あらすじ
本書は、収録作すべてにおいて殺人が起こる、「殺し」のアンソロジーです。
作品の特色は、千差万別。
殺人者の残酷な心理を描いた作品、殺人による自責の念に迫る作品、ゾッとするような怪奇的な死を扱った作品、殺しの後味の悪さを描いた作品など、各作品には、作家たちの個性が随所に表れています。
社会通念上許されないからこそ、「殺し」は文豪たちにとって、格好の題材だったのかもしれません。人類最大のタブーを文豪たちはいかに描いたのか、ぜひご自身の目でお確かめください。
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Posted by ブクログ
彩図社文芸部・編『文豪たちが書いた 殺しの名作短編集』彩図社。
11人の文豪たちの『殺人』を描いた名作を集めたアンソロジー。税抜で750円で、このボリュームは今の時代では非常に嬉しい。
たまには、こうした文豪たちの古い小説を読むのも悪くはない。古い小説と言っても、現代の世相に相通ずる物があるから、なお面白い。
久生十蘭『彼を殺したが……』。海なのか、湖なのか、最初のうちは場所は語られないが、最後に沼だったことが解る。船上の主人公と水の中に落ちて、藻掻く男。どういう状況だったのか描かれることはないが、主人公は男を見殺しにすることを選択する。その選択は女性を奪われた怨みなのか、男の才能への嫉妬なのか。時代を感じる重い文章を読むと、高校時代の現代国語の授業を思い出す。
小川未明『捕われ人』。山奥で3人の強盗に捕らわれた猟師。後ろ手に縛られ、筵の上に座らされた猟師の身に刻一刻と殺されるべき時刻が迫る。猟師が醒めた目で3人の行動を観察する様が不安を煽る。
江戸川乱歩『百面相役者』。既読。読みながら、話の筋を思い出した。流石は江戸川乱歩といった素晴らしい短編だ。話の流れは『二銭銅貨』にも似ている。地方の小学校教員の主人公がRという新聞記者の友人に誘われ、芝居を観に行く。芝居は探偵劇で神出鬼没の怪美人に扮した百面相役者が目まぐるしく変装していく。その変装は驚くべき完成度であり、その秘密についてRが語ったこととは。
谷崎潤一郎『途上』。既読。何時の時代にも妻の存在が邪魔になり、浮気に走る不届者がいる。そうした不届者が居なくなると困るのは女性週刊誌とテレビの芸能レポーターだろう。都内を散歩する会社員の湯河勝太郎に声を掛けた男は私立探偵を名乗る。探偵は湯河が密かに計画した妻に対するプロバビリティーの殺人を少しずつ暴いていく。
渡辺温『可哀想な姉』。独特の妖しい雰囲気を持つ短編である。何時の時代も女性が手っ取り早く金を稼ぐためには身体を売ることであることに今更ながら嫌になる。唖の姉の手により育てられた弟はある日、姉の仕事の秘密を知ってしまう。
太宰治『犯人』。太宰治らしい頽廃的で破滅的な短編であった。主人公の若者の無軌道ぶりは現代の若者にも通じるところがある。若い女性と一緒に暮らしたいと考えた主人公の若者が姉の家で姉を刃物で襲い、一万円近くの金を奪う。主人公は待合で金のある限り、酒を飲み、女を抱く。
芥川龍之介『疑惑』。誰にも他人には明かしたくない過去があり、時としてその過去に苦しめられ続ける。芥川龍之介の小説というと寓話めいた話が多いが、本作にもまた寓話的な教えが織り込まれている。主人公が実践倫理学の講義のために岐阜県の素封家の別荘に滞在した時の悲惨な話。別荘に滞在する主人公の元に講義を聴いたという男が訪ねて来る。訪ねて来た男の語る鬼気迫る話の内容とは如何に。
坂口安吾『桜の森の満開の下』。人を狂わせる桜。女性は魔物であり、恐ろしいという教訓だろうか。山奥に棲む7人の妻を持つ山賊が夫を斬り殺し、美人の妻を拐うが、山賊はその女の言いなりにされる。山賊は女が言うがままに7人の妻を斬り殺し、1人だけ残したビッコの女と都へと向かう。都で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図に山賊はついに女の正体を知る。
国木田独歩『窮死』。全く救いの無い話。まるで、今の日本の近い将来を描いているようではないか。労働者は重税と社会保障費の負担で手取りは目減りし、天井知らずの物価高騰により、米も買えなければ、家族も持てす、行き倒れるだけ。病に冒された浮浪者が絶望の果てに行き倒れて、列車に轢かれて死ぬまでの話。
海野十三『恐しき通夜』。海野十三と言えば、『十八時の音楽浴』『蝿男』など大昔の早川文庫で読んだ記憶がある。自分が高校生の頃、辛うじて早川文庫から刊行された何作かが残っていたのだ。航空大尉と理学士、軍医のそれぞれが語る無関係と思われた奇妙な3つの物語は1つの結末へと向かっていく。
中島敦『牛人』。中国の古典のような物語。見るからに冷酷無比な牛のような風貌の男の話。
本体価格750円
★★★★