あらすじ
脇役俳優の私は、プロデューサーの頼みで、幼少期に出会った“おじさん”を題材に舞台を手掛けることに。彼が何者だったのかを調べ始めると、所有品と思しき古いトランクが見つかった。そこから、おじさんがとある怪事件に関与していたと判明し――。私が辿り着くのは家族の歴史か、自身の出生の秘密か。人生の意味を問う、異色の幻想譚。
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Posted by ブクログ
あの秀逸な幻想譚連作『奇譚を売る店』『楽譜と旅する男』が三部作でその掉尾が本作だと知り購入。予想とは違い本作は、親戚の(だかなんだかとにかく親戚の集まりで幼い頃に顔合わせ、面白い話をあれこれしてくれた)おじさんの残したトランクをふとしたことで入手し、そこに納められた物品を手がかりに「おじさん」が何者だったか(そして自分にとって何者だったか)を語り手が探るミステリ。それでも、ふとした拍子に現実が揺らぎ時空を超えた幻影を垣間見させてくれる。極上の美酒のような味わい。そして、「これぞ小説! これぞ本物の作家!」と思わせてくれる文章の見事なことよ。たとえば、語り手が今では博物展示されている古いホテルを訪れるシーン。「あちこちに立て札立ち、壁には写真が掛けられている。それらは、ここに並べられた調度がいかに由緒ある名品であるかを誇り、座るのも触るにも御法度であることを告げていた。」 「誇り」?「御法度であることを」? 素敵。また、続いて、食堂のメニューが展示されている箇所では、語り手が役者なので、「かと思えば、当時はごく限られた人の口にしか入らなかった西洋料理のフルコースメニューを張り出して、何時間か前にロケ便を食べたきりの胃袋を刺激してくれたりした。」となる。「いわゆる作家の体質から自然ににじみ出てくるような、無自覚な、自然発生的な、なまくらな文体は大嫌いなのである。とくに幻想的な物語のリアリイティーを保証するのは、極度に人工的なスタイル以外にないとさえ考えている」と言った渋沢龍彦氏による芦辺拓作品の評を読んでみたい、と思わされる。いや、読んで良かった!