あらすじ
個人の心を支えているのは、自らの内面に養われた「精神」と、身体(習慣)である。かつての日本人は、論語の素読や禅の修養、あるいは時代が共有していた「向上心」などから精神の柱をバランスよく培っており、また手作業といった身体的習慣に勤しむ人も多かった。坂本龍馬がすでに時代遅れになりつつあった剣術修行に励んだのは、自らの精神を鍛えるためでもあった。また松下幸之助も、茶道にいそしむという習慣が日々の激務を支えていたのである。では現代の、こうした機会に乏しい日本人はどうすれば成熟できるのか。本書は身近な方法として、クラシックや映画などの文化的な趣味にハマること、呼吸の工夫、机でできる10秒間体操などを提案する。二十数年身体と精神について研究してきた教育学者が、これまでの研究成果を結実させた意欲作。弱くなりつつある日本人の心を応援する!
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Posted by ブクログ
衝撃的な読書だった。
心が肥大化。なんて恐ろしい発想。すごい説得力。
夏目漱石が描く人物ってこのタイプ多いよなと思う。
漱石のそういう、ひとの複雑で繊細な内面を怖いくらい見事に現す筆致をずっとリスペクトしてきたのだけれど、その漱石が「幕末の志士のように生きたい」と云っていたことをこの本で初めて知って、共感と切なさでなんかもう泣きたくなった。
私も幕末がしょうもなく好きで京都巡りしたり萩旅行の計画を立てたりしているのだけれど、心の弱い自分ではなれないからこその憧れなんだろうと、ずっとどこかで意識していたので。
それにしても、文化的な趣味も読書習慣もそこそこ持っているつもりなのに、何故私の精神はこうも軟弱なのか…気分にふらふら流されて嫌なものだ嫌だと思ったらもう動けない、隙あらば仕事をせず家に引きこもっていたい、私こそ精神薄弱の見本のような人間だと思う。
これはもっと強い精神の見本を探すか、身体(習慣)も鍛えなければならないのかなぁ…。
しかし、第2章で紹介されている昭和の象徴「昼休みにバレーボール」や昨今復活しているという「社内運動会」にはドン引きを通り越してゾッ…としました。
呑み会も徹底辞退するほど嫌いなのに(労働時間外に社内の人間と顔を合わせねばならない意味がわからない)、ようやくの昼休みにすら強制参加で動かされるなんて、私だったらそんな会社即刻辞めるし日本にそんな企業しかなかったら海外移住する。
学生の頃は逃げようがないから運動会でもなんでも参加させられていたけれど、じゃああの頃精神は強くて幸せだったかと考えると、まさか、とんでもない。
あの頃は死んでいたのと同じでしたとはっきり云える。
今と比べ物にならないほど不幸だった。
大人になったらもう、己が精神くらい己で作るなり選ぶなりしたいものです。
さらっと読める本だけれど、いろんな意味で熱い読書でした。