あらすじ
【内容紹介】
虐待、いじめ、家庭内暴力、無理心中未遂
毒母との38 年の愛憎を描いた壮絶ノンフィクション
私は何度も何度も、母に殺された――。
私の頭には、いつも母があった。
しかし、母と縁を切ってからは、自由になれた。
ノンフィクション作家である著者は、かつて実の母から虐待を受けていた。
教育虐待、折檻、無理心中未遂 。肉体的、精神的ネグレクトなど、あらゆる虐待を受けながら、母を殺したいほど憎むと同時に、ずっと「母に認めてもらいたい」という呪縛に囚われてきた。
その呪いは大人になってからも著者を縛り、ノンフィクション作家となって孤独死の現場を取材するようになったのも、子どもの頃の母の虐待が根源にあることに気づく。
そこで見たのは、自信と同じように親に苦しめられた人たちの“生きづらさの痕跡”だった 。
虐待サバイバーの著者が、親の呪縛から逃れるため、人生を賭けて「母を捨てる」までの軌跡を描いた壮絶ノンフィクション。
【著者紹介】
[著]菅野 久美子(かんの・くみこ)
ノンフィクション作家・エッセイスト。
1982年生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。大学卒業後はアダルト系出版社に就職、SM雑誌の編集に携わる。その後、独立し、フリーライターへ転身。
主な執筆テーマは、性と死、家族問題。自ら毒親問題に苦しんだ経験から、近年は親に苦しめられた子どもと、その親の最期を引き受ける家族代行ビジネスを取材・執筆。その知られざる実態を書籍やWeb媒体などで発信し、メディアで大きな話題になった。
著書に『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『ルポ 女性用風俗』(ちくま新書)、『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)、『生きづらさ時代』(双葉社)など多数。
【目次抜粋】
プロローグ
◆第一章 光の監獄
・私は何度も何度も、母に「殺された」
・無限に続く処刑のループ
・風呂場の白い光
◆第二章 打ち上げ花火
・四歳の殺人未遂
・教育虐待
・母の「トクベツ」になれた日
・天才のふりをしたピエロ
◆第三章 機能不全家族
・台風の夜のドライブ
・人生が二度あれば
・新興宗教にハマった母
・母の発狂と声なき叫び
◆第四章 スクールカースト最底辺
・クラス全員からのいじめ
・引きこもりのはじまり
・母の首を絞めた日
・不在の父の癇癪
◆第五章 金属のカプセル
・酒鬼薔薇聖斗は私だったかもしれない
・『エヴァ』シンジとのシンクロ
・たった一人の卒業式
・五〇〇円のミニスカート
◆第六章 母の見えない傷
・母が父に見た「かつての自分」
・結婚という牢獄
・無理心中未遂
・ハルキストの父
◆第七章 性と死
・衣装箪笥の悪夢
・SMと母への思い
・「普通の人生」を生きたかった
・孤独死と私の共通点
◆第八章 母を捨てる
・毒親の最期を押しつけられる子どもたち
・「家族代行ビジネス」の仕掛け人になる
・母とストリップ劇場に行く
・母が私に遺してくれたもの
エピローグ 私の中の少女へ
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
最初から最後まで、自分の子供時代と似すぎていてめちゃくちゃ共感し、心が痛かったです。著者の菅野さんは同世代ということもあり幼少期だけでなく、今後の課題まで私とほぼ同じで、考え方などとても参考になったし、少し救われるような気持ちにもなりました。また菅野さんの他の本も読みたいです。
Posted by ブクログ
2024/12/22予約 34
2025/03/11予約 18
虐待サバイバーが母親の死に顔を見たくない関わりたくない気持ちから家族代行業を依頼しようと決めるまで。昔は母親にとっての子どもで、今は自分の子どもにとっての母親のパーセンテージのほうが高いが、どちらも経験しているので共感するところもある。この親のもとに産まれなければ、別の組み合わせならば、と思うほど親子って難しい。それでも子どもを10ヶ月お腹で育て出産後も親は続く、それだけでも十分ヘビーな行為ではあるとも実感する。
著者が一番納得できる結論を導く事ができ何よりだと思う。
Posted by ブクログ
「超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる」著者の自伝。
同年代なので、暗い90年代とか「日本一醜い親への手紙」とか「完全自殺マニュアル」とかエヴァンゲリオンとかがグサグサ刺さる。
ハルキストな現実逃避エセインテリおじさんとかも死ぬほどいた時代であったな…と思う。
著者が書くように、そういう時代の空気があった。戦後の急激な変化に対応しきれない世代に育てられて旧態依然とした価値観に縛られながらも、新自由主義に踊らされたしらけ世代。
そんな世代に育てられた私たち氷河期世代が生きづらさを抱えないわけないじゃないですか。
母親のヒステリーと父親の暴力はほとんどの家庭で標準装備でしたよね。離婚とか難しい時代でしたから、お前さえいなければって言われたことある人めっちゃいると思いますよ。
それでも、当時の価値観では親の面倒みないとか犯罪者扱いでしたから、子供に何しても、自分の面倒を見てもらえると信じていられたんでしょうね。悲しいです。
でもまあ、血縁者より他人に面倒見てもらうほうがはるかに気は楽だと思いますけど。
著者はゴミ屋敷住人に丁寧に寄り添うことができる相当に優しい方なのに、母親は捨てたいわけじゃないですか。
私も、もし介護の仕事に就く事になったら、それは仕事だから精一杯頑張る所存ですけど、親の介護は遅かれ早かれ首締めると思うわ。そんな人いっぱいいますよね?
私たちは、捨てられる世代でよかったなと思うことは、著者の両親が被災地をドライブした時の気持ちとおなじかもしれませんね。
Posted by ブクログ
「母をさがす」の後に読んだこの本は、真逆と言ってもいいような…
時代や社会情勢、環境により自分の思うようにならなかった…という母親もいるかもしれないし、それぞれ母親に対する思いは違うのもわかる。
著者は、赤裸々に毒母との38年を描いている。
4歳の時の記憶にある虐待から始まり、教育虐待、そして中学からは引きこもり、家庭内暴力…など。
本当は愛情に飢えていたのかもしれない、虐待されながらも母親の身体の温かさを感じたり、作文を書き表彰され喜んでもらえることを望んでいたのだから。
だけど「日本一醜い親への手紙」を何度も読むということは、知らない誰かも似たような気持ちだと感じていたかったのかと思うと辛すぎる。
何歳になっても、母に認めてもらいたい私が、確かにずっとここにいる。
その半面、母から逃れたいという相反する強烈な思いもある。
そう言う著者が、死ぬまでこの苦しみを感じるならと書くことで母を捨てたのだと。
激しさのなかに孤独を感じた。