あらすじ
ある晩、アブジンスキーという強烈なカクテルを飲んだ三谷純之輔。泥酔した彼を自宅マンションに残し、ガールフレンドの南雲みはるは翌日の彼の朝食、リンゴを買いにコンビニに出かけ、そのまま失踪した。「五分で戻ってくるわ」と笑顔で言い残して。姉、友人、行きつけのバーのママ……みはるを取り巻く人々から得られる手掛かりの欠片を集め続けた末に手繰り寄せた真実は――。佐藤正午の傑作、3か月連続新装版刊行第一弾。
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Posted by ブクログ
非常にすっきりとした文章でした。
カバーイラストの背景は白で書名は薄いグレー、陰影は最小限に手とリンゴを描いているのも納得です。
リンゴを買いに行ったきり戻らなかったガールフレンドを追う主人公の独白です。
書き出しがかっこいい。
カクテルと靴の話から物語が始まるのですがこれは終わりまで、物語に浸った読者をジーンと響かせてくれます。
火薬を使うような派手な演出はないですが、物語の構成はサスペンスに富んでいて楽しいです。読者の疑問は主人公の緻密な推理と自然に重なっており心地良く読めます。
ガールフレンドとの馴れ初めのシーンがお洒落で好きです。
どんな人にこの本を勧めるのかといえば運命に打ちのめされる体験をしたい人、かもしれません。運命といっても単なる巡り合わせでなく、各々個人が生きている人生を改めて俯瞰した時に思わずでたため息、みたいな、そんな運命。
読んだ後にカバーイラストをみるとなかなか趣深い。本の顔とはよく言ったものだ。
あとがきには物語で登場する「アブジンスキー」が紹介されている。案外飲みやすいがあっという間に酔ってしまう、だそうだ。
この「ジャンプ」の読み味を表現するとき、アブジンスキーは良いところでは?と私は思った。
Posted by ブクログ
『ジャンプ』というタイトルの意味が何であるか、これが個人的にはこの作品を評価する上でものすごく大切な気がする。
本文のなかでジャンプという言葉が出てきたのは、横浜スタジアムで主人公が、南雲みはるの姉の夫、天笠郁夫とその息子とアメフトを観戦している時。子供がジャンプして父親とハイタッチする場面。p.262
ここのアメフトのゲーム進行、そして観客の反応と、天笠郁夫対主人公の会話がたぶん重なり合っているんだと思う。息子の反応や会話の流れ全てが。
ちょっと再読して分析する体力がないけれど、タイトルと重なる部分がここしか自分は見つけられなかった。
自分は小説を再読することがあまりないので、あるかないかで言えばかなり怪しいけれど、もし再読することがある時のためにメモを以下に。
・「ジャンプ」の意味について考えること。
・子供がジャンプする意味は?
→子供がジャンプしたのは、味方チームのタッチダウンが成立した時。
・彼ら親子が一緒に横浜スタジアムまで出向いて、アメフトの試合を観たのはなぜ?
→息子はパソコンのゲームしか興味がなかったのに、「一度ここへ連れてきたことがきっかけになって。中学になったらアメフトをやりたいと言ってる。」
・「一ヶ月の間に彼女に何かが起こったんだ」という主人公のセリフに対する郁夫の回答
→ ・「つまり、私の言いたかったのは、その程度のことです。みはるちゃんの男関係とか、そんな大それたことじゃなくて」
何かに対する認識の差。
主人公は一カ月の間に「起こった」ことは「何か」重大なことだと考えているが、郁夫はその一カ月に起こった出来事は「たかが知れ」たことかもしれないが、その「たかが知れ」た出来事が重なり合って人生の分岐点で「何か」を選択するのに十分な時間だと捉えている。
ここは自分で書いていて面白いなと思った。
参考までにその前にあったセリフは以下
「しかし人の人生で、一カ月の間に起こる出来事なんてたかが知れてるでしょう」
「いや、そうじゃないかもしれないな。一カ月もあれば、人生には思わぬ変化が起こりうるかもしれない。ちょっとした出会いや出来事が重なって新しい展望が開ける、一カ月というのはそのくらいの時間かもしれない」
ここまで書いてわかったことだけど、自分は実はこの小説を読んでて、主人公の人格が軽くて造形がやや浅いなと思っていた。しかし、改めて考えると、周りの言動と主人公の考えのズレが絶妙に描写されている。
冒頭にも書かれている通り、主人公は「強烈なカクテルを飲んだことを『いまだに』後悔している」。
この物語を過去のものとして思い出として語りたいと言っておきながら、いまだに後悔しており、しかもそれは「強烈なカクテルを飲んだこと」。
山本文緒の解説にも書いてある通り、主人公の「鈍感さ」を非常に適切に表している一文。
もしかしたらストーリーを語るなかで、その行動自体の無神経さ(ガールフレンドは主人公にある程度心を開いて、彼女の中で大切だと思われるバーに誘った。なのに、彼氏の主人公は後先考えずに度数の強い酒を頼んでしまったこと)を後悔しているのかもしれないけれど、実際その行動ひとつではなくて、二股をしていたり、彼女のことを何にも知らない(親友のことや大学を辞めたことなど)ことなど、たくさん後悔すべき事はあると思う。もう少し彼女と二人で語り合う事もできたし、半年間という期間はそれを語り合うに十分な時間だと思われる。
その点、彼女は最初に主人公が毎朝規則的にリンゴを食べることを知っており、それを用意しようとしてくれた。人が人のことを知っている度合いで言えば、間違いなく彼女の方に旗が上がる。
運命的なストーリー展開には、作者の大風呂敷というか、大いなる意図が感じられるけど、それを上回る人物造形ができている小説だった。
サスペンスの形をとったエンタメのように見せながら、そういったことが後からじわじわと感想を書きながら理解できた作品。
話の拡げ方的にエンタメを無茶苦茶期待して読んでいたので、ラストシーンが結構あっけなく終わった印象あったんだけど、全然そんなことはなかった。良い小説だ。
あと巻末の編集者のエッセイがめちゃくちゃ面白い。文才の塊。オチは盛大に笑った。