【感想・ネタバレ】自由が上演されるのレビュー

あらすじ

「自由」は教えられるのか。
参加者の「自主性」と「主体性」を引き出すとされるワークショップ。しかしそこでもある種の「権力」は生じうるのではないか。教師からも環境=アーキテクチャからも強制されない「真の自由」は可能か。プラトン、ランシエール、平田オリザ、國分功一郎、ハイデガー、ジャン=リュック・ナンシー、ラク―=ラバルトらのテクストを援用し、演劇、演劇教育から日常のコミュニケーションまで射程に入れた画期的自由論。
教える―学ぶ関係の非対称性、ケアにおける暴力性、ハラスメント、中動態と政治、声と不和、俳優と観客……さまざなトピックから現代における自由と倫理を問う大型評論。

第65回群像新人評論賞受賞作「演劇教育の時代」を大幅に増補、書籍化。

「芸術について論じることで、見えていなかったものが見える、聞こえていなかったことが聞こえる、理解される。そういう世界への道筋が考えられていたのです。より良き上演があるとすればそれは、上演することが観客の感性の世界に別の意味をもたらすものなのです。」(本書より)

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Posted by ブクログ

分量のわりに引用される思想家が多いものの、いずれも平易に説明されるので難解さはないし、ひとつひとつの紹介が面白い。演劇や教育に限らず、映画や小説、暮らし、労働といったさまざまな場面で誰しもが遭遇し少なからず考えたことのあるであろう関係の非対称性や自由、演劇性の問題があらためて言語化される。たくさんのことが書き込まれてその全てに対して明瞭な答が与えられているわけではない(というか与え得ない)ので、これを足がかりに各自がどうやって思考を展開していくのか、というのが大事なんだろうなと思う。手もとに置いておきたい一冊。
日常への応用性といった点からはややはずれるけれど、ハイデガーのナチス加担に関する解釈が特に面白かった、全体主義にのめりこんだ民衆の根無草性とも結果的に合致していると思う。

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2022年12月18日

Posted by ブクログ

「演劇教育」の実践者・渡辺健一郎による「自由」という大きな問いを考え直そうとしたはかりごとの軌跡が書かれた本。


無学な私にとっては、読めるようになりたい本、というところか。それでもなんとか、両者の溝を埋めようとあがくならば、次のような物言いになるのかもしれない。

自由を与え/奪い返そうとする「戦争」の、刻一刻が歴史に刻まれる有様をリアルタイムで眺めていると、能動的/受動的という二項対立をもつ自由を求める戦いには、勝者はいないという気さえする。
能動は事後的であり、観客は上演を止められる━━。 自由をめぐって「演じる」「観る」という、それぞれのステークスホルダーによる非対称な行為こそが、新たな時代の幕開けに不可欠となりうる自由の重みをはかり続けることなのだろう。

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2022年11月16日

Posted by ブクログ

第一章
・フーコーインパクト、、規律訓練
・ドゥルーズインパクト、、デジタル管理:環境管理型権力
・ダブルバインド(ベイトソン)、、反復されることが問題
第二章
・コンセンサスが前提にしているのは、係争の当事者と社会の当事者の間のズレそのものの消滅である
・不和へと開かれるには無数に存在するはずの「まだ聞こえてない声」への通路を担保する必要がある、そのためには自分という領域を確定するわけにはいかない。
・「ケアとはニーズを満たそうとすること」
・ニーズ(↔欲求)byノディングス
、、明示的ニーズ↔推察されるニーズ→ケアは時に暴力を伴いうる
第三章
○ハイデガーのダブルバインド
・ドイツの近代国家成立に古代ギリシアの模倣が不可欠であったが、それはすでにフランスによって達成されていた。
→古代ギリシアの「発明」。自らの本質を作り上げる。=内在主義。
共同体の根拠を内部で完結させる。全体主義が神をを必要とせず自分達を想像主体にする。
・最初から聞かれるべき声を設定しまうことも内在主義(ナンシー)

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2022年10月16日

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