【感想・ネタバレ】ギニア湾の悪魔――キリスト教系新宗教をめぐる情動と憑依の民族誌のレビュー

あらすじ

神と悪魔の憑依は、いかにして現実の〈もの〉になるのか?
――苦難を癒し、興隆するアフリカの新宗教。その核心は、モノや情動、環境の中に現れる霊的存在にある。写真や映像、エッセイを交え、霊と呼応する人々の生に迫る、マルチモーダル人類学。

❖序章より
「悪魔」とは、多くの場合、アフリカの在来の神格や霊的存在、または妖術師である。……
人々に憑依してその姿を現し、現実へと介入してくる。その中で人々の身体は、悲鳴を上げ、汗を散らし、目に見えない鞭で打たれ、涙を流す。手足を震わせ、身体を反らして、叫び、倒れ込む。立って走り、暴れつくした後に、床に寝そべり、うめき声を上げる。
それは、「人々は悪魔や妖術師を信じている」という記述にはとても収まらない、情動や身体など様々なものが絡まり合う中で起こっている出来事だ。神や悪魔といった人ならざるものたちが、いかに人々の間に立ち現れ、複雑に呼応しながら生が紡がれるのか。本書は、出来事が生起する場を起点として、このような問いを探究していくものである。

※本電子書籍にはカラー写真が含まれます。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

これはめちゃくちゃ面白かった。ギニア湾に面したベナン共和国のキリスト教ペンテコステ系新興宗教であるバナメー教を参与観察した研究の本。ふんだんなカラー・白黒の写真や映像のリンクが用意されていて、実際のミサや信者の語り、憑依などをリアルに見ることができるし、儀式に参加する著者の率直な疲れや実感が綴られる少しエッセイのような趣がある部分もある。
近年アフリカで急成長しているキリスト教系新興宗教は、西洋の富や文化をちらつかせつつも、土着の信仰である妖術、それの引き起こす不幸や病などの概念を聖書的「悪魔」の概念へ取り込み、癒しをうたって信者を増やしているという。というか、カトリックの司祭すら今はそれらの妖術に対抗し癒すことを求められ、応じているらしい。身近な人間の嫉妬などでかけられる妖術により様々な病や不幸を得るというという概念は当地では常識であり、そんな病の癒しを求めて薬草師や新宗教を渡り歩くのも珍しくないようだ。私もアフリカでペンテコステ系のキリスト教新興宗教が非常に勢いがあることは知っていたけれど、それがこんな風に現地の土着の信仰と絡み合い、飲み込んで成長しているのだとは全く知らなかった。

神父の按手によって信者が失神し、「憑依」された悪霊が目覚めて別人のように暴れてのたうち回り、神父と問答をして悪霊が「神の力」で追い出され、その後病が直る、というのは聖書のイエスの悪霊を追い出す話さながら、というよりそのものだ。こんなことが21世紀にも(神父に証拠としてスマホで録画されながら)体験されるのだから、奇跡を否定して「史的イエス」を必死に研究している人たちが少しかわいそうになるくらいである。
バナメー教の神「ダボ」はまるで旧約聖書の怒る神のように激しく、憑依した少女を通じてグッズの売り上げや集まりが悪い信者たちを叱責する。信者はひれ伏し、何日も許しを請う。その激しさが、妖術に対抗する強さをも印象付けるのだろうか。信者の話に出てくるのは、妖術による苦しみ、そしてバナメー教による癒しや守護の体験ばかりである。聖書の教義などその中ではフレーバー程度のものだ。それでもまさに聖書の世界のような信仰が現代に生き、実践されているというのが非常に面白いと思った。
著者は今までのアフリカのペンテコステ・カリスマ系教会の隆盛の研究が社会的な面から宗教を考え捉えすぎてきたことを疑問視し、信者たちの生きる現実、そのふるまい、情動からバナメー教を描き出そうとしているが、その試みは成功しているように感じる。生々しく迫ってくる信者たちの前に、現実として存在する妖術、ダボのことを確かに感じ、「わからされて」しまうのだ。今はバナメー教もスキャンダルで苦難の時を迎えているらしいが、その後の話もまたぜひ読みたいと思う本だった。

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2023年02月11日

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