あらすじ
■日本人だけが知らない「宗教」の本質
かつて「魔女狩り」があり、「十字軍」がありました。
神の名のもとに殺人や殺戮、戦争が行われました。
現在でも神の名のもとにテロがあり、さまざまな戦争が同時進行しています。
■「本来、人を救うための宗教が、人殺しを正当化するのはなぜか?」
答えは簡単です。
「宗教」においては、本来、自分の宗教の信者以外は「人」ではないからです。
これが原理主義者の論理です。
この論理は大変乱暴に聞こえます。
ただ、これが少なくとも仏教以外の宗教では、
本来の論理であることを理解しておかないと、
国際社会で起きている出来事の因果を見誤るリスクがあります。
■21世紀はテロの時代といわれます。
その背景には宗教的な対立、狂信的な宗教原理が存在します。
仏教、キリスト教、イスラム教の世界三大宗教と呼ばれるものから、
ユダヤ教、ヒンドゥー教、ありとあらゆる新興宗教まで
挙げればきりがないほどの宗教があります。
近年流行っているスピリチュアルブームや占いブームも
信仰するという意味では宗教と変わりありません
「なぜ、人は宗教(信仰)を求めてしまうのか?」
「なぜ、幸せを求める信仰心が人殺しにつながるのか?」
本書では、これらのことを、
脳科学、認知科学、分析哲学の視点から解明します。
※本作品は2010年6月に刊行された
『なぜ、脳は神を創ったのか?』(弊社刊)を一部修正・加筆したものです。
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Posted by ブクログ
評価:★★★★☆
本書は、著者が2010年に出した『なぜ、脳は神を創ったのか?』を一部修正・加筆したものらしい。
そっちも発売当初に読んだのだが、だいぶ時間もたっているので記憶がおぼろげなところもある。
その上で言いたいのは、『なぜ~』を読んだ人も気にせず、新作として読めるくらい修正・加筆してある(と思う)。
著者は、価値観を決めるものを全て宗教とする。
価値観とは一言で言うと「何が正義で、何が悪か」ということ。
その境界線をはっきり引くことで、本来なら遺伝子レベルで禁忌なはずの同族殺しが可能になり、人は人を殺せるようになる。
皆が疑いなく正しいとしている正当防衛ですら、一歩間違えると、人工中絶を行う産婦人科医を殺すキリスト教原理主義者を肯定することになりかねない。
日本人がオリンピックで活躍すると、次の大会までにルールが変更されてしまって、思うように活躍できなくなるというのを見て歯痒い思いをした人がいると思う。
時間がたてば新しいルールにも適応するのだが、全てはルールを作る人たち次第。
これは価値観を決めることで集団をコントロールするのと同じことだ。
他人のモノサシ=価値観の束縛から自由になることを著者は説く。
だが、そうなることは同時に他人と価値観を共有するという安心感を失う危険性も伴うから、そうとうタフでないと叶わない。
正直言ってかなりエリート主義というか、厳しい。
その厳しさに関してまで本書では詳らかに言及していないが、そういった苦さを感じつつ読むと、また一味違った味わいが加わると思う。