あらすじ
独房No.404に収監された元人民委員ルバショフ.覚えのない罪への三回の審問と獄中の回想,壁越しの囚人同士の交信に浮かぶ古参党員の運命.No.1とは誰か.なぜ自白は行われたか.スターリン時代の粛清の論理と戦慄のモスクワ裁判を描いて世界を震撼させたベストセラー.心理小説の傑作(1940年刊).【解説=岡田久雄】
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Posted by ブクログ
アーサー・ケストラーの『真昼の暗黒』は、スターリン時代の全体主義体制における思想と良心の破壊を、当事者の内面から克明に描いた作品である。かつて革命に命を捧げ「党」の高位にあった主人公ルバショフは、自身が粛清の対象となったことで長年信じてきた理念の矛盾と向き合うことになる。彼は支配の論理と操作の手法を知り尽くしており、自らも「銃殺されるだろう」と語るほどに、その運命を静かに受け入れている。『1984』の主人公ウィンストン・スミスのように抵抗を試みる市民とは異なり、ルバショフの姿勢は冷徹かつ自省的であり、まさにスターリン体制を支持していた当時の知識人の懊悩を象徴しているように感じられた。特に終盤、隣室(402号室)の囚人から「何をしたい?」と問われたルバショフが、幼い頃の夢であった天文学を研究したいと語る場面には胸を打たれた。作中で語られる〈文法的虚構〉や〈大衆の相対的成熟の法則〉といった概念は政治的レトリックや革命理論の冷酷さを示し、読者に深い思索を促すだろう。ドラマチックな展開こそ乏しいものの、その静かな語り口の奥に全体主義の本質が静かに浮かび上がる点が印象的。思想的にも文学的にも極めて高い完成度を誇る作品ではあるが、元々ドイツ語で書かれたものをアマチュアの女学生が英語に訳したものが底本となっており、文章が少々ぎごちないのが難点か(とはいえ訳者のおかげでほとんど気にならないが。また成立年代や主題の関連から、どうしてもオーウェルとの比較になってしまうのが惜しい。わかりやすい起伏に富んだサスペンス……というわけにはいかないが、人間の尊厳について深く考えさせられる良作である。
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ニコライ・ブハーリンが肅清されるに至る第3回モスクワ裁判をモデルに書かれた小説。発表当時センセイションを巻き起こしベストセラーになったそうだが、さもありなん。単なるソヴィエト社会主義体制の暴露小説としてのみならず、イデオロギー論としても、思想小説としても、恐怖小説としても、エンターテインメントとしても読み応えのある作品。主人公ルバショフの最期はブハーリンよりも思弁的だ。
Posted by ブクログ
スターリン体制時の時代を舞台として、幹部クラスのポジションにいた一人の党員が粛清されるまでを描いた作品。
当時の社会情勢を知らずとも、尋問のシーンの執拗さには真綿で首を絞められるような陰湿さを感じて楽しめる。
ジョージ・オーウェルの「1984年」の尋問シーンは本書から大きく影響を受けたらしいが、読んでいて納得した。
「党は個人の自由意思を否定したが、同時に自らの意思による自己犠牲を強要した。党は二者間の選択をする個人の能力を認めなかったが、絶えず正しい選択をすることを要求した。党は善と悪とを区別する個人の能力を認めなかったが、罪と裏切りについて躍起となって語った」
ヒトラーもまだ生きている1940年に、全体主義の本質と矛盾を指摘したこの作品は凄いと思う。
そして、作中に一切、主人公の祖国の名前が出てこないところも流石。