【感想・ネタバレ】「与えあう」ことで人生は動きだすのレビュー

あらすじ

自分の時間やお金を“楽しく”使う。愛やギフトを贈る。――そのとき、まだ見ぬ展開が、目の前で巻き起こっていく!いまの社会には、ボランティアやクラウドファンディング、オンラインサロン、推し活など、さまざまな「与える」&「受け取る」関係性が生まれています。コロナ禍で「利他」という言葉も注目されました。しかし、利他的な行動をすることに抵抗がある人も少なくありません。自己犠牲を払って他人のために行動するなんて、偽善なのでは? いわゆる「搾取」とは違うの? といった疑問もわいてきます。そこで今回、心理カウンセラーの大嶋信頼先生が、「与えあう」ときの心理はどうなっているのか、ただの自己犠牲に陥らずに相手と対等な関係を築くためにはどうすればいいか、「与えあう」ことで自分や周りがどう変わるのかを説いていきます。大嶋先生にとっても新境地のテーマです!

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

ネタバレ

大嶋信頼「『与えあう』ことで人生は動きだす」

☆自分とほかのひととは、共通点がある。
地球に住んでる、おなじ国にいる、現代人だ、世代、性別、でも地位や金銭、活躍、人気、など、その人生はそれぞれ 別の成り行きで別人で離れ離れ

共通する課題や目的、悩みは、を分かち合っているということは『私の幸せが、皆の幸せで、皆が幸せなら、私も幸せになる』ということ

★自分だけではない、多くの人に関わりがある
目的(夢)に対して、多くの人が持つ意識は、
でもひとそれぞれ。

さまざまな国を豊かな国にしたい
戦争のない平和がつづいてほしい
人類が住む地球を保全しておきたい

そうしたら
嬉しいことがつづく
元気でいることができる
勇気が得られる

だから
労力、時間、金銭、かわいさ、若さをそそいでいる。


★マタイの法則
『おおよそ持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまで取り上げられるであろう』

もっていることができるひとと、
もっていることができないひと。

すこしずつ資源を増やせるひとと、
持てる資源を枯渇させてしまうことになったひと

資源(地位や金銭、活躍、人気、自己肯定感)


★苦痛や怒り(自己犠牲的な愛情)を感じていると、人の体内では苦痛を麻痺させるために脳内麻薬が分泌されてしまう。
だから
どれだけ経済的にも精神的にも困窮していても、現状を変えていけない。
そんなとき想像力のホルモン、ドーパミン は、現実逃避につかわれる。
そして、その逆位置にあるの母性行動のホルモン、プロラクチンも働き、バランスをとりはじめる。
この2つのホルモンのバランスが崩れていて、しかも3〜6歳の子どもの養育にたずさわっていると、その子のホルモンバランスも崩れ、悪循環を引き起こしてしまいます。
(子どもから、親へ母性行動を起こす。
見ず知らずのひとを見て、あの人私のこと嫌っていると想像して落ち込む。
あまり親しくない同世代の人に母性行動を起こし、相手から攻撃されたりして傷ついて人間不信になる。)
自己犠牲的な愛情を受け取りづけると、こどもも自己犠牲的な愛情しか他者にふりまかなくなる。

ホルモンバランスの崩れると、○○のために生きているとか、そこにだけやりがいをもとめて、運命や生命を支配するまるで救いの神を演じる全能感に酔い出してしまっている。
自分なんて、と引け目を感じたら、あ!これが親教なんだ!と気づくだけ。それだけで。ほかのひとはみんな対等でギブアンドテイクな関係を築いて。
おだてじょうず 挨拶 称賛賞賛 ムードメーカー 活動的 躍進 平等 詐欺師へ 熱狂的ファンからアンチへ

「与えてきたものは何か?」 疎さ うとさ ラフさ 堅苦しさ バカさ
幼少時 に求めていても、実際にはそこになかったもの 搾取されていると感じてしまうもの
一方的で嫌がられていた要求


☆推したくなるきもち p119
みんなと一緒に楽しめない、という我慢やストレスを感じつづけた自分の傷を直視できず遠くで暮らす見ず知らずの、かわいそうなひとに自分の傷を投影してしまう。

欲求に従わないことでおこるストレスは、劣等感 傷になってから根拠のなく自分はだれよりも優れた善人だという優越の錯覚をおこします。

すると良かれと思ってやったことでも裏目にでていき、上から目線でやなやつとか言われて逆に嫌われものになっています。

自分は何もしていないのに、そんなことはしていないけれど、自分が傷付けてしまったようにみえるひと

でも自分の持っているものをすべて自己犠牲的に与えても、相手から私の努力を全否定されて蔑まれて捨てられてしまう、ということが必ず起きます。
それは、親や身近な人に努力を認めてもらうために自己犠牲的に尽くしたのに、馬鹿にされて蔑まれて捨てられたという心の傷があったせい。
気づかないうちに繰り返し

なにかしらしてしまうけれど、相手からは愛情は得られないし努力を認められることはない。


★失くせないものなのに、失くしてしまったりするから、ハイリスクはハイリスクのままでストレスはつづく。
それなら本当に自分がしたいことを、なかばそこそこにして、自己犠牲な愛情がやめられない。
だからお互い支配しあっていて、相手がすべてを手放すことの邪魔をしている。
でもみんな、本当は、すべて手放して しまったほうがいいとおもっている。
そうしたら、無意識からの愛情で人に好かれることができるかも

無意識的な愛を感じた相手に、対して自分わたしは、無意識的な愛を返せているのかな?

☆無意識では本当にしたいことを3つと、意識的にしなければならないこと3つを書き出してみる

0
2025年06月28日

「雑学・エンタメ」ランキング