月のニクソンショック時よりもさらに円安の水準、すなわち当時の1ドル=360円をさらに下回るレベルまで下落している。多くの日本人にとって、円相場はいまや未知の世界に突入している。これらすべてが日銀のせいというわけではないが、異次元緩和が果たした役割は大きい。にもかかわらず、日銀や政府からはあまり危機感が聞こえてこない。
異次元緩和の総括なしにこれからの金融政策を進めていけば、将来再び物価上昇率が低下した際に同じ道を辿る危険性がある。あるいは、物価目標2%にこだわるあまり、さらなる円安など、インフレ圧力への対処が遅れるリスクも否定できない。
本書は、異次元緩和の成果を検証するとともに、歴史に残る野心的な経済実験が生み出したものと、それが日本経済と私たち日本人にもたらす痛みと困難、そして、そこからの再生を考えるための試みである。
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Posted by ブクログ
元日銀理事で金融政策、金融・決済システムなどを担ってきた著者による「異次元緩和」批判の書。「異次元緩和」は、物価、実質GNP成長率にはほとんど影響を与えず、雇用は増加したものの非正規雇用の増加によるもので実質賃金は低下と生かはごくわずかな一方、「財政規律の弛緩」「市場機能の低下」「金融システムの弱体化」など深刻な副作用をもたらしたとデータをもとに論じている。
著者にとっては36年間勤務した日銀に対する思いは強いと思う(本書では黒田元総裁個人に対する直接的な批判はないが財務省から来て日銀をめちゃめちゃにしたという思いがあるのでは)。
著者は「通貨の信認の確保」こそが中央銀行の責務であり、「2%インフレ」に拘った結果、実質的な財政ファイナンスを行ってしまい、正常化には少なくとも10年かかるような事態となり、通貨の信認が揺らぐ事態を懸念している。
冷静な筆致ではあるが、この政策によって日銀の信任を毀損したのみならず日本経済にも禍根を残したことは許しがたい思いだったのではないか。
【目次】
第1章 異次元緩和は成功したのか?
第2章 高揚と迷走の異次元緩和 前代未聞の経済実験の11年
第3章 異次元緩和の「罪」 その1
すべては物価目標2%の絶対視から始まった
第4章 異次元緩和の「罪」 その2
超金融緩和が財政規律の弛緩を生み出した
第5章 異次元緩和の「罪」 その3
介入拡大が市場をゆがめる
第6章 異次元緩和の「罰」 その1
出口に待ち受ける「途方もない困難」
第7章 異次元緩和の「罰」 その2
なぜ立ち止まれなかったのか?
第8章 異次元緩和の「罰」 その3
国と通貨の信認の行方
第9章 中央銀行を取り戻せ
第10章 中央銀行とは何者か
あとがき