あらすじ
【第171回芥川賞候補作】
踊る、それがわたしたちの自由
海辺の老人ホームに集う女たちのゆるやかなつながり。
いま最も注目される新鋭の最新作。
「これってフツー?」
「わたしの中じゃね」
「クズミさんのフツー、ちょっとヘン」(本文より)
海辺の老人ホーム「雲母園」で派遣の清掃員として働くわたし、クズミ。
ウガンダから来た同僚マリアさん。
サボりぐせのある元同僚の神崎さん。
ニセモノのバス停で来ないバスを毎日待っている入居者のサトウさん。
さまざまな人物が、正しさとまちがい、本物とニセモノの境をこえて踊る、静かな物語。
感情タグBEST3
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クズミさんを丁寧に嘘なく書いておられるような、クズミさんってほんとうにいるんだなと思えた。こう言うだろう、こう展開するだろう、って勝手に思うけど結局そうはならない。確かに、クズミさんならそうなるだろうと納得させられる。でもクズミさんを説明しようとすればするほどわからなくなる。なんて生きるのは辛いのだろう。
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読みづらさ、わかりにくさと、自分好みの言葉使い・表現、声を出して笑ってしまうようなユーモア(ギャグ)が同居してる
自分好みの小説
主人公はちょっとひねくれたものの見方をする、それが一人称で語られるから、ひねくれ方が存分に楽しめる
とても気に入りました
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「噓つき姫」で一躍有名となった坂崎かおるの最新刊。文學界2月号掲載の作品がもう出版されることから期待が大きいことが伺える。本には赤い帯が付いていて、芥川賞候補作と書かれている。御本人のnoteを見たけど、この様な地味な作品が候補作にノミネートされたのを意外だと感じているようだ、謙遜かもしれないけど。地味、確かに奇抜な文体でもなく、社会に切り込むといった意欲作という訳でもない、もう至って落ち着いた作品。登場人物が激昂する場面もなく、最後まで単調に穏やかに常に距離感を保つ人の結びつきが心地良い。最近の映画界ではこの様なテイストの作品がいろいろな所で話題となっている。例えば役所広司で言えば、「perfect days」とか「すばらしき世界」の様な落ち着いた世界観(ライバルの尾崎世界観ではない)が脚光を浴び、それが芸術として評価される。こういった流れの本流にこの「海岸通り」が存在感を持って光っているものと思う。ただ逆に、「海岸通り」を映画化する際には、意外なキャスト、意外な脚色、追加エピソードが必要となるかもしれない。一応、映画の場合、興行性が求められるので。
なんとか結果発表前に読み終えることができた。最近、話題に走りがちな芥川賞の傾向とは距離が離れているのかもしれないが、本日(2024/7/11)の結果発表にはとても期待している。
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短めの小説だったので、あっという間に読み終わってしまった。
でも、とても静かで心地の良い文体、坂崎さんのリズムで紡がれる文章は、読むほどに心に馴染んでいく
何が正しくて、何が正しくないのか。何が普通で、何が普通でないのかを、問いかける作品
老人ホームの清掃員クズミ、同僚のマリア、そこに住むサトウ。他の人たちにも、それぞれに正しさがあり、普通がある。
正解はなくて、でも自分が正しいと思ったことをやり抜いてみる。穏やかな文章の中に、静かな熱い感情をしっかりと感じられた。
「海岸通りのバス停」という言葉がピッタリ素敵にハマっている。
この老人ホームや街並みが、緑の匂いと海の潮の香りとともに頭の中に鮮やかに浮かんでくる。繊細な表現が本当に美しくて心地よい。
坂崎さんの文章は、いつ読んでも大好きだなぁ、
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何がふつうで何がふつうではないのか?
何が正しくて何が正しくないのか?
老人ホームの住人とそこで働く人々とのやりとりを通じて問われる。
綺麗な海の情景とポカポカした日の庭のイメージが思い浮かんでほんわかしそうになるが、それを裏切られる作品。
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読み易く、よく考えられて、ユーモアのある文章。主人公は介護施設の清掃に派遣されてる久住さん。久住さんを、そしてこの小説を、端的に表す一文。「ニセモノにはニセモノの意味があり、矜持がある」。
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私もみんなもきっと正しくはなれない、一生。
だから正しくなくてもいい。
正しくない自分を抱えたまま海を眺めよう。と思えた。
100%クリーンな人もいないし、何でもできたり何でも一所懸命やったりすることが普通じゃない。
人に助けられた時に感謝することだって、当たり前じゃない。
それでも大切な人を大切にしたいと思ったっていい。
全然正しくないことを自覚している全然正しくない主人公が、なぜだかいとおしかった。
清廉潔白じゃない上で輝く「大切にしたいと思う気持ち」がリアルで好きだ。
静かにせつない。
キラキラ綺麗なわけじゃないけど、でも海岸の波音が聞こえてくるような、まさに「海岸通り」なお話。
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語り手の内心の言葉が生々しくて、逆に面白い。
特に盛り上がりもない内容だが、何がフツーなのかとか、考えさせられる、そんな本でした。
芥川賞候補って書いてあったけど、割と軽く読めて良き。
Posted by ブクログ
第171回芥川賞候補作
海辺の老人ホームに派遣の清掃員として働くワタシ(クズミ)
ウガンダから来た同僚のマリアさん
手抜きばかりしていた元同僚の神崎さん
ホームの敷地にあるニセモノのバス停で来ないバスを毎日待っている入居者のおばあさんのサトウさん
いきなりニセモ丿のバス停を磨きあげるワタシ(クズミ)の描写から始まる
このバス停は認知症が進み、家に帰りたがる入居者を一度そこに連れて行き「なかなか来ないですね…また明日〜」とクールダウンのような場として機能しているらしい…
そのバス停に「ニセモノのくせに」と笑いかけるワタシ(クズミ)
そして必要以上にニセモノを磨き、ピカピカにしてサトウさんとおしゃべりをする
さらに時々サトウさんの家出中の娘のフリをしてサトウさんと過ごすワタシ(クズミ)…
そんな時、夫の転勤で仕事を辞めた神崎さんの代わりにウガンダからきたマリアさんと一緒に働くことになり…
とにかくこのクズミに一気に興味をひかれる…
クズミが放つワード、捨て台詞がいちいちおもしろい!
クズミは掃除が得意なのだが、オーバーワークはしない
生活はギリギリで家賃も遅れがちなのに…
そして世の中はコロナ禍に…
あれ?一体この作品はどこに向かう?
と思いながらのラスト!
うん?なんだ…なんだ…
あれやこれやしばらく気になる!
すぐ再読〜考える
湯浴み中もご不浄中も
ずっと考える
こんな作品は…好き…
そうかぁ…
正しいことなんてワタシ(クズミ)には心がささくれ立ってしまう…嘘だろう…と思ってしまう
そうやってクズミは自分を守りながら必死に生きているんだ
それは「ニセモノの矜持」だ!
そこに現れたウガンダから来たマリアさん…
ちょっとだけワタシ(クズミ)の心の奥底をくすぐる
うーん…少し咀嚼…
正しいとか正しくないとか
ホンモノとかニセモノとか…
これはね…ちょっと忘れられない作品
とにかく踊れ〜
踊りまくれ〜
これ
きっとまた読み返すな
Posted by ブクログ
「ニセモノ」と「ホンモノ」、久住とマリアの対比とウガンダのコミュニティが印象的。ラストのバスでのシーン。男の子が「なんか変なにおいがする」と言う。胡散臭さではなく、私は「海のにおい」であって欲しいと思う。
Posted by ブクログ
まず、表紙がいいですねー
淡い水色のバックに青一色の細い線で描かれた絵。余白もたまらない。
この絵のように静かで孤独な物語だったなぁ。
老人施設で清掃の仕事をしているクズミ(名字)。
クズミはどうも小学生の頃から他人と馴染めなかったらしく、それを受け入れ一人で生きることにしたような印象を受けます。いつも頭の中でブツブツと独り言を言っている、そらがそのまま文章になったような文体。
でもウガンダ人のマリアが同僚になって、カタコトの日本語でたくさん話しかけられるようになってから少しずつ意識が変わってきます。
このまま仲良くなっていくのかなぁと思っていたのだけれど、マリアの仲間たちのコミュニティにも疎外感を感じてしまう‥‥なんだか、手に取るように分かる感覚で他人事とは思えなくなってしまった。
けれど、マリアを責めている人には食ってかかるクズミ。あんたにマリアの何が分かるの!?と。
うまく馴染めなくても、寂しさを抱えている人の気持ちは分かる。あんたなんかより、ずーっと分かってるんだよ、というクズミの声が聞こえるようでした。
余韻に浸れる静かな物語でした。
Posted by ブクログ
物語を書く能力はとても高いように感じます。今回の候補作の中でも一番を付けても良い程。しかし、今回受賞した2作品に比べると、キャラクターの造りが弱甘で、そこが勿体ない残念ポイントでした
Posted by ブクログ
久住は老人ホームの清掃員として週3日働く。
入所者の「サトウ」さんと
ニセモノのバス停に座り会話をしながらバスを待つ。
清掃の仕事には手を抜かない。
家賃を滞納したり、備品を持って帰ったりと
小さな悪事を働くのだが、なぜか憎めない。
同僚のウガンダ人のマリアとのやりとりは読んでいてホッとする。
久住は要所要所で差別的な思いを抱いてしまい
いちいち訂正をする。
彼女の正義を見た気でいたのだが
P121
〈この世界に正しい人なんていない。たぶん、絶対〉
そうきたか。
おもしろかった。
次回作もぜひ読んでみたい。
Posted by ブクログ
友達に勧められて読んでみた。
とにかく文章がうまくて綺麗。話に不自然な部分はあるが気にならない。
主人公がちょっと頭が悪いが、こういう人の心情をうまく書けていて気持ちいい。
芥川賞にノミネートされたが、酷い病気とか予想外の題材じゃないから難しいとは思った。老人ホームと外国人じゃ弱すぎるんだろうなと。
でも、賞に関係なく詩みたいに楽しく読めました。
Posted by ブクログ
主人公は、人生に躓いたという感覚と、おそらく世間に対する絶望を抱きつつ、派遣の清掃員として老人ホームで働いている。清掃の仕事は得意だが誇りややりがいを感じているわけではない。生きるために働くだけで、必要以上には働かず、そこにはルーティンとしての帰属感はあっても意味や価値はない。
老人ホームで主人公が個人的に気持ちを寄せているのは、ホーム内の偽のバス停でいつもバスを待っているサトウさんだけである。誰も面会に来ないサトウさんに、主人公は嫁として認識されている。非番の日には娘のふりをしてサトウさんを訪ね、娘のふりをする嫁だと思われながら、娘のふりを続ける。
同僚として新たにウガンダ人のマリアが入ってきたことで、無関心の輪の中で一人の世界を守ってきた(あるいは耐えてきた)主人公の世界に、外界の波が寄せてくるようになる。マリアの素直な感情、素直な言葉、素直な行動に、反発しながらも主人公がゆるやかに孤独の殻を溶かしていく様が、けして綺麗な“物語”ではない生々しさで描かれていて、抗いたい思いも絆される気持ちも共感できる絶妙なトーン。
バスが来ないと言いながらうつらうつらと午後を過ごすサトウさん、誰かを待ち、どこかに帰りたいというぼんやりとした願いと生きる彼女に、娘と思われたい、待っていた人だと思われたい主人公。マリアに「自分を大事に」と欲しかった言葉をもらい、寛容に見える無関心な社会の中で同胞のために働くウガンダ人のアケロを横目で見ながら、それでも今さら前向きにも生きられず自己評価を高めることもできない。
一方で、主人公がサトウさんに寄せる期待も、マリアたちに対する無関心も、主人公が自分自身の行き詰まりと絶望にのみフォーカスしていることの証左であり、そうした狭い視野に主人公が世間からドロップアウトしていった経緯も思わされて、エゴイズムや本人にはどうにもならない特性など、美しくまとまらない生きづらさの問題も考えさせられる。
海を見たいというサトウさんの願いをかなえることで自分が望むカタルシスを得ようとした主人公の企図は実現しない。主人公はこれからも、世間の無関心の輪の中で生きていくしかないのだろう。それでも、組織の身勝手さをマリアの立場で怒ることができた主人公は、望んだカタルシスは得られずとも、他者と繋がり、真の意味で他者に気持ちを向けることへと一歩を踏み出せている。そこには、自分一人の破滅的な願いに突き進む視野の狭さとは異なる、見える世界の輪郭が変わったことで知る諦めと可能性の広がりが確かにある。
生きづらさは何一つ変わらないまま、自分が連れ出したのではないサトウさんと共に、海に向かわない海岸通りのバスに乗る主人公。状況は変わらずとも、あちらに海がある、水平線が見える場所があるのだと心に思えば海に向かわないバスでも行き先に夢を見ることができるように、思うようにならない人生であっても淡く遠い夢、憧れのようなものを持つことだけはできるようになったのだろうか。自分だけの絶望の中で立ち止まり続けるのではなく、遠くとも、道が違っていようとも、憧れを持ってバスに乗り込むことから何かが変われば、と、フルネームすら明かされない、顔の見えない主人公の未来の幸を願いたくなった。
Posted by ブクログ
海辺の老人ホーム「雲母園」にはニセモノのバス停がある。家に帰りたいと言う認知症の人のためのものだ。
そのバス停で一緒にバスを待ち、来ないからまた明日にしましょうと部屋へ戻る。
いいアイデアだなぁ、と思う反面、切ないなぁとも。
全体的に静かで淡々としている。
いろんなことが起こるんだけど、話し手が冷静なのでこちらも落ち着いて読める。
独特の空気感、結構好き。
Posted by ブクログ
淡々と進む話
だけど、人間らしかったり、生きにくい姿が見えたり、はたまた、人間関係の深さや希薄さが見えたり、主人公の人生、その1ページをみている、そう感じる作品だった
華やかさはないけれど、主人公の口に出てしまうちょっとした発言は解る気がする
じわっと心に何か染みる作品でした
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物足りなかった
文体、言葉選びが易しい ストーリーの人間くささの加減が中途半端で物足りなかった 中途半端にありえそうな、またあり得なさそうな感じで、こうゆう作風ならばもっと「なんでそうなるねん」と思わせて欲しかった
物語の雰囲気やゆるりとした文体の速度はかなり好きだったのだが、人間のあいまいさ不可解さが自分には足りなかった
そこをもっと極めて表現して欲しいと思った
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私には難解な話だった。
介護施設の清掃員の久住さんと、新人のウガンダ人のマリアさん、それに入居者の佐藤さん、それからウガンダ人のコミニュティーの人々の普通のような普通でないような日々。
認知症の佐藤さんと交流する久住さんはちょっと普通ではないように思うが、では何が普通なの、常識って何なの、と久住さんの行動から考えてしまう。
久住さんは訳ありそうだし、マリアさんも日本人の夫がいて日本人に馴染もうとしているようで、ウガンダ人のコミニュティーも大切にしている。
久住さんの人物像が曖昧なのは敢えてなんだろうけど、私にはそこがまた難解で、話を捕まえきれなかった。
老人介護の問題や、人種差別の問題も垣間見える。
淡々とした日常の中でのみんなに通用する普通って、常識って、って考えてしまった。
Posted by ブクログ
老人施設の庭にある海岸通りという偽のバス停。来ることのないバスを待つサトウさん。掃除婦である主人公の掃除だけが生き甲斐のようなどん詰まりのような人生。新しく入ってきたウガンダ人のマリアの誠実で優しい人柄。短篇の中にたくさんの思いや不条理がぎゅっと詰まっている。
Posted by ブクログ
介護施設内にある偽物のバス停。久住が時刻表をどれだけ磨き上げても偽物なのでバスは停まらない。丁寧に掃除をする久住であるが、ちょっとはずるいこともする。ウガンダ出身のマリアは久住をウガンダのコミュニティに誘う。そこで国籍を超えてファミリーを形成する。これも偽物の家族。施設の入居者であるサトウさんは偽物のバス停でバスを待ち続ける。そして対処するときにはバスに乗って娘に引き取られていく。海岸通りから海の見えない場所へと。偽物から本物への変化だろうか。素数の時刻表は割り切れない世の中の比喩だろうか。
Posted by ブクログ
芥川賞候補なんだ…読み終えるまで知らなかった。なんだか淡々とした不思議な話だったな。ウガンダのことを知れたのは良かったけど、主人公がとても生きにくそうでラストもいまいちよく分からなかった。
Posted by ブクログ
海辺の老人ホームで派遣の清掃員として働く、クズミ。
クズミと一緒に働くサボりぐせのある神崎さんや神崎さんが辞めた後にウガンダから来たマリアさんとのこと。
マリアさんとの距離感や何が正しくて間違っているのかなどを自然体であらわしている。
マリアさんと親しくなりたいのか…どうなのか…
あらぬ疑いで辞めさせられることに対しても納得していたのか…。
あらゆるもやっとしたものはありながらも確かに生きるってことはこうした何かが積み重なっているのだなと感じた。
海岸通りと優しいタイトルながらストレートな現実をそのままに。
Posted by ブクログ
主人公の素性が今ひとつ明かされないまま物語が進んでいく様やマリアさんへの執着は『むらさきのスカートの女』を彷彿とさせると思った。
もっとほのぼのした話を想像していたが、思った以上にいろんな要素が絡んでいて少しとっ散らかった印象だったが…