【感想・ネタバレ】聖トマス・アクィナスのレビュー

あらすじ

「カトリック哲学の第一義的にして基本的な部分が、実は生の賛美、存在の賛美、世界の創造主としての神の賛美であるということを理解しない人は、誰も最初からトマス哲学、言いかえれば、カトリック哲学を理解することはできない」。文学者一流の機知とともに描かれるトマス・アクィナスの肖像。聖人の歩みをたどりながら、哲学は神学に、神学は聖性に依存することをチェスタトンは説く。鋭敏な感覚を通して築き上げられたトマスの理論体系。それは、実際的なものと不可分であるがゆえに、われわれの精神に今も近しい。専門家から無条件の賞賛を勝ち得たトマス入門の古典。

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Posted by ブクログ

 本書は読者を選ぶ本である。山本芳久氏の解説で興味を持った読者もいることと思うが、哲学史で語られるような概要やトマス哲学の体系を学ぼうとする人にとっては期待外れの一冊となってしまうかもしれない。しかし、その山本芳久氏の解説にも詳しく述べられているように、生涯にわたってトマスを突き動かした確信が如何なるものであったのかをこれ以上にない仕方で表す稀有なトマス入門である。
 評者は原著をすでに読んで感動していた。ヴィクトリア王朝の英語を代表するチェスタトンだけに印象的な言葉の数々が心に刺さってくる感覚を幾度も覚えた。それに比してしまうと、もうちょっと訳し方があるのではないかと思ったのが読み始めたときの率直な感想であった。しかし、鋭く事柄を取り出すチェスタトンの逆説の言葉は読者の心を揺さぶり、逆説を通して正論を通していくチェスタトンの筆致は本訳書においても見事に再現されている。哲学書を読むような、著者がこの言葉で何を言おうとしているのかという細かい詮索よりも、むしろ文学書を読むように身を任せた方がチェスタトンが言いたいことは伝わりやすいのではないかということを半分以上読み進んでから思った。一切の引用もなしに、著者チェスタトンが掴み得た、逆説と諧謔にあふれたトマス・アクィナスの素描を通して、読者は決して過去の人ではない戦闘的(闘争的あるいは挑戦的)な思索に明け暮れたドミニ・カネス(この表現はラテン語で「主の犬たち」というチェスタトンばりの冗談。ドミニコ会士のこと。)の一人を見出すであろう。
 すでに山本芳久氏の著書に触れている読者には蛇足かもしれないが、本書の解説で書かれていることのより詳しい内容は山本氏の『トマス・アクィナス』(岩波新書)のうちに見出すことができる。チェスタトンの本書は一般向けの本であるにも関わらずジルソンの絶賛を勝ち得た名著である。それは私たちから隔たった中世人をして実に生き生きとその生涯を描き出すのみならず、時に楽天的とも表現される存在への洞察に突き動かされたトマスその人の「気質」を的確に描き出しているからであろう。チェスタトンの時代にすでに生じていた暗黒時代としての中世をはじめとした種々の偏見に答える形で、特に白眉である六章と七章にかけて、存在の思想が生き生きと再現される。それは緻密な文献的考証を経てではなく日頃親しんできたチェスタトンならではの揺るぎないトマスの姿であり、それがマリタンの言葉を引きながらも、ジルソンの『中世哲学史』において描かれる思想風景と重なり合うことには驚かされた。不思議と手に取り、読みたくなる、魅力的な一冊である。

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2025年12月08日

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